#09 追放冒険者の実力
「よーし、出発しよう!」
ダンジョンの洞窟に響くクライフの声。そのままリーダーのごとく、松明を手に先頭を切って歩き出す。その後ろをノンタ、最後尾に自分の松明を手にしたキリオが続いた。
足場の悪い七層のでこぼこ道を、自信に満ちた足取りで進んでいくクライフ。しばらく行くと、道は二つに分かれていた。三人は立ち止まり、それぞれの道を見比べる。
「こっちの道が、下ってるように見えるけど」
しゃがみ込みながら地形を確かめたキリオが、右側の道を見ながら言った。
だが、
「見たまえ」
クライフが、左の道の地面を指し示す。そこには、何かの足跡らしきものが、複数刻まれていた。
「これは、最近できた足跡だ。きっと、先行パーティーがこちらに向かったんだろう。こちらを進もう」
迷いのない、堂々とした態度。
「さすが〜」
感心したように声をあげるノンタ。
クライフのその言葉に従い、三人は左の道へと足を進めた。
しばらく歩くと、
ちゃぽん。
ふいに水音が響き、視界が大きく開ける。
「池……」
キリオがつぶやいた。
洞窟の中に、大きな池が広がっている。どこか見覚えがある風景……キリオの胸に嫌な予感がよぎる。
「あれ見て~」
ノンタが指さす先、池の反対側、五十メートルほど先に、何か茶色いものが見える。目を凝らすと、それは革袋。昨日落としたキリオの水筒……つまり──
「「ここって……」」
ノンタとキリオは、思わず顔を見合わせた。
どうやら、大きく迂回して、昨日襲われた池の反対側に戻ってきてしまったらしい。
慌てて警戒した顔で松明を掲げ、周囲を見渡すキリオ。すぐに地面にあるおびただしい数の足跡に気づいた。木の葉のように先の尖った三本の指の跡。どう見ても、人間のものではない。
恐らく、先ほど分かれ道で見た足跡も……
「「クライフ!」」
ノンタとキリオが、揃って声を上げる。
「おや、私としたことが、何か見間違えたかな?」
髪をかき上げ、さわやかに言い放つクライフ。何でもないといった表情で続ける。
「まあ、冒険者あるあるだよ。アハハ……」
彼の明るい笑い声が、洞窟に響く。
グゥゲゲー!
その声に反応するように、水面が大きく波立ち、何かが姿を現した。
「ギガント・オオトカゲ!」
姿を見てすぐに叫ぶキリオ。
鋭い爪を見せ上陸してくるオオトカゲ、その様子を見てもなお笑いを止めないクライフ。
「笑ってる場合か!」
キリオがクライフを怒鳴りつけ、慌てて三人は元来た道を全力で引き返した。
分かれ道まで戻ると、今度はキリオの示した右の道を選んで進む。なんとか、その先で階段を見つけ、八層へと降りることができた。
だが、続く八層でも──。
「こちらから下に行けそうだ!」
縦穴を見つけたクライフが、自信満々にそう言って降り始めた瞬間、穴底のトラップが発動し、下から巨大な針が突き出されてくる。三人は悲鳴を上げながら飛び退いた。
さすがに疑いの目を向け始めるノンタとキリオ。だが、気にする様子もないクライフ。
「こっちが近道に違いない」
暗がりで見つけた横穴に、果敢に飛び込んでいく。だがそこは、巨大モグラの巣穴。すぐに、叫び声をあげるクライフの後ろから、土煙とともに数匹の巨大モグラが飛び出してきた。
その後も、全ての二択を間違えるクライフ。おかげで初日以上に散々な思いをして、ようやく九層のセーフエリアにたどり着いた頃には、三人ともすっかり泥と汗にまみれていた。
「いやー、なかなかハードな行軍だったが、みな無事で何より」
悪びれた様子もなく、水場でのんきに喉を潤すクライフ。彼をその場に残し、キリオはノンタをセーフエリアの隅へと引っ張っていった。
「おい、どうなってんだよ!」
「いや~、おかしいな~」
「追放されたほうが優秀じゃなかったのか」
「ま~、異世界ベタ理論も、完璧ではないってことかもね~」
あっさり前言撤回をするノンタ。
「にしても、ひどすぎないか……」
「だね~、まさか、こんなポンコツだったとは思わなかったよ~」
さすがのノンタも、呆れた顔を隠せない。
そして、まるで他人事のように、ぽつりとつぶやいた。
「いっそ、ボクたちも彼のこと追放するか~」
何でもないことのように、ノンタが言った。
「いや、お前、そんなあっさりと……」
「え〜、仕方ないじゃん~」
「お前、そういうとこあるよな」
「え、どういうとこ~?」
「お笑い養成所で最初に組んだコンビ。あの相方も自分から誘っておいて、あっさり切っただろ」
「いや〜、あれはあいつがネタを全然作ってこないから〜」
「いや、だったら自分で作れよ!」
「え~、そういうのはボク、ちょっと〜」
「たく、どんだけ自己中なんだよ」
険しい顔で続けるキリオ。
「だいたいお前は芸人として意識が低すぎなんだよ」
「ちょっと〜、今そんな話持ち出さなくてもいいだろ~」
話がすっかり脱線し、収拾がつかなくなりかけた時、言い合っていたノンタが、ふと真顔になって聞いた。
「じゃ~、明日も彼に従うの~?」
「それは……」
キリオは、思わず黙り込んだ。
「しかたない……、それなら~」
ノンタが、何やら対応策を語り出す。
「君たち、どうしたんだい?」
セーフエリアの隅で話し込むノンタとキリオ。その様子に気づいたクライフが、不審そうな顔で声をかけてきた。
「いや~、ここから先のダンジョン対策についてちょっとね~」
「ははは……」
言葉を濁し、笑ってごまかす二人。そのまま何事もなかったように携帯食で食事を済ませ、毛布にくるまり眠りについた。
翌日、出発する一行。早速昨日のノンタの案を実行する。二人の話し合った対策は、実にシンプルなものだった。
──二択を間違えるクライフの、逆張り。
分かれ道、トラップの気配、魔物の影。何か不審なものに出くわすたびに、クライフに判断を聞き、その反対を実行する。ただそれだけの作戦だった。
おかげでこの日は目立ったトラブルもなく、三人は無事に十層へと到着した。
その十層は、沼地──ぬかるんだ湿地がどこまでも続く場所だった。壁に張り付く燐光のコケも少なく、辺りは一層暗さを増し、なんとも不気味な気配に包まれている。
「ここが十層……より慎重に進まないとね、クライフ」
気づけば最後尾にいたクライフへ、キリオが声をかける。
「ああ……」
元気のない返事を返えすクライフ。
自分の進言が、ことごとく見送られていたことに、クライフもさすがに気づいたらしい。表情は暗く、うつむきがちで、すっかり覇気を失っていた。主役から一気にモブへと落ちぶれたキャラクターのような存在感の無さ。
(でも……ここまで無事に来れちゃったしな……)
複雑な思いを抱きながら、キリオは元気のないクライフを見つめた。
「レッツゴ~」
対照的に、元気なノンタ。松明を手に、先頭に立って奥へと進んでいく。
やがて、一行は木立の続くエリアに出た。そして一本の木の根元にうずくまるような人影が目に入る。
「あれって~?」
松明を掲げ、ノンタが目を凝らす。
その灯りに浮かび上がったのは──クライフの元冒険者仲間、リガードたちの三人組のパーティーだった。




