#07 ダンジョンの歩き方
ノンタとキリオの二人が、門柱のように立つ二本の石柱を抜けると、その先に、ダンジョンの入口が姿を現した。
山の斜面にぽっかりと口を開けた、半円形のゲート。所々に汚れや欠けが目につく風化した石が、アーチ状に幾重にも積み重ねられている。
そして、そのアーチ状の入口の先には、薄暗い通路が奥へと続いていた。
周辺には、探索の装備を固めた冒険者たちの姿がちらほら。彼らに混じり、二人はダンジョンの入口へ目を向ける。
「ついに来たな……」
ごくりと喉を鳴らし、キリオがつぶやく。
「そだね~」
いつもの調子で、のんびりとノンタが応じた。
ふと、キリオが空を見上げる。気づけば、お昼をとうに回り、日はすでに傾き始めていた。
「今日は近くで一泊して、ダンジョンは明日にするか……」
そう言いながら、視線を巡らせると、入口の手前に受付らしきテントがあり、制服を着た係員らしき者のが姿が見えた。とりあえず話だけでも聞いてみようと、二人はテントへ足を向けた。
長テーブルに沿って並んで座る二人の男、揃いの帽子と制服を身に着けている。一人は立派な髭をたくわえたガタイのいい男で、もう一人は、褐色の肌にアフロヘアをした細マッチョの男だった。
「ダンジョン探索の希望者かい?」
手前に座っていた髭面の係員が、ジロリと睨むような目で聞いてくる。
「はい」とキリオが答えると、男が事務的に言った。
「一人5000グランだ」
(金とるの! しかも、結構かかる……)
思わず顔を見合わせるノンタとキリオ。
「このダンジョンで希少な鉱石が採れると聞いたんですけど?」
「ああ、うまくいけば最下層で見つけることができる。掘り当てられるかどうかはアンタら次第だがな」
キリオの質問に、素っ気ない態度で髭の男が答える。
「ちなみに、今から中に入って、今日中に帰ってこれます?」
遠慮がちに、キリオが尋ねると、
「アハハハ……!」
奥にいたアフロヘアの係員が、大口をあけ笑い出す。
「このダンジョンは地下十層まであるんだぜ。ベテランでも、最下層まで三日三晩はかかるほどだ。その日に帰ってくるなんて、とてもとても」
そう言いながら、あり得ないとばかりに右手をひらひらと左右に振った。
「三日三晩……?」
唖然とするノンタとキリオ。
その反応を見た髭の係員が、「これだから素人は」とでも言いたげな目で、二人を一瞥した。
「どうする~?」
ノンタが小声で聞いてくる。
携帯食に着替え、毛布……色々買いそろえた方がよさそうだ。
「今日は買い物にあてて、ダンジョンは明日の朝からにするか」
キリオがそう結論づけ、二人は係員に出直す旨を伝え、その場を立ち去ろうとした。
「待ちな」
アフロヘアの係員が、二人を呼び止める。
「朝は入場希望者で混み合うことが多い。通行証だけでも、先に買っておいた方がいいぜ」
そう言って、手にした木札をひらひらと振りながら見せてくる。ぶっきらぼうな言い方ではあったが、二人を騙そうという表情には見えなかった。
「仕方ない。買っておくか」
キリオが胸元の財布に手を伸ばしかけた、その時。
「あれって、使えないのかな~?」
ノンタがぽつりと言った。
彼の言う「あれ」とは──旅に出る際、王子チルロが手渡してくれたもの。
『困ったことや、立ち入れない場所があれば、こちらをお見せください』
そう言って渡された、王家の紋章が刻まれたコイン。何かと便宜を図ってもらえる、とのことだったが……。
半信半疑のまま、キリオはそのコインを取り出し、係員二人に見せてみた。それを見た瞬間──髭とアフロの係員、二人の顔色が変わった。
「そ、それは……王家の紋章!」
目を見開き、弾かれたように立ち上がる二人。
髭面の係員が、一気に緊張した面持ちになり、声を潜めて尋ねてくる。
「あのーお二人は、どなた様で……?」
「どなた様と言われても……」
あまりの豹変ぶりに、戸惑いを隠せないキリオとノンタ。とりあえず、王子の知り合いであることだけを伝えてみる。
「それは、大変失礼いたしました!」
係員二人は、慌てた様子で帽子を脱ぎ、頭を下げた。
「私、ランドンと申します」
髭面の係員が、あらためて丁寧に名乗る。
