#11 冒険者の実力
湿地が広がるダンジョン最下層。その奥地で、ノンタとキリオ、クライフの三人は、キラキラと光る石を見つけた。
「あれは~?」
ノンタが目を輝かせて聞いた。
「輝晶石だ」
クライフが、短く答える。
「ってことは~?」
「我々は、目的を達成したんだ」
クライフが続ける。
「これを持ち帰れば、高値で買い取ってくれるだろう」
「やった~!」
ノンタの喜びの声が、湿地に響く。
その声を耳にしながらキリオ、
(輝晶石……そいつは確かに希少だろうよ)
心の中でつぶやいた。
三人は早速、剣の柄で岩石を砕き、光る石を採取していく。一時間ほどかけて、かなりの量を集めることができた。
「これだけあれば、十分だろう」
クライフの言葉に、各自、それぞれのリュックに詰められるだけ詰め込み、帰還の準備を進めるクライフとキリオ。
だが、ノンタだけは、いつまでも採取の手を止めなかった。結局、リュックに入りきらなくなった輝晶石を、両腕いっぱいに抱え込んだまま、どうにか持ち帰ろうと悪戦苦闘する。
「欲張りすぎだろ!」
キリオのツッコミも意に介さず、大事そうに抱えたまま歩き始めるノンタ。
帰路の途中、沼地に渡された木道を進んでいく三人。
「おっと~」
濡れた木道に、ノンタが足を滑らせた。
その拍子に、手からこぼれ落ちた輝晶石が、いくつか沼地の中へと転がっていく。濁った水面、その浅瀬でぼんやりと光る石。
「もったいないな~」
沼地へ一歩踏み出し、ノンタが手を伸ばす。無事に拾い上げた──と思った、その時。水中に、別の光るものが見えた。
「んっ?」
ザバッ──!
水面が大きく割れ、巨大なギガント・オオトカゲが姿を現した。
グゥゲゲー!
赤い目を光らせ、咆哮を上げながら、迫るオオトカゲ。十メートル近いその巨体は、これまで見てきたどの個体とも、まるで別格の大きさだった。
「うわーっ!」
悲鳴を上げ、しりもちをつくノンタ。手にした石がこぼれ落ちる。あまりの迫力に気圧され、キリオも身動きが取れない。
大きく口を開け、ノンタへと飛びかかるオオトカゲ。
「ノンタ!」
キリオが叫んだ、その時──何かが光を放ちながら、オオトカゲへと飛んだ。
グギャ!
悲鳴を上げ、動きを止めるオオトカゲ。よく見ると、その片目にナイフが深々と突き刺さっていた。
放ったのはクライフ。彼は落ち着いた様子で、剣を抜き右手に構えると言った。
「早くこっちへ!」
ノンタへと指示を飛ばす。
キリオも手伝い、二人がかりでノンタを沼地から引き上げる。
だが、オオトカゲもまた、尖った前足を使い、水の中から這い上がってきていた。ギシギシと音をたて、亀裂が入る木道。
グルルル……。
威嚇するように、こちらを睨みつける巨体。
逃げようにも、この滑る道では、思うように足が動かない。じりじりと後退する、ノンタとキリオ。
その時、一歩前へと足を踏み出したクライフが言った。
「ここは俺に任せて、先に行け」
(ええっ、それ言う!)
驚きの表情で顔を見合わせるノンタとキリオ。
「いや、でも……」
さすがに躊躇するキリオ。
「大丈夫、剣には自信がある! 免許皆伝の腕だ」
二人に顔を向けニッと笑うと、余裕を見せるように左手で髪をかき上げるクライフ。
その自信に満ちた笑顔を見ながらキリオ、
(その笑顔を信じろと……?)
