1 煤かぶり姫
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―――誰だったか、いつだったか、思い出すにはもう遥か彼方の記憶。
黄金こそが美しいとされる貴族社会に現れた漆黒に、人々は侮蔑と嘲笑に顔を歪め、ひとりの少女を指さした。
『あぁ、まるで煙突の煤を頭から被ったかのような穢らわしい髪だ』
『えぇ、本当に。あんなのに近寄られたら、私まで穢れてしまうわ!』
何をしたわけでもない。
ただそこにいるだけで後ろ指をさされ、まるで厨房にアレが出現したときの料理人やメイドのような表情や、幼子が自分よりも弱いものを虐める時にする愉悦に満ちた表情を向けられる。
(どうして?どうしてわたくしは、こんなにもみんなに嫌われているの?)
漆黒の少女には、まだ、分からなかった。
本が大好きで、学ぶことが大好きで、優しい両親と使用人に囲まれた辺境で穏やかに育った、たった5歳の少女には理解できなかった。
様々な国の人が入り混じる辺境という地は、とても寛容だった。
肌も、髪も、瞳も、身長も、全てが仲良くなる要素には関係なかった。
だからこそ、生まれて初めて王都へとやってきて、辺境伯家唯一の息女としての勤めを果たすために参加した夜会で受けた扱いに、今までにない困惑とそれを上回るほどの恐怖を覚えた。
賢さ故に、ベソもかけず、凛とした姿勢を保ち続けた少女の心は、たった1度の社交でボロボロに傷ついた。
本当は泣き出してしまいたかった、視線が怖かった、問い質したかった。
「わたくしの何がだめなの?」
夜会を終えて帰宅した少女は、父に尋ねた。
そして、全てを理解し、全てを諦めた。
好奇心に満ちた理知的な輝きを放つアメジストの瞳からは、輝きが消えた。
心を閉ざした少女は、より勉学へとのめり込んでいく。
生まれ持っての優秀さと努力を努力とも思わぬ勤勉さは、少女を一流へと育て上げてゆく。
10年の月日は、少女を完璧な淑女へと導き、けれど、少女は、―――誰にも受け入れてはもらえない。
何度、親友のテディーベアである“くまちゃん”の胸を濡らしただろうか。
何度、挫折を味わっただろうか。
何度、どうにもならないことに対して激しい悲しみを覚えただろうか。
少女は漆黒を愛していた。
どうにもならないと理解し、この髪のせいで嫌われていると理解していても、この髪を愛していた。
自分を産み亡くなった、愛する母とお揃いの髪。
父が唯一愛した流れの踊り子である、辺境の地で多くの者に愛された、心優しき母の色。
愛さずにはいられず、憎むことさえもできず、巡りゆくどうしようもない思いは、ただただどうしようもないほどまでに優しい少女の心を、ズタズタに引き裂き、消えない傷を残してゆく。
12歳の時、貴族だから、後継者だから、たったそれだけの理由で王都にある貴族学園に通うことになった。
父は、最後まで心優しき少女が学園卒業レベルの学力をすでに身につけていることを盾に、学園には通わない方向での交渉を頑張ってくれたが、国王陛下の決定には逆らいようがなく、貴族法にも記されているが故に、例外は認められなかった。
貴族学園の入試の成績はもちろんトップ。
けれど、黒髪が代表挨拶は見栄えが悪いという理由で挨拶からは外された。
元々目立つのが苦手で嫌いな少女には渡りに船ではあったが、心に傷を残さないわけがなかった。
学園でも常にひとりぼっちで、貴族である教師からの扱いは最悪に等しい。
すれ違い様の会釈にさえも舌打ちを返される始末である。
そんな劣悪な環境下でも、少女は入試から一貫して満点という伝説に等しい成績を残し続けた。
文句のつけようのないほどの教養を見せ続けた。
勉学も、礼儀も、淑女の嗜みも、剣術さえも、誰も彼女には敵わない。
孤高の存在として圧倒的な存在感を放つと同時に、憎しみ、嫉み、僻み、多くの悪意に身を晒すこととなり、より、嫌われていく。
いつしか人々は、彼女、辺境伯家の嫡子ベルティア・ローレルをこう呼ぶようになった。
―――『煤かぶり姫』と………、