「王子ゆかりの方であるならば、私がダンジョン最下層の地下十層まで、直々にご案内いたします。さあ、参りましょう」
「え? 今から……?」
思わず声が裏返るキリオ。まだ何の準備もしていない。ベテランでも三日三晩かかると聞いたばかりだというのに。
「これから色々、準備を……」
「問題ございません」
キッパリと言い切るランドン。
「は?」
「エレベーターがございますので、直通でご案内いたします」
「「えー!!」」
二人揃って、間の抜けた声を漏らした。
ランドンは真面目な顔で帽子をかぶり直すと、
「では、参りましょう」
急かすように、二人を促す。
「あの、ちょっと……」
遠慮がちに声をかけてきたアフロヘアの係員。先ほどまでとは打って変わって、丁寧な物腰。
「よろしければ、こちらもお持ちください」
自らパルロと名乗ったその男が、一冊の本を差し出してくる。その表紙には、こう書かれていた。
『ダンジョンの歩き方(VIP用)』
「これは……?」
キリオが戸惑いながら受け取る。
「VIPの方専用の攻略本でございます。ダンジョンの最短ルートはもちろん、すべてのトラップの位置と、その回避法までが記されております」
「はあ……」
呆けたような顔で、キリオはその本を受け取った。
「では、こちらへ」
ランドンが右手を差し出し、道を示す。
「お気をつけて」
パルロが、アフロヘアの頭を下げて二人を見送った。
アーチ状の入口をくぐり、二人は薄暗いダンジョンへと足を踏み入れる。
石造りの通路が奥へと続き、壁のところどころには松明が灯されていた。先頭にランドンが立ち、後ろにノンタ、キリオと続いていく。三人の足音が、乾いた音を立てて狭い通路に響く。
しばらく進んだところで、通路の脇にわずかに窪んだ一角が現れた。ランドンがその壁の一部を、無造作にこつこつと叩く。すると、一つの石が鈍い音を返した。
指をかけ軽く引くと、石はあっさりと外れ、その奥から鉄製のレバーが姿を現した。
ガコン。
レバーを引いた瞬間、低い地鳴りとともに壁の一部が横へと滑った。舞い上がる埃の向こう、姿を現したのは小さな隠し部屋だった。
松明に照らされたその空間は、五人も入ればぎゅうぎゅうになりそうな狭さで、その奥には、部屋と同じくらいの大きさの木製の箱が据えられている。
「これがエレベータ~?」
興味津々のノンタ。
だが、それは想像していたような機械仕掛けのエレベーターではなく、太いロープと歯車を組み合わせただけの、簡素な昇降機のようなものだった。
「どうしてこんなものが……?」
「ダンジョンのメンテナンス用です」
キリオの問いに、ランドンが淡々と答える。
(メンテナンス……いや、アトラクションかよ!)
喉元まで出かかったツッコミを、キリオは飲み込んだ。
部屋に置かれていた松明を手に取ると、ランドンが先に昇降機に乗り込む。
「どうぞ」
促され、ノンタとキリオも後に続く。
ランドンが慣れた手つきで操作すると、昇降機はガタガタと音を立てながら下降を始める。降りていくにつれ、壁に書かれた「①」「②」といった文字が、松明の灯りの中に浮かんでは消えていく。数分もすれば十層に到着しそうだ。
「ダンジョン、ちょろいな~」
ノンタがのんびりとつぶやく。
「確かにな……」
相槌を打つキリオだったが、ふと頭の中に、小さな疑問が浮かんできた。
(てか、こんなんでいいのか……? そもそも、なんで俺たち旅を──)
考えている間にも、昇降機は下降を続ける。壁の文字は、いつしか「⑤」を過ぎていた。
(確か、目的は……人々に触れて、この世界を知ること、だったはず)
「──!」
はっとしたように、キリオが声を上げた。
「ランドンさん! 止めてください」
驚いた顔で、ランドンが昇降機を止める。
「どうしました?」
壁を見ると、そこには「⑦」の文字。すでに、だいぶ下まで来てしまっていた。
「ここで降ります! ここから先は、自分たちの足で進みます」
「え~!」
キリオの宣言に、不服そうな声を上げるノンタ。
「こんなショートカットしても、何の経験にもならないだろ」
「たく〜、まじめかよ~」
ぶつぶつ言うノンタに、キリオが真顔で問いかける。