だが結論を出す暇を与えず、大口を開け牙をむいたオオトカゲが、飛びかかってきた。
クライフの素早い反応。流れるように剣を繰り出し、足元から切り上げると、敵の顎を強く弾き返す。
「早く!」
彼のその一喝に急かされ、ノンタとキリオは、足元に注意しながら、小走りで駆け出した。
走ること数分、クライフの元冒険者仲間、リガードたちがいた木立のエリアまでたどり着いた。わずかに期待していた援軍。だが、すでに引き返したのだろう、そこに彼らの姿はなかった。
立ち止まる二人。ノンタが、息を切らしながら言った。
「いや~、『ここは俺に任せて先にいけ』……まさか生で聞くことになるとはね~」
「いや、今それ言ってる場合か!」
だが、意に介する様子もなくノンタが聞いた。
「で、これから、どうする~?」
ノンタの言葉を受け、キリオは眼鏡に手をやり考え込む。
十層のセーフエリアを探し、係員に知らせるべきか。だが、そこから増援を手配して戻ってくるまで、一体どれほどの時間がかかるだろう……無力感を覚えるキリオ。
「一旦、九層へ戻ろうか~」
黙り込むキリオに、ノンタが提案する。
「……何もできなかった」
ぽつりと、キリオがつぶやいた。
「え?」
「魔王城のステージ。自分たちのネタがウケなくて、頭が真っ白になった時、俺は何もできなかった」
「どうしたの急に~」
戸惑うノンタに、キリオは続ける。
「けどお前は、リンゴと模造刀を持ち出して、やったこともないネタを始めて……」
「それ思い出させないでよ~」
苦い記憶なのか、ノンタが顔をゆがめる。
「いや、すごいなと思ったよ」
「え~?」
「ぶっちゃけ、ネタとしては全然面白くなかった」
「は~?」
「でも、俺は何もできずに立ち尽くすだけ。それに比べれば、お前は……」
「てか、その話長いの~」
面倒くさそうに言葉を返すノンタ。
心の奥にしまい込んでいた言葉、せっかく吐き出したのに……投げやりな態度をとるノンタに対し、
「お前なー!」
思わずキリオの声が大きくなる。
「今は急いだほうが、よくない~?」
ノンタの指摘を受け、キッと彼をひと睨みすると、
「要するに、俺が言いたいのは、このまま何もせず、立ち去っていいのかってことだよ!」
そのまま、ノンタの目を見て続ける。
「見栄っ張りで虚言癖のあるクライフ、そんな男が『ここは俺に任せて先にいけ』って言ったんだぜ? どう考えてもそれ……」
その先の言葉──「死亡フラグだろ」を、キリオは飲み込んだ。
口に出さずとも伝わったのか、ノンタも黙り込んだままだった。
「戻ろう」
キリオが言った。
「本気なの~? 戻って何ができるの~?」
駄々っ子のような顔で、ノンタが聞き返す。
「これを使おう」
そう言ってキリオがリュックから取り出したのは、乾燥肉だった。
「リガードたちが言ってただろ、食事中に襲われたって。あのトカゲにこれを投げつけて、注意を逸らす。その間になんとか……」
(正直、うまくいくかはわからない……それでも、このままというわけには)
乾燥肉を持つ手に力をこめるキリオ。
「はー……」
大きくため息をついたノンタが、小さくつぶやいた。
「キリオって、こういうとこあるよな~」
リュックをその場に置き捨て、手にしたのは乾燥肉と松明、そして腰の剣。ノンタとキリオは、クライフの元へと急ぎ戻っていく。
グギャーーー!
ダンジョンの湿地に、ギガント・オオトカゲの声が響いた。
それはあのバケモノの上げた悲鳴なのか、それとも勝利の雄叫びなのか──走る二人には判別がつかなかった。
やがて視界が開ける。二人の目に飛び込んできたのは、湿地帯に横たわっていた十メートル近い巨体。そして、その上にまたがるようにして剣を突き立てているクライフの姿。
横たわるオオトカゲは、絶命したのかピクリとも動かない。その巨大な骸から、ひらりとマントをなびかせて降りると、クライフが口を開いた。
「やあ、どうしたんだい、二人とも?」
落ち着いた様子で、刃に残った血のりを払うように剣をふるう。
ヒュン、ヒュン──。
鋭い切っ先が、二度、三度と空を裂き、風切り音が響く。そのまま何事もなかったかのように、クライフはゆっくりと剣を鞘へ収めた。
その鮮やかな剣さばきを目にしながら、キリオは、ふと七層の出来事を思い出す。大池でギガント・オオトカゲの集団と遭遇した時、ヘラヘラと笑っていたクライフ。
(あれは余裕の笑みだったってことか……)
「本当にやっつけちゃったんだね」
浅瀬をピチャピチャと音を立て近づいてくるクライフに、キリオが声をかける。
「だから言ったろー、免許皆伝だって」
髪をかき上げ、涼しい顔で答えるクライフ。余裕綽々な態度の彼を前に、ただ顔を見合わせるしかない、ノンタとキリオ。そして、
(そっちは本当だったんかーい!)
キリオのツッコミが心の中でこだました。
2026.10.20 誤字修正




