2 煤かぶり姫は罰ゲームを知る
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ぽろりと溢れた涙を拭い、学園の寮のベッドの上、目覚めたベルティアはどうしようもない現実にテディーベアの“くまちゃん”を抱きしめる。
今日も、誰からも必要とされない1日が始まる。
妬まれ、穢され、邪険に扱われる1日が始まる。
「………行きたくないな………………」
ミルクティーブラウンの毛並みとベルティアとお揃いのアメジストの瞳を持つくまちゃんは、3歳の誕生日に父から与えられたものだ。
つぶらな瞳と柔らかな毛並み、何よりも愛らしい見た目は、誰からも愛されるテディーベアに相応しく、15歳になった今でも、ベルティアはこのテディーベアが大好きすぎて、抱きしめなければ眠れないほどである。
自分も、この子のように愛らしくて誰からも愛されるような人間であればと願ってしまう。
名残惜しさを感じながらくまちゃんを鏡台横のベルベットの椅子に腰掛けさせ、ぬいぐるみ用のブラシを当てる。
柔らかな毛並みが艶を持つのを満足気に見つめ、寝巻きとして着せている淡いパステルピンクのガーゼドレスから、学園の制服に似せて作った濃紺のドレスに着替えさせる。
もちろん、制服はよりくまちゃんに似合うようにするために、ブラウスやリボンへの工夫を加え、よりエレガントかつ愛らしさをプラスした仕上がりとなっている。
細部までこだわり抜いて作ったくまちゃんの制服は、完璧主義たるベルティアにも満足のいく出来栄えであり、耳にレースリボンと刺繍リボンの2段リボンを付けてあげれば、今日のくまちゃんの装いは完成である。
ついでと言わんばかりに自分の髪に櫛を通し、三つ編みでハーフアップを作ったベルティアは、お尻まである波を打つ艶やかな漆黒を優しく撫でる。
宝石のように煌めくアメジストの瞳を覆い隠す分厚い丸メガネを身につけた姿は、ガリ勉や芋っ子を超え、青白い肌と化粧っ気のない顔も相まって気味が悪い。
周囲の令嬢がこぞって専属の侍女を引き連れ、毎朝2時間以上かけて身支度を行なっている状況でこの飾り気のなさ、浮かないわけがない。
溜め息もそこそこに学園に向かうと、そこには悪口のオンパレードが待っている。
歩くだけで嘲笑される日々には、もうとっくに慣れてしまった。
いつも通り朝食を得るために学食へと向かい、陰口と一緒に渡されたサンドウィッチのボックスを手に、裏庭のベンチに腰掛け、本を読みながら朝食を食べる。
「――なあ、エドワード。お前ちゃんと分かってるんだろうな?」
(………また、か………………)
植物が生い茂り、学園の中では比較的視界の悪い裏庭は、秘密話をするには好適のようで、実はそうではない。
この裏庭、当たり前であるが植物による視界不良であるため、遮られているのは視界だけであり、声はダダ漏れである。
それを知らない脳足りんは、意外にもこの学園には多く在籍していて、ベルティアは人知れず多くの生徒の弱みを握っている。
社交界に出た時に己を守るために、ベルティアは申し訳なさを抱きつつも何食わぬ顔で聞き耳を立てる。
今回のスキャンダルはなんといっても天下の公爵家の次男坊エドワード・ルードバーグ。
逃すわけにはいかないのだ。
「エドワード」
「………あぁ、分かっている。賭けに負けたんだ。ちゃんと約束は果たす」
「はは!でもまさか、この馬鹿と名高い俺がチェスで君に勝利できるとは思ってもみなかったよ!」
卑下した声と僅かに硬さの入った不機嫌そうな声。
眉目秀麗、才色兼備、ベルティアに並ぶ成績の持ち主たるエドワードが、そんな簡単にチェスで負けるわけがない。
授業の一環で何度か見たことがあるが、彼のチェスは流れるように美しく、それでいて孤高なまでに強い。
酒か薬か、まあ、よくないことに巻き込まれて負けたことは確かであろう。
これは関わらない方が無難だ。
そう判断しようとし、立ちあがろうとしたベルティアの耳は、信じられない言葉を拾った。拾ってしまった。
「あぁ!本当に楽しみだ!!学園一の美男子で天才と名高い君が、罰ゲームとはいえ、あの、煤かぶり姫に首を垂れて告白しなければならないなんて!!」
甲高く、嘲と幸福に満ちた声に、ベルティアの足は地面に縫い止められたかのように動かなくなった。
本を握る指先が白くなり、微かに震える。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
去り行く彼らの足音を背に、ようやく呪縛の解けたベルティアは地面に座り込み、悔しさに視界が歪むのを感じた。
いつもなら、1限のための本を読んでいる時間を、ただただ呆然と過ごす。
入学後しばらくしてから定着したいつも通りの変わらぬルーティンは、卒業直前にあっという間に崩れ去った。




