#05 新たなクエスト
ステージで駄々スベリ、意気消沈し魔王城を立ち去ろうとするノンタとキリオ。
「お待ちください!」
声のした方を振り返ると、そこに立っていたのは、十歳ほどの小柄な少年。
(どこかの貴族の子だろうか?)
キリオがそう思うのも無理はない。上品な身なりに、整えられた髪。さらに後ろには供の者らしき初老の男が控えている。燕尾服を身にまとい、白髪で眼鏡をかけ、いかにも執事といった佇まい。
少年はつぶらな瞳でノンタとキリオを見上げている。優しげな顔立ち、柔らかな物腰。そして、嫌でも目につくのは、頭に生えた二本の角。
戸惑う二人を前に、少年は丁寧に一礼した。
「私、この国の王子でチルロと申します」
「「は……あ?」」
二人の声が重なる。そのまま顔を見合わせ考え込む……
(この国の王子? ってことは、王様の子……つまり、大魔王の子?)
「「ええーっ!」」
同時に声を上げるノンタとキリオ。
(それで、二本角か……)
合点がいったキリオが、心の中でつぶやく。
「どうか、父を助けていただけないでしょうか?」
唐突に、だが真剣な眼差しでチルロが申し出た。
「「はぁ?」」
ノンタとキリオ、揃って間の抜けた声を返す。
懇願するような目で語り出したチルロによると──彼の父である大魔王・ガルボンは、人間と亜人が分け隔てなく住まう社会の実現に日々尽力しているという。だが、政務に励むあまり、いつしか笑顔を失ってしまったのだそう。そんな父を憂い、チルロも心休まぬ日々を過ごしているのだという。
今日の「大魔王の腹筋崩壊」イベントも、チルロが発案とのことだった……。
「私は物心ついてから、ついぞ父の笑顔を見た記憶がないのです……」
寂しげにつぶやくチルロ。
「まこと、おいたわしや……」
後ろに控えていた老紳士が、懐からハンカチを取り出し、目元をぬぐう。
「申し遅れました。私、チルロ坊ちゃまの世話係を務めております、ザパスと申します」
白髪の紳士が深々と頭を下げた。
「で……助けるっていうのは?」
キリオが恐る恐る尋ねる。
「なんとか、お二人で父を笑わせてはいただけないでしょうか」
「てことは、今日のイベントでも……?」
キリオが問うと、
「はい。多くの方に参加いただきましたが、結局、父は一度も笑うことなく……」
肩を落とすチルロ。
「ぐすん。まこと、おいたわしや……」
再びハンカチに顔をうずめ、涙するザパス。
顔を見合わせるノンタとキリオ。
「でもなんで、俺たちに?」
キリオの問いに、ノンタが期待をにじませた顔で口を挟む。
「もしかして、面白かった~? ボクたちのネタ~」
すぐに真顔で、チルロが首を横に振る。
「いえ、そうではないのですが……」
(違うのかよ!)
心の中で盛大にツッコむキリオ。
「……ですが、お二人が真剣なのは、痛いほど伝わってきました。それに、道具を使わず、話術だけで笑いを取ろうとする、その姿勢に、新しい可能性を感じたのです」
チルロの説明に、小首をかしげる二人。
「道具を使わない笑い……漫才のことか」
小さくつぶやくキリオ。
「どうか、お願いします!」
王子という身でありながら、健気に頭を下げるチルロ。小さな二本角が、なんとも不憫に見える。
「まっこと、おいたわしや……」
頭を下げる王子を見て、またしても泣き出すザパス。
(いや、それはもう見たから!)
心の中でツッコむキリオ。
「……どうする?」
キリオがノンタに問う。
「大魔王だよ~? 国王だよ~? 大物すぎて無理だって~」
情けない声で泣き言をこぼすノンタ。
「……」
その顔を見て、なぜかキリオは思い出していた。お笑い養成所でノンタと出会った頃のことを……。
いつもとぼけたことばかり言うノンタも十分面白かった。だが、追い詰められた時のノンタ、その時のリアクションこそが、本当のノンタの面白さなのでは? そんな直感めいた閃きをキリオは感じたのだった。
その時思ったんだ……こいつとなら、やっていけるかもって。
(俺はまだ、こいつを活かしきれてない……ならば)
「チャンスかも」
「えっ?」
驚いた顔で、キリオをまじまじと見るノンタ。
「もしこの世界で大魔王を笑わせることができたら、今後どんな大物と会っても、もう怖くないだろ」
「ちょ、何言ってんのキリオ~」
「どうせこの世界で行く当てもないんだ。やる価値はある」
「え〜、本気で言ってるの〜?」
気弱な声を発するノンタに、諭すように言葉を続けるキリオ。
「けど……今はまだ無理だ」
「えっ……?」
「もっと知らないと、この国のことを。だから、見て回ろう。この世界を」
眼鏡の奥で、キリオの目に次第に力が増していく。
「いろんな人に会って、文化、価値観に触れて、観察して」
まっすぐにノンタを見据え、キリオは続けた。
「最高のネタを一本、作り上げないか?」
戸惑っていたノンタの表情が、少しずつ変わっていく。とは言え、決意の顔、というよりは、どこか諦めの色が濃いようにも映る。
一方で、キリオの言葉を耳にしたチルロ、その表情がぱっと明るくなった。薄いグレーの瞳の輝きが増していく。
「素晴らしいお考えです! よろしければ、私の小遣いの一部を、その旅の費用にお役立てください」
父親思いな少年らしい、いじらしく健気な申し出。
「まことに、まことにもって、おいたわしや……」
再びハンカチを取り出し、涙を、そして鼻をかみ始めるザパス。
(いやだから……)
呆れてツッコむ気にもなれないキリオ。
しばらくして。
「は~……」
承諾なのか、諦めなのか……大きなため息とともに、ノンタは首を深く折った。
こうして二人は、ひょんなことから、魔王の国を巡る旅に出ることになったのだった。
その二日後──
ガタゴト、ガタゴト……景色のいい田舎道を走る一台の馬車。ノンタとキリオは、街道を進むその乗り合い馬車の中にいた。人間、ゴブリン、獣人と、様々な種族に混じって揺られる二人。
「これから、どうなるんだろ~……」
窓の外を眺めていた、ノンタが不安げにつぶやいた。
「この世界に来た直後は、あんなに楽しそうにしてたくせに」
眼鏡の奥、からかうような目でキリオが言う。
「それはそうだけど~」
「元気出せよ~。俺たちには"笑い"があるじゃないか~」
以前のノンタのセリフを、キリオが真似して口にする。
「ちぇっ、ポジティブかよ~」
苦笑しながら、ノンタが久々にツッコミを返した。そして感慨深げに言葉を続ける。
「でもまさか~、異世界まで来て、大物を笑わせることになるとはね~」
「確かにな……」
小さく頷きながらキリオは返事を返した。
車窓に目を戻したノンタ、再びぽつりとつぶやく。
「は~……いっそのこと、この馬車、事故らないかな~」
「お前っ! 変なフラグ立てるんじゃねー!」
キリオの鋭いツッコミが、馬車の中に響きわたる。
こうして、凸凹コンビ二人の異世界旅が今始まった。




