19 煤かぶり姫は光の貴公子の努力を知る
混乱するベルティアと意味がわからないことを口走るエドワード、混沌に満ちた空間をどうにかしたのは、ベルティアの身だしなみを整えた使用人その人だった。
「坊っちゃま、夢ではございませんよ。あと、寝起きの乱れた状態で淑女に抱きつくのはいかがなものかと。嫌われますよ?」
「………、………!?」
ようやく夢の中の出来事ではないと気がついたような演技をしたエドワードに、ベルティアは拍手をしたかった。
幼少の砌、父に連れられて何度か鑑賞した演劇の役者顔負けの演技だった。
「ぼ、僕も風呂に入ることにするよ。ベルティア、君の荷物は寝室に置いてあるから、勉強でもして少し待っていてくれるかい?」
「は、はい」
満足そうに頷いたエドワードは凄く綺麗だった。
口元に涎の跡が残っていても、本当に美しい人の美しさというのは損なわれるものではないらしい。
使用人に案内され、部屋に戻ると鞄はすぐに見つけられた。
「………綺麗になってる?」
「磨かせていただきました。とはいっても、ベルティアさまは大変丁寧に鞄を扱われ、お手入れをされているようでしたので、少しワックスをかけて防水加工を施させていただいた程度ですが………」
「いえ、そんな。とても綺麗になっていて、学園に持っていくのが楽しみです」
「まあ!そう言っていただけると磨いた甲斐があります」
嬉しそうににこにこした彼女を横目に、ベルティアは鞄の置かれていたテーブルとセットの椅子に腰掛け、鞄から勉強道具を取り出す。
しかし、そこに1冊、見慣れないノートが紛れ込んでいた。
ベルティアが普段使用しているものより圧倒的に質の良いノートに、疑問を抱かざるを得ない。
心の中で謝罪したベルティアは、そっとノートを開き、そして目を見開いた。
(エドワードさまの字………、それにこの文章は―――、)
普段の字より少し乱れて書きつけられたそれは、授業ノートだった。
けれど、ただの授業ノートではなかった。
幾つも注釈が書き足され、ベルティアが疑問に思うだろう点や自分が疑問に思った点、解決するために必要なプロセスまで書き込まれたノートだった。
一昨日の授業内容でベルティアが疑問に思っていたところや、彼と付き合い始めた日の授業で分からなかったままになった箇所等が全部書き込まれたそれは、おそらく一昨日、ベルティアをコーヒーショップに誘う口実に用いた『勉強を教える』という条件を達成するためだけに作られたもの。
勉強中毒と称されるほどの勉強時間を確保しているベルティアさえも感嘆せざるを得ない量の書き込みに、ベルティアは感動した。
少し乱れた字が、無性に愛おしく、ベルティアはそっとノートの字を嫋やかな指先でなぞった。
(凄く、誠実で、真面目で、穏やかな人ね)
ベルティアを罰ゲームの景品としているクズなところ以外は。
苦笑をこぼしてそっとノートを閉じたベルティアは、顔を上げた瞬間、部屋に戻ってきたエドワードと思いっきり視線を合わせてしまった。
「そ、そのノート」
「………ありがとうございます、エドワードさま」
「あ、う、うん………」
少し寂しそうな彼に、ベルティアは一瞬目を伏せてから微笑みかける。
「本日の放課後、お時間があるようでしたら、このノートの内容をお教えいただけますか?」
「ほんとに!?」
「えぇ、教えてください。エドワードさま」
よく纏めてあるノートは、人に見せるためのものではないのは明白で、だからベルティアは、彼が口頭で教えようとしてくれていると判断したのだ。
(………第3王子に振り回されて、エドワードさまも可哀想ね)
いつの間にか、彼も被害者だと考え始めている自分に驚くベルティアは、けれど、それもしょうがないと納得することにした。
だって、それほどまでに、付き合い始めてからの彼は、ベルティアに対して真っ直ぐに向き合い続けてくれたから。
ベルティアへの理不尽を、まるで自分のことのように憤ってくれるから。
だから、ベルティアが彼に心を許し始めたのは致し方ないことなのだ。




