10 煤かぶり姫とコーヒーショップ
舶来の品と本国の品が美しく調和しながら並ぶ店内、香ばしい苦味のある香りと煙草特有の煙たさが胸に蔓延る。
明らかな場違い感に怖じ気付くベルティアを置き去りに、エドワードは躊躇いなく店の中を闊歩する。
「お、エドワード君ではないか」
「伯爵!お久しぶりです。いつご帰国なさったのですか?」
「いやー、つい先日で………、」
幾人もの男性が彼を取り囲み、和気藹々と会話を楽しむ。
内容自体は政治や貿易に関する事ばかりであり、意味自体は分かるし、会話にも付いていけないことはないが、女が混じることははしたないとされるご時世、ベルティアは入り口で立ち尽くすしかない。
あんなクズでもやはり公爵家の次男坊なんだなと人気ぶりに感心していたのがいけなかったのだろうか。
「………………」
頭から生温いものをかけられたベルティアは、緩慢な仕草で正面に立つ白髪混じりの金髪の男性を見上げた。
鼻腔をくすぐる苦い香りは、この店に漂う飲み物の匂いを凝縮させたように感じられた。
くすくすと笑う金髪に近い栗毛のウェイターが、おしぼりを持ってきたかのようなそぶりで近づき、ボロ雑巾を押し付ける。
どっと嗤った男は、共に飲んでいた男のグラスも手に取り、氷の入ったそれをもう1度ベルティアにぶちかける。
「おやおや、コーヒーで髪が黒く染まってしまうなんて、もとはさぞや美しい金髪なのでしょうね」
男の声に、彼と楽しんでいた男たちの嗤い声が加わり、大合唱となった。
ぽたぽたと床に滴り落ちる雫の黒さを呆然と眺めながら考えるのは、明日の制服の心配。
ベルティアは2枚しかブラウスを持っていない。
そしてジャケットとロングスカートに至っては洗い替えさえも持ち合わせていない。
この学園の制服はもちろん目が飛び出るほどに高い為、ベルティアには洗い替えを用意することさえもできなかったのだ。
指定のブラウス以外の着用も認められているし、ロングスカートとジャケットも同じ生地で調えたものであれば形の変更も可能ではあるが、追加料金がかかる為にベルティアはノーマルスタイルのままで身につけている。
学年を示す水色のリボンに至っては、布代の節約のために細い紐状にしている。
多くの女子生徒が可愛さの見せ所だと大きくしたり、結び方を工夫したり、刺繍を入れたり、宝石をつけたりとおしゃれを楽しむ要素として扱うリボンでさえ、ケチったのだ。
嘲笑われる原因になっていることも重々理解しているが、ベルティアは自分の制服費用さえも領民の生活を豊かにするために扱いたかった。
領民の血税を、こんな物のために、たった3年しか身につけない制服の為に使いたくなかった。
「あぁ?無視とは良い度胸だな?」
ひとりの茶髪の男がベルティアの腕を無遠慮に掴んだ。
軽い痛みと同時に、酒精の嫌な匂いが鼻腔をくすぐる。
男が座っていたであろう席には、丸氷の入ったグラス。
(顔が真っ赤………、スコッチあたりかな?)
だいぶ酔っている男がぐんと腕を持ち上げたため、身体がふわりと持ち上がった。
抵抗できないわけじゃない。
しないのだ。
面倒臭いから。
冷めた目で男を見ているのが気に入らなかったのか、男の怒りが増幅したのを感じ取る。
振り上げられたもう片方の腕を眺めていると、世界がゆっくりと感じられた。
「―――何をしているっ!」
焦ったような声。
柄にもなく微笑みを崩した男が、ベルティアと男の間に割って入る。
ベルティアを掴んでいた男が驚いて落としたせいで、膝をつく形で地面に落ちることとなってしまった。
(………汚い)
裾にまでコーヒーがついてしまった。
純白のレースのペチコートもコーヒーを吸い込んでいるのがなんとなく感じられる。
「………僕の連れに何をしているんです?」
爽やかに問いかけるエドワードに、ベルティアは困惑を隠せなかった。
(どうして、怒っているの………?)