「おまえ、この旅の目的、覚えてるか?」
その言葉に、ノンタは黙り込んだ。何かを考え込んでいる様子だった。
彼の頭に去来したもの──あの時、にこりともしなかった大魔王ガルボンの姿だろうか。
それでも、
「けどさ~、探索の準備何もできてないよ~」
と、なおもぐずるノンタ。
「それでしたら」
様子を見ていたランドンが、昇降機の隅にあった木箱の中から何かを取り出した。
「こちら、お使いください」
差し出されたのは、毛布や水筒、そして乾燥肉などの携帯食だった。
「ありがとうございます」
礼を言い、キリオがそれを受け取る。そして、行くぞとばかりに、ノンタの腕をぐいと掴んだ。
「は~……」
観念したように、ノンタが大きなため息をついた。
ランドンに「⑦」と書かれた扉を開けてもらい、松明を受け取ると、二人は再びダンジョンへと足を踏み入れる。
「お気をつけて。各層にはセーフエリアがございます。まずは、そこを目指すとよろしいでしょう」
ランドンが助言を送る。そして最後に、
「困ったことがあれば、攻略本を」
そう言って、彼は静かに扉を閉めた。
改めて周囲を見回す。上層で見たような石造りの道とは違い、そこはでこぼことした、天然の洞窟そのものの道だった。ところどころに転がる大岩、その表面に張り付くコケが、わずかな燐光を放っている。
キリオが松明を掲げると、静かで暗い道が奥へ続いていた。一気に緊張感が増していく。
(だ、だけど……引き返すわけにはいかない!)
心の中ではそう思うものの、なかなか足が踏み出せない。
すると、
「行こーか~」
緊張感のかけらもない声で、ノンタがそう言うと、キリオの手から松明をひょいと奪い取り、あっさりと足を踏み出した。
一瞬、あっけにとられるキリオ。
(こいつ、こういうとこあるよな……)
慌てて、その後を追いかけた。
足場の悪い、デコボコした道を進む二人。道はやがて二股、時に三股にと分かれ始め、進んでいるのか迷っているのか、自分たちでもわからなくなってくる。
すぐに『ダンジョンの歩き方(VIP用)』を開こうとするノンタの手から、キリオはその本を奪い取る。自力で進むと決めたのだ。地形を頼りに、下へ向かっていると思われる道を選んで進んでいく。
ちゃぽん。
ふいに、水音が響き、視界が大きく開ける。
「池だ」
キリオがつぶやく。
洞窟の中に、青く穏やかな水面が静かに広がっていた。
周囲を見渡す限り、これといった危険は見当たらない。ダンジョン内で、水は貴重だ。飲めるようなら補充しておこうと、二人は水筒を手に水辺へと近づいていく。
水面に映るノンタとキリオ、その姿が不意に揺れた。
「──!」
ばしゃっ!
水面を割って、何かが顔を出す。
「うわっ!」
思わず水筒を落とし、しりもちをつくキリオ。
目に飛び込んできたのは、突き出した口に、鋭く光る目。
(蛇……?)
いや、違った。続いて水面から現れたのは、鋭い爪を持つ二本の前足、トカゲだ。
「これが……あの店主が言ってた……」
キリオが、声を震わせながら叫ぶ。
「ギガント・オオトカゲ!」
「でかすぎ~!」
ノンタも悲鳴を上げる。
全長二メートル近い巨体。もはやトカゲというより、コモドドラゴン並みの迫力だった。
慌てて剣を抜き、振り回す二人。だが、慣れない腰つきで太刀筋も定まらず、まともに当たらないまま、じりじりと追い詰められていく。
「おい!」
周囲を見回し、キリオが声を上げた。
騒ぎを聞きつけたのか、池のあちこちから、二匹、三匹と、次々にオオトカゲが姿を現し始めていた。
「もう無理~!」
ノンタが叫ぶ。
慌てて踵を返した二人、そのまま逃げるようにその場を後にした。
その後も道に迷い続け、途中で出くわした大コウモリや大蜘蛛から逃げ惑いながら、数時間にわたってさまよい続けた末──二人は、ようやく七層のセーフエリアの入口に立った。
二人がほっとした思いでセーフエリアへ入ろうとすると、入口に立つ制服姿の係員が素っ気なく言った。
「一人500グランだ」
(ここでも金か……)
呆れるキリオの横で、王家のコインを見せようとするノンタを慌てて制止するキリオ。金を支払うと、崩れるように座り込み、二人はやっと安堵の息を吐いた。




