21 煤かぶり姫は揺らがない
「なあに?ベルティア、なんかご機嫌だね」
「そうですか?美味しそうな食事の香りに誘われたのかもしれませんね」
エドワードの手に乗せられているプレートには、白い湯気が立つ狐色のトーストと白い器、そして可愛らしい形に切り取られたりんご。
彼の後ろには焦茶の髪にモノクル、狐目の特徴的な容姿を持つ男性が立っており、その手には愛らしいクマや子リスの描かれたティーセット。
「ベルティアは、こういう柄のティーセットが好みかなと思って用意したんだが、正解だったようだ」
「………えぇ、そうですわね」
可愛げがない返しをしながらも、ベルティアの視線は美味しそうな朝食とティーセットに釘付けだった。
「ベルティア、遅刻するよ」
促されたベルティアは、彼に促されるままに席に着く。
目の前に座ったエドワード。
「?………一緒に食べるのですか?」
「――え、ダメなの?」
「いえ、………不愉快でないのならどうぞ」
今まで、家族や領民以外と食事なんてしたことがなかったベルティアにとって、彼の行動は驚き以外の何でもなかった。
皆、ベルティアが視界に入るところで食事なんかしない。
煤かぶりは見ているだけで気分が悪くなるらしく、吐き気を催すような仕草をして去っていく者も存在するほどだ。
だから、好き好んでベルティアの前に座って食事をしようとする人間なんて、ベルティアは初めて見たのだ。
(第3王子の命令とはいえ………、いいえ、これはきっと第3王子の命令じゃないわね。さすがのアレでも………、………………アレの行動は突発的で非常識なものが多い。わたくしの体調不良を機に既成事実を作れとでも命じられた………?)
それなら納得がいく。
家に招き入れたのも、制服の変えを貸してくれたのも、朝食を用意してくれたのも、それなら、全てが納得できる。
彼の全てが、偽物のように見えてくる。
「ベルティア?」
嬉しそうな罪悪感の滲む微笑みに、ベルティアは表情をそのままに警戒を上げた。
本当は信じたい。
ただの善意だと。
けれど、過去の経験が、苦労が、苦悩が、それを許してはくれない。
頭の中は警鐘で満たされ、彼の笑みすらも、同情を誘う話すらも、全てが作り物であったのではないかと悪魔が囁く。
信じなければ、傷つくことなんてない。
傷つかなければ、ベルティアは強くいられる。
真っ直ぐと立っていられる。
だから、彼に気を許してはいけない。
距離を取らなければ。
だって彼の告白は、――罰ゲームなのだから………。
彼とは恋人だけど、彼とは愛し合っていない。
これは第3王子が引き起こした非常識なゲームであり、いずれ全てが破綻する関係。
「………何でもありませんわ、エドワードさま。さあ、食事をいただきましょう」
全てを覆い隠すように、ベルティアは微笑む。
微笑んで、隠して、心を閉ざす。
付き合い始めてたった数日で開きかけていた扉を固く閉じ直す。
どんなに美味しい食事であっても、自分好みの味付けであっても、ベルティアの心は、もう揺らがなかった。




