24 煤かぶり姫の決意
あの日、あの後、どうやって過ごしたか記憶は曖昧で、けれど、自分の手元に残ったノートにはしっかり授業を受け、そして彼と勉強した痕跡がしっかりと残っていた。
自分と一緒にいるだけで、周囲の人まで穢らわしいという発言を受けたことへのショックは思っていたよりもずっと大きく、そして深く胸に刺さった。
開いた傷口が膿んでじくじくと痛む。
「くまちゃん………、」
ふわふわの淡い桜色のナイトドレスを着せたぬいぐるみを、大事に大事に抱きしめて床に崩れ落ちたベルティアは、星が咲き乱れる夜、たったひとりの寮の部屋の中、溢れる涙を我慢できなかった。
あんなにも優しい彼に、美しい彼に、穢らわしいという評価を受けさせてしまった自分がただただ許せなくて、そして何より情けなかった。
今までは、虐められても嫌がられても、自分だけが被害を受けるから我慢できた。
だって、痛いのは自分だけで、自分が我慢すれば、全て丸く収まると分かっていたし、我慢は人よりずっと得意だったから。
壁にかかった可愛い制服が、机の上にころんと置かれた宝飾が、その贈り物に込められた優しさが、ベルティアに嗚咽をもたらす。
「………ごめん、なさい………………。穢らわしくてっ、ごめんなさい………。っ、貴方まで、巻き込んで、………ごめんなさい」
ベルティアは巻き込まれた方だ。
彼らに、エドワードや第3王子に、賭けの罰ゲームにされて、傷付けられて、それなのに、申し訳なさを感じてしまうのは、どうしてなのだろうか。
頭の中がぐちゃぐちゃで、整理できなくて、ただただ涙をこぼし続ける。
どうやればこれ以上彼を傷つけないで済むのか、不器用なベルティアには分からない。
けれど、彼の笑顔を曇らせるようなことだけはしたくなかった。
どうしようもないほどに惹かれ始めている自分の気持ちに整理をつけることなんて、もう、できない。
たった数日だった。
1週間足らずで、ベルティアは自分に不利益を被らせてきた相手に、恋に落ちた。
「ねえ、くまちゃん。こいって、恋って、こんなにもっ、………つらいのね………………」
震える声が、指先が、静寂に満ちた冬の夜にとけていく。
意識した恋心の結末は、無惨に散りゆくことを、ベルティアはすでに知っている。
これは3ヶ月だけの恋物語。
シンデレラストーリーでも、ハッピーエンドでもない、バッドエンドに突き進む、最初から最後まで悲哀に包まれた、恋心を弄ばれた醜い女の恋物語。
好きになってはいけない人を好きになってしまった女の、混沌へと向かう物語。
そこには、慈悲も、憐憫も存在しない。
あるのは、分不相応にも美しすぎる完全無欠な貴公子を好きになった醜女への、侮蔑のみ。
ナイトドレスの袖で涙を拭ったベルティアは、優美に微笑む。
悪女のように顎を上げ、震えるくちびるに言葉を乗せる。
「………道化となって見せましょう。全てを欺き、そして華々しく散って差し上げるの。わたくしの最初で最後の大舞台。ふふっ、ヒーローが『光の貴公子』の舞台だなんて、なんて、………なんてっ、豪華なのでしょうね………」
ベルティアは旅一座の踊り子の娘。
艶やかに全てを魅惑の世界へと誘う伝説の踊り子の娘。
異国風情溢れる容姿は、この国でのウケは最悪。
けれど、男の好む艶やかな悪女は、世界共通だ。
ならば、ベルティアには簡単なこと。
胸の大きさを強調すればいい。
潰していた胸を戻し、眼鏡を外し、前髪をかけあげ、化粧をして、そして、隙を見せればいい。
男なんか所詮、ただの獣なのだから。
この国において、髪色以外の美醜なんてほぼ無に等しい。
けれど、本能には逆らえないのだろう。
ほんの僅かにだが、顔の造形や体型に対し、人々は無意識に判断を下している。
(………使えるものは全て使う。楽しい恋人生活の後に、華々しく振られてあげる)
吹っ切れた女は強い生き物なのだと、知らしめて見せる。




