20 煤かぶり姫と太陽の笑み
「ベルティア、何か食べたいものはある?」
いつもの優美な微笑みとは少し異なる笑みを浮かべたエドワードに、ベルティアはなんだか抱いてはいけない既視感を抱く。
(………ゴールデンレトリバー)
太陽のような柔らかでしっとりとした黄金の毛並み、ではなく、髪の毛が某大型犬を想起させるのか。はたまた、飛び付かんとする時に浮かべる満面の笑みがそっくりなのか、ベルティアにはその判断をつけることができなかった。
そもそも、筆頭公爵家のご令息を犬扱いしていることが問題であるということは、この際、一旦放っておくことにした。
「ベルティア?」
「………えっと………、」
「朝食、何が食べたい?」
彼の問いかけに眉を寄せ、顎に手を当て、必死に悩むベルティアの脳裏に、昔、実家の執事がベルティアの好物だからとよく作ってくれた料理が過ぎった。
「………たまごペースト」
「それだけ?」
「パンと紅茶も欲しいです」
「ん、わかった。用意してくるから、もう少し待ってて」
ご機嫌に部屋から去っていったエドワードに、ベルティアはきょとんとした顔をしてしまう。
何故、メイドの女性ではなく、彼がこの部屋を去ったのだろうか。
料理人にメニューを伝えるのは、絶対、彼の仕事ではないはずだ。というか、常識的に考えてメイドや従僕等のすべき仕事だ。
疑問はいっぱいあるが、ここは彼の家。
彼の言うことが1番に優先される場所。
うじうじ考えても何も生まれないし、何も上手くいかない。
―――時間は有限なのだ。
苦学生であり、無理に学園に通っているベルティアは、自分の学費のために無理をしている父や領民のために、1分1秒を大事に、大切にして、一生懸命に学び続けなければならないのだ。
全てを吸収し尽くして、新たな知識を生み出し続けるくらいのことが、できて当然でなければならないのだ。
そうでなければ、ベルティアが今ここにいる理由なんてない。
1日学園を休んでしまった代償は、正直小さいとは言えない。
特に、ベルティアが属する特進クラスの授業ペースから考えると、1日の欠席が及ぼすことになる遅れは、多大なものであり、今日からの授業の足を大いに引っ張ることになると容易に予想ができてしまう。
生来の明晰な頭脳を以てしても厳しいくらいに、学園での学びは早くて高度なものだ。
「……くまちゃんのお手入れでもしながら――……、」
(あぁ、ここにはいないんだった)
小さな頃からの相棒をお部屋に置いてきてしまっていることに気がついたベルティアは、昔、彼女を出先のホテルに置いて帰ってしまった際の衝撃と寂しさを思い出す。
同時に、ホテルに泊まる要因となった初めて出た社交の席で味わった、理不尽な蔑みや侮り、嘲笑の音色さえも頭の中にフラッシュバックした。
「………、」
大きな大人たちに取り囲まれ、張り付けた笑みの裏に隠れる嘘に、ベルティアは酷く恐怖を覚えたのを今でも鮮明に思い出せる。
自分のくちびるにも嘲笑が覗きそうになった瞬間、頭の中で向日葵が咲いたような錯覚を覚えた。
一生懸命に、心の底からの笑顔で、けれど、ちょびっとだけ恥ずかしそうに話しかけてくれた、向日葵のような男の子。
ベルティアとの勉強進度が異なるせいで少しだけ話は噛み合わなかったけれど、それでも、純粋な笑顔を向けられたことがとても嬉しかった。
もう、今ではその顔を、声を、はっきりとは思い出せない。
けれど、ベルティアにとっては、唯一の社交界での楽しい思い出だと言っても過言ではないだろう。
「………あの子は元気に過ごしているのかしら」
名も知らぬ男の子の成長に思いを馳せたベルティアは、鼻腔をくすぐり始めた柔らかな食事の香りに、くちびるを緩ませ、満面の笑みで食事を運んできたエドワードに笑いかけたのだった。




