9 煤かぶり姫と街歩き
慌ててエドワードを追いかけるベルティアであったが、いきなり吹き上げた冬の空気に、舞い上がる花弁に、ベルティアは目を見開いた。
街という場所は、こんなにも美しいものであっただろうか。
冷たく張り詰めた冬の空気と、街を歩く人々の笑顔、賑わう声と走る子供の白い息遣い。
全てがベルティアにとって物珍しくあると同時に、懐かしさに似た既視感を覚えさせる。
辺境伯家とはいえ貧乏であり、戦力を重んじるローレル家は、領民との距離がとても近い。
戦時に指揮官と兵士がより連携をとりやすくする為の古くからの慣習であり、ベルティアはそんな和気藹々とした空気が流れる自領をとても愛している。
祭りは毎年華やかで、どんちゃん騒ぎ。
毎年父と腕っぷしの領民が腕相撲やお酒で勝負をして、奥さまたちに叱られる。
学園に入学後は1度も帰省ができていないベルティアにとって、自領での思い出はまるで遠い日の出来事のように感じられる。
(帰りたい………)
あと3ヶ月の辛抱だと理解していても、無性に泣きたくなってくる。
あの暖かな空気に包まれたい。
ベルティアの髪色を悪くいう人のいない場所に逃げたい。
父に会いたい。
使用人たちに会いたい。
領民に会いたい。
領地を駆け回りたい。
みんなで、………暖かいご飯が食べたい。
学園に入学してから、暖かいものなんて1度も口にできた日はない。
誰かとお話ししながら食事をしたこともない。
エールをぶつける音の響く、大衆食堂で大きな声をあげて笑いながら、ご飯が食べたい。
塩辛いものが食べたい。
味の濃い大きなお肉に齧り付きたい。
―――これだから、街にはきたくなかった。
お金もないし、時間もないし、そんな言い訳を自分の中で並べ立てて街に行かなかったのは、自分の中でなんとなく気がついていたからだ。
こうやって人が沢山いる場所に来ると、賑やかな場所に来ると、自分の孤独がなお際立ち、寂しさが我慢できなくなると理解していたからだ。
「何か見つけたのかい?」
俯き、今にも泣き出しそうなベルティアの前に立つ男は、外面の良い笑顔を浮かべている。
「………なん、でもありません。………遅れてしまい、申し訳ございませんでした」
「レディーの歩幅に合わせるのが紳士の務め。僕の責任だよ」
朗らかに言うくせに、エドワードの苛立ちを敏感に感じ取ってしまうベルティアは、申し訳なさに目線を逸らす。
歩き出した彼の背を、今度はちゃんと付いていく。
(………歩くの、ゆっくりになってる………………)
何とも言えないむず痒さに、きゅっと眉を寄せてしまう。
無言の中流れる空気は、息苦しい。
何処に向かっているのか分からない恐怖もある。
けれど、石畳と道に沿って並ぶ愛らしい外装の店を眺めていると、そんな気分さえも吹き飛んでしまうくらいに興奮もする。
「着いたよ」
一言かけて店に何の躊躇いもなく入っていくエドワードに、ベルティアは冷や汗が止まらなくなった。
立地と外装から見て、絶対に貴族向けの高級店。
外看板の文字には『コーヒー』
教本でしか見たことのない輸入品の高級な飲み物を取り扱う店であると瞬時に察すると同時に、今度こそ終わったなと感じた。
こんな店の代金が銀貨1枚で終わらせられるわけがない。




