#04 異世界でのネタ見せ
魔王城のステージで行われていたのは、まさかのお笑いコンテスト。だが大物が苦手なノンタとキリオは肩を落とす。
そんな二人に背後から声がかかった。振り返ると、立っていたのは黒い制服姿の鬼人。巡回中の衛兵だった。
「二人とも参加希望者か? だったら、あちらに並びなさい」
衛兵は右手でステージ横の列を示し、言った。
背が高く、見上げるほどの体躯で二人を見下ろしている。間近で見る額の一本角は、鋭く天を突くように伸びていた。怒っているわけでもないだろうに、その角だけで鬼の形相にも見え、ノンタとキリオは思わず身を震わせた。
「えーっと……」
「ボクたちは~」
しどろもどろになる二人。強面の鬼人を前にして、「違います」と、その一言が出てこない。
「急げ! 時間がないぞ」
鋭い声に急かされ、二人は反射的に返事を返した。
「「は、はい!」」
気づけば、二人はステージ横の列へ紛れるように並ばされていた。
列の前方では、先に並んだ者たちが次々と出番をこなしている様子が見える。そしてその先、観客席最前列の真ん中にいる、ひときわ大きな存在にキリオは気づいた。
(あれが……大魔王!)
大きな体躯をどっしりと椅子に沈め、太い腕を胸の前で組んでいる。額から伸びる漆黒の二本の角に、眉間に浮かぶ深い皺。鋭く細めた眼差しが、ステージを射抜くように見つめている。
そこにいるだけで空気を押しつぶすような威圧的なオーラを放っていた。
「大魔王……ガチでヤバそうだな」
上ずった声で、キリオが小さくつぶやく。
「そ、そだね~」
ノンタも緊張気味に相槌を打つ。
すると、出演予定と思しき者、前に並んでいたゴブリンの男が、こちらを振り向き話しかけてきた。
「おいお前ら、国王様に対してその言い方は失礼だぞ」
「国王?」
理解が追い付かず、聞き返すキリオ。
「なんだ知らないのか? 大魔王・ガルボン様は、この国の王様だぞ」
ゴブリンが呆れたような表情を浮かべて言った。
「まじで?」
顔を見合わせるノンタとキリオ。
ここまで「異世界キター!」などと騒いでいたが、どうやら二人は、大魔王が支配する国に迷い込んでいたようだった。
あっけにとられた顔のノンタとキリオに、ゴブリンの男は「くれぐれも失礼のないようにな」との忠告を残し、前を向いた。
(ていうか……大魔王であり、国王って、大物すぎだろ)
キリオは心の中で小さくツッコミを入れた。
ステージでは演目が続いていた。ハトやリンゴを取り出す手品、続いて模造刀を振り回す剣士二人組による寸劇。会場からは、ぽつぽつと笑いが起こる。
だが、大魔王だけは違った。腕を組んだまま、眉一つ動かさず、固まったまま。微塵も笑うことはなかった。
「こんなの無理だよ~……」
険しい顔の大魔王を見ながら、震え声でノンタが弱音をこぼす。
(くそっ、何かかける言葉は……)
そう思うキリオだったが、頭は空回りし何も言葉が見つからず、時間だけが過ぎていく。
「はい、次どうぞ!」
容赦なく、出番が回ってきた。
すぐに、賑やかな出囃子のような音が響く。
心の準備も整わず、引きつった顔と固くなった体をぎこちなく動かし、二人はふらふらとステージへ上がった。
打ち合わせもままならず、やむなく披露したのは、最近作った漫才ネタだった。
◆
『ショートコント・勇者!』
ノンタ:オレは、勇者にな〜る!
キリオ:はぁ? 勇者だ?
ノンタ:ああ、勇者になって世界を救う! そして村に帰ってメアリーと結婚する〜んだ!
キリオ:いや、いきなり死亡フラグ立ってるけど?
ノンタ:だ、大丈夫。オレは強〜い! それにいざという時の保険もあ〜る
キリオ:保険?
ノンタ:これだ〜!(胸元から何か書類を取り出す)
キリオ:なになに生命保険? 受取人はメアリー……いやメアリー、あんたを殺す気満々だぞー!
◆
だが──。
しーん、と静まり返る会場。見事なまでの駄々滑り。1ミリの笑いも起こらず、会場の空気が重く沈んでいた。
大魔王からは、怒りのオーラすら感じる……というか実際は怖くて、そちらへ目をやることさえできなかった。
頭が真っ白で、何も考えられないキリオ。脂汗をたらし、口をパクパクさせ、ステージに立ち尽くす。
その時だった。隣にいたノンタが、突然身を翻し、ステージ袖に向かって駆け出した。
(おい! まさか……逃げたのか?)
ステージに一人取り残され、絶望感に襲われるキリオ、だが。
ステージ袖から、ノンタが小走りに戻ってくる。片手には手品で使われたリンゴ、もう片方には、寸劇で使われていた模造刀。他の演者の小道具を借りてきたらしい。
「お、お前……何する気だ?」
キリオが唖然としていると、ノンタはリンゴと模造刀を掲げ、奇妙なリズムで腰を振り始めた。そして……
「アイ・ハブ・ア・剣~♪ アイ・ハブ・アン・アポ~♪」
──そこから先、二人の記憶は、はっきりしない。
気づけば二人は、ステージから離れた控室で、顔面蒼白のままうずくまっていた。
キリオは参加者用に配られた飲み物を一口すすり、なんとか心を落ち着かせる。
「最後……なんで、あんなネタを?」
力なくノンタに問う。
しばらく間が空き、ノンタが重い口を開いた。
「う~ん、なんか大魔王つながりでいけるかな~って……」
「大魔王つながり?」
「いやもういい、なんでもないよ~……」
言葉を濁し、ノンタはそのまま膝の間に顔をうずめる。
そんな落ち込むノンタを見ながらキリオは、
(確かにあのネタはひどかった……)
それでもパニくって何もできなかった自分に比べれば芸人として……そんな思いが頭をかすめた。
それからしばらく、二人とも口を開かなかった。やがて、
「……出ようか」
キリオがそう声をかけると、ノンタはゆっくりと顔を上げ、赤くはらした目でキリオを見上げた。腰の重いノンタの手を引きなんとか立たせると、重い足取りで控室を後にする。
賑わう城内を出口目指し、俯きがちに歩く二人。そこへ、
「お待ちください!」
突然、背後から声がかかった。
足を止め、振り返る二人。そこに立っていたのは、一人の少年だった。年の頃は十歳前後だろうか。小柄な体、上品な衣装。
そして何より目を引くのはその頭──柔らかそうなグレーヘアの隙間からチョコンと二本の角が突き出ていた。




