8 煤かぶり姫と無賃乗車
「………ん?」
どうしてそこに繋がるんだと突っ込みたくなるのを我慢し、ベルティアはやんわりと断る。
「本日の授業の復習をしなければなりませんので」
「昨日、君が悩んでた部分、僕、先生に教えてもらったんだけど、聞きたくない?」
すんっと表情の抜け落ちたベルティアは渋々頷く。
張り付いた仮面のような笑みに僅かに意地の悪い色を浮かべたエドワードは、ほら行くよと言わんばかりに、ベルティアの鞄を持ち上げ、目を見開く。
「え、重くない?」
「?」
「いや、だって、おかしいでしょ、こんな」
「?」
「なに入ってんの?これ」
「教科書と筆記用具ですが?」
「いや、こんな重さになるわけないでしょ」
何が言いたいのかようやく理解したベルティアの心に、僅かな影が差す。
「………誰が、わたくしに時間割変更に関する連絡を回してくださるのですか?誰が、わたくしのような煤かぶりに忘れた教本を貸してくださるのですか?」
「っ、」
「いらっしゃらないでしょう?ならば、全てを持ち運ぶほかないではありませんか」
彼だけが悪いわけではない。
けれど、無遠慮に、土足で踏み込まれると、流石に、―――怒りが湧く。
「ロッカーに」
「わたくしのロッカーは、煤の捨て場所になっているんですよ。エドワードさまほどのお方になるとご存知ないでしょうけれど」
「………」
にっこり嗤うと、彼の顔は少し青くなっていた。
彼は思っていたよりもずっと素直な人のようだ。
これでは意地悪な言い方をしたベルティアが悪者になってしまうではないか。
けれど、これでいいのだ。
これが、目指すべき目標のために必要なことなのだから。
「別れる気になりましたか?エドワードさま」
何も言わない彼は、数秒ほどベルティアを無表情で見つめたのち、2つの鞄を持ったまま唐突に歩き始める。
「え?あ、ちょ」
慌てて追いかけるが、彼は外面のいい笑顔を浮かべてベルティアを気にかけることなく進んでいく。
校舎の外に出て、寮を通り抜け、裏門をくぐる。
学生用の馬車に乗り込んだ彼と自分の鞄を追いかけて慌てて乗りこんだ馬車に、ベルティアの顔色はどんどん悪くなる。
(ど、どうしよう………、馬車代なんて払えない)
馬車は基本的には月額制であり、月額制で払っていない生徒は使用の度に往復分のお金、銀貨2枚を行きの降りる際に支払うシステムとなっているらしい。
貧乏令嬢ベルティア、もちろん月額制の馬車など使う予定がない為支払いを行っていないし、そもそも学園の馬車すらも使ったことがない。
そして、鞄の中にある念の為のお金は銀貨1枚、つまり、現在無賃乗車中というわけである。
「あ、あの………、」
無表情になっているエドワードに視線を向けられ、ベルティアは怯えながらも言葉を紡ぐ。
「わたくし、お金、払って、ない、です」
今にも泣きそうなほど震えてしまった声に、エドワードがキョトンとした顔で瞬きをした。
「馬車代、払ってないん、です」
どういうことだと言わんばかりの表情に、ベルティアは衝撃を受ける。
「あの、………この馬車って使用料金がかかるのご存知で?」
(あぁー、この表情、絶対ご存知ない………!!)
『刑務所』という言葉と『罰金』という言葉がメリーゴーラウンドを作りぐるぐる巡り始めたベルティアは、すでに半ば放心状態である。
「到着いたしました」
御者の声に肩を跳ねさせたベルティアは、先に何の躊躇いもなく降りてしまったエドワードに続き、『ごめんなさいお父さま!!』と心の中で絶叫しながら覚悟を決めて馬車を降りたが、御者から何も言われない。
目をうっすら開けると、そこには頭を下げている御者の姿。
「ごゆるりとお楽しみください」
「あぁ、ありがとう。帰りも頼む」
爽やかな笑顔で告げたエドワードがさっさと歩き始めてしまう。
ベルティアはそんな場合じゃないと心の中で突っ込みながら御者に慌てて尋ねる。
「あ、あの、代金………、」
「ルードバーグ公爵令息がお支払いになられました」
「!?」
衝撃のあまり口を開けてしまったベルティアであるが、置いていかれていることを思い出し、慌てて御者に頭を下げてエドワードを追いかける。
(な、なんでわたくしの分まで………?)
意味の分からない行動が多すぎる。
振り回されすぎている現実に目を白黒させながら、ベルティアは学園入学後初めて、王都の街に足を踏み入れたのだった。




