6 煤かぶり姫の登校
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「おはよう、ベルティア」
目の前に現れた男への自分の衝撃を理解できる人間は、多分、おそらく、この世には存在していない。
そう断言できるほどの衝撃を受けたベルティアは、目の前の光景が到底信じられなかった。
そう、ベルティアの目の前には、朝早くにも拘わらず、太陽に負けず劣らずの輝きを背負っている、一応ベルティアの恋人で、光の貴公子ことエドワード・ルードバーグ公爵令息が、笑顔の裏にベルティアへの嫌悪を背負って佇んでいる。
(き、嫌いなら、朝から迎えになんて来なければいいのに)
昨日の帰り際、「明日の朝は一緒に登校しようね」と言った彼の言葉を世辞だと切り捨て、自分の中でなかったことにした昨日の自分を殴り飛ばしたい。
一体どのくらいの時間、女子寮の前で立っていたのだろうか。
真冬の早朝は酷く冷え込む。
彼の作り込まれた彫刻のように美しい耳や指、鼻は真っ赤になってしまっている。
「………おはようございます、ルードバーグ公爵令息」
「えぇ、愛しの恋人に対してなんか堅くない?エドワード、いや、エドって呼んでよ」
胡散臭い笑みすらも似合う顔面に憎たらしさと羨ましさを抱きながら、長時間待たせたことに対する罪悪感を持つベルティアは小さく頷いた。
「承知いたしました、エドワードさま」
「いやだから、」
「これ以上のやり取りは不要かと存じます」
「んー、お堅いねぇ」
「どうとでも」
彼を半ば置き去りに歩みを進めると、慌てたような彼がついてくる。
(いや、必死すぎるでしょ)
嫌悪を隠し持っているのに、あまりにも不思議すぎる彼の行動に困惑を隠せなくなりそうになった次の瞬間、ベルティアの視界の端に、夕日を切り取ったように輝く、オレンジ色の髪が映った。
(第3王子殿下………)
点と点が繋がった。
同時に、人を玩具のように見下し、遊び、嘲る王子に対し、赫怒を覚えた。
ベルティアに合わせてゆったりとした足取りで長い足を動かすエドワードに、憧憬の視線が集まるのを横目に、ベルティアはいつもよりも激しく刺さる憎しみや妬みに耐える。
エドワードが横に立っているからだろうか、陰口はいつもよりも小さく、言葉によって抉られる精神は少ないが、いかんせん、こんなにも視線が集まると、気疲れを起こしてしまう。
いつもこんなものに耐えてるエドワードには、罰ゲームで人に告白するようなクズではあるが、忍耐力に対してのみは、尊敬を抱いてしまいそうだ。
「今日は何を食べるの?」
「?」
「日替わり定食?それともパンケーキとかヨーグルト?」
意味のわからぬ言葉に首を傾げると、エドワードが逆に首を傾げ返してきた。
「何の話をしているのでしょうか」
「え?何って、そりゃあ朝食の………」
「あぁ、そういうことですか。わたくしは賄い用のサンドウィッチのバスケットをいただきます」
「ま、賄いって………、」
ぽかんとした顔をしたエドワードに、ベルティアはしれっとした顔で返答する。
「我が家には、学園の給食費を払えるだけの財力はございませんので。………夕食後の食器等の片付けと次の日の仕込みのお手伝いをすることで、賄いをいただいております」
未だに何を言われているのかさっぱり分からないと言いたげな顔のエドワードに、ベルティアは冷めた視線を向ける。
「世の中、ルードバーグ公爵家のように、子供の食事代を満足に払える親が全てではないのですよ。学園には大勢とは言いませんが、それなりの数の学生が、給食費を賄えず、わたくしのような対応や、外部で格安の材料を手に入れて自分で作るといった対応をとっている学生がいます」
「でも、君は辺境伯家の令嬢で」
「凶作続きの貧乏辺境伯家です。周囲の領地とは森で隔てられ、常に臨戦体勢を求められる我が領は、他の領地に対して助けを求めることは難しい。先日の授業でも取り上げられたはずですが?」
ぐっと息を詰めたにも拘わらず反論が出せないのは、自分では解決策の提案が出せないからか、はたまた―――、
「………朝食はともに食べられませんし、わたくしと一緒にいてもいいことなど何ひとつございません。別れる気になりましたか?」
ベルティアの言葉に目を丸くし、立ち止まったエドワードを置いてけぼりに、ベルティアは登校し、いつも通りに食事をとり、教室へと向かったのだった。




