Sleeping Beauty and...
番外・捧げ掌編。
ちょっとした日常の玲空。
悪夢を見た空と、その時の玲。
〔玲空/微シリアス〕
心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、ハッと瞼を持ち上げる。
此処はどこで、俺は今何をしているのか、そんなことを把握するまえに腹に掛けていた毛布を蹴りあげて上体を起こした。
焦点をしきりに泳がせ、両肩で息をして生唾を飲む。荒呼吸を整え、二度、三度、周囲を見渡して俺はようやく現実に返った。
薄暗い部屋は自室に割り当てられている部屋、此処は御堂家の一室、時刻は夜更け、俺は夢を見ていたようだ。それも悪い夢を。
自分の体が震えていることに気付き、両手を持ち上げてそれに目を落とす。
夜目が利いているのか、暗い一室という視界の悪い条件にもかかわらず、ぷるぷると震えている手の平が瞳に映った。それを力なく握り締めて、目を伏せる。指の感覚がない。血の気が引いてしまっているせいだろう。
声にならない声を漏らし、その右手で額を押えた。なんて夢を見たんだ、俺は。
(父さん、母さんが本当の両親と同じ運命を辿る夢を見た)
恐ろしいなんてものじゃない。
これは、絶望と称するに相応しい。
ひゅっ、背後から何かに触れられた驚きから喉からかすれるような音が出た。
早鐘のように鳴る鼓動をそのままに身を強張らせていると、するっと腕伝いに何かが伸びて俺の手にそれが重なる。
「豊福」
あ。
何かの正体が手だと気付き、鈍感な俺はようやく思い出す。
自室には俺以外の人間がいることを。婚約者と共に寝ている、その日常を。
毛布を蹴飛ばしたせいで彼女を起こしてしまったのだろう。眼球のみ動かすと、跳ねた短髪をそのままに身を抱き締めてくれる御堂先輩がそこにはいた。やや浴衣が肌蹴ているのは就寝中に寝返りを打ったせいなのか、それとも。
色気ある場面にすら思うことができず、「すみません」俺は決まり悪く起こしてしまった彼女に謝罪する。
返事を待つ余裕が持てない。
ただただ居た堪れないんだ。震えている無様な自分を見られることが。
縁側に行こう。夜風を当たれば気持ちも落ち着く。その意味合いを込めて、腕からすり抜けようとするのだけれど彼女は解放する素振りを見せてくれない。むしろ、腕の力は増すばかり。
「まだ、寒い?」
微動する体は寒気によるものじゃないことくらい、王子は容易に察している。
なのに、彼女は俺に尋ねる。「まだ寒い?」と。
気付かぬ振りをする優しさが身に沁みた。泣き笑いを零し、「まだ」と中途半端に返事する。声音が震えたのは、どうしようもないくらい不安に襲われているからだろう。嗚呼、自覚して気付く。俺は不安なのだと。
「僕はここにいるよ」
体が傾き、布団に引きずり込まれる。
毛布を掛けてくる彼女と向かい合う。王子は俺の手を取り、「君が冷えても」僕があたためてあげるから、柔和に眦を崩した。歯の浮く台詞、なのにひどく安心する俺がいる。誰かが傍にいてくれることに安堵しているんだろう。
その手を握り返し、「ここにいて下さいね」まだ寒いから、弱さと本音を隠してわがままを口にする。そんな子供は眠れないと続け様、この状況に泣き言を連ねた。
「そう、じゃあ魔法を掛けてあげるよ。目を瞑って」
言われたとおりに、目蓋をおろす。
柔らかな感触が落ちてきた。
唇なのだと理解する。
身じろいで、彼女の手を握りなおす。寒気が取れたような気がした。
数分もせずに魔法は掛かり、俺は再び眠りにつく。あたたかなぬくもりを手にしながら。
「おはようございます。お嬢様、空さま、朝で」
「しーっ、さと子。静かにしてくれ。豊福が起きてしまう」
「わぁ、珍しいですね。空さまがこんなにも無防備にお嬢様と寝ているなんて。いつもなら、お嬢様よりも早く起床して貞操を守ろうとしているのに」
「……さと子、一言余計だぞ。それじゃあ僕がケダモノのようじゃないか! 鈴理じゃあるまいし」
「………」
「なんだい、その間は? ……豊福、昨晩は悪夢を見ていたみたいなんだ。まだ時間もあるし、寝かせてやりたいと思う」
「そうですか。じゃあ、お時間まで」
「お嬢様。空さま。いつまで寝ているのですか。そろそろお支度をして下さい。遅刻しますよ」
「蘭子。静かにしてくれ。豊福が起きてしまうじゃないか」
「そう仰られましても……、まあ、これはこれは。睦まじいことで」
「ふふっ、羨ましいだろう? 豊福から擦り寄られるだなんて珍しいもんだから、どうしても起こしたくないんだ。昨晩は随分、魘されていたみたいでね。あまり眠れていないようなんだ」
「こんなにもお嬢様の御手をしっかり握られて。本当に安心して眠っているようですね。少々起こすのに気が引けます」
「学校と豊福なら、僕は後者を選択したいんだけど蘭子。人生、勉学以外にも大切なことがたくさんあると思わないかい?」
「仕方がないですね。男嫌いのお嬢様がご婚約者さまのためを想ってらっしゃるのですから、願いを聞かないわけにはいかないでしょう」
「ああ。聞いてくれ。一日くらい、何もかも忘れて婚約者の時間を過ごすのも粋なものじゃないかい?」
「まあ、お口が達者なこと。分かりました。蘭子は何も言いません。お嬢様のお心のままに」
「ありがとう。豊福は怒るかもしれないけれど、僕は今のこの時間を崩したくないんだ。安心しきっているこの時間は僕のものだから」
「―――…君は眠っている時が一番、素直になるよね。普段はうそばっかり。でもね、そんな君が好きだよ。ねえ、豊福」
目を開けると、真っ白な眩い光の中に王子が綻んでいた。
暖かな日差しのように、髪を撫ぜてくる彼女はあたたかかった。
Fin.
珍しい玲空の光景。
空は基本的に玲を甘やかせ、鈴理に甘える傾向にあります。




