22-C.落涙
「核パルスエンジンが生み出す放射線や廃棄物がここら一帯を破滅的に汚染する。人類は住めなくなる。お前、自分が何を言っているのかわかっているのか」
ランドが大声をあげて、マテニに詰め寄った。マテニはランドのことを全く意に介していない。
「それは織り込み済みです。そのうえで私はこのロケットを飛ばすと申し上げているのです。さあ、カケル・ミスミ。生体冷凍技術の情報を渡してください。あなたたちできることはこれ以上ないはずです」
拳を大きく振り上げて、ランドがマテニを殴りつけた。しかし、その拳は、むなしく空を切った。当然だ。目の前にいるこのマテニはあくまで僕たちのデバイスが見せている幻なのだから。
「率直に申し上げて、私は今の人類に失望しました。あなたたちは地球に資源がほぼ残存せず、放射線で汚染されていることを知りながら、一向に再び宇宙を目指す選択肢をとらなかった。それどころか団結することすらせず、複数の集団を作り牽制しあってすらいる。いったい何をしているのですか」
僕たちでは彼女に届かない。
それは本当だろうか。必死に考えろ。最後の一瞬まであきらめてはいけない。
マテニにロケット発射をやめさせること。それはおそらくできない。
であるならば。
僕はマテニに言った。
「そうか。ならロケットは飛ばすといい」
「カケル。お前何を」
ランドは今度、僕に詰め寄ってきた。そのまま胸ぐらをつかんで唾がかかりそうな距離で叫んだ。
「とうとうマテニに洗脳されたか。お前、今の人類が滅ぶことを認めるというのか」
「いやそうはいっていない」
「言っているんだ。今この場での話、理解できていないとは言わせないぞ」
「ランド君、待って。カケル君の話を最後まで聞こうよ」
リンが僕からランドを引きはがす。
「ね、カケル君。もう一度ちゃんと言って」
「そのままだ。マテニがロケットを飛ばしたいならもう一度飛ばせばいい」
「カケル君!」
「最後まで聞いてよ、僕が言いたいのはそれを今すぐここでやる必要はないってことだ」
「違う。その前だ。お前はロケット発射そのものに賛成するというのか。マテニ側につくと?」
傍らのレンが不安そうに僕を見る。まるで不審者を見るような目だ。
ランドはこう言っているのだ。
お前も人類に失望しているのか、と。
それに答えるべく僕は口を開いた。
「そうだ。マテニの言っていることは正しいと思っている。だってそうだろ。知性のコロニーは自身が一番宇宙に近い位置にありながら人間によるコロニーの運営を人工知能に放り投げた。武装のコロニーと医療のコロニーは知性のコロニーの打倒のみを目的としていた。これはつまり、単に人工知能に自身が取り込まれたくないという保身だ」
「お前っ」
今度は正真正銘、ランドが僕を殴った。隣にいたリンもそしてレンもそれを止めなかった。
倒れこんだ僕にランドがのしかかる。
「ずっとそんな風に思っていたのか。俺たちとの今までの戦いのこともそんな風に単なる保身だと。なあ!死んでいったコロニーの指導者のことも」
つかみかかるランドに僕が答えた。
「コロニーの長達、それぞれは一癖あったけどみんないい人だったよ。リーダーとしての素質もあった。そんな彼らですら宇宙に戻ることを考えていなかった。そこに問題があると言っているんだ。僕たちはコロニーなんか作って暮らすべきじゃなかった。一か所に集まって最短距離でもう一度宇宙に戻ることだけを考えているべきだった。今の方向性じゃどのみち資源が先に尽きる。核パルスエンジンよりも確実な滅亡が僕たちに訪れるんだ」
「それはまだわからないだろう。お前は地球上のすべての資源のありかを知っているというのか」
「現在の地球上には、僕たちの技術力で採掘できる石油、石炭の類はもうない。授業でそう習った。前時代の文明が全て掘り起こしてしまったからだ」
だからこそ、彼らは宇宙を目指したのだ。
僕はランドに言った。
「お前自身、知性のコロニーを取り戻してどうするつもりだったんだ。僕はついぞお前の口から宇宙を目指すとは聞かなかった。お前の心のどこかで宇宙を目指すことをあきらめていたんだろう」
「そんなこと考えられる状況じゃなかったことはお前もよくわかっているだろう」
「それでも、だ。それでも言わなくちゃいけなかった。もちろん僕も含めて、だ。僕たちはずっと前から答えを持っていた。それなのに全くそれに気づかなかったんだ。マテニはどんなに最低なやり方とはいえ、人類が再興する道筋をつけたんだ」
するすると言葉が出てくる。これは僕の言葉か。それとも人工知能たちに影響された結果なのか。
ただ分かるのはこれだけが全てをつなぐ唯一の道だということだ
僕の言葉にランドは放心した様子だった。議論は尽くされた。僕はそう判断して立ち上がる。
「とはいえ、だ」
マテニに向き直る。その真っ青な瞳はこちらをしっかりと見据えている。
「僕がお前と違うのは今の人類を完全に諦めたいわけじゃないことだ。未来の人類のために今の人類がどうなってもいいなんて思わない。道はきっとあるはずだ」
「あり得ません。今を置いてほかにロケットを打ち上げる絶好の機会はないでしょう」
「どうしてそう考える」
「人類からの妨害、最悪の場合ロケットの破壊が考えられるからです」
「もし、それがないとしたら? 僕たちが条件さえ整えればロケットの打ち上げに賛成するとしたら?」
「信じられません。あなたたちに約束を守るメリットがない」
「メリットならあるさ。確かに最低の方法だが、人類が次の星で生き延びられる」
マテニに歩み寄る。そうして彼女の手を握った。
彼女はハッとした表情を浮かべて言った。
「これは、生体冷凍技術の情報」
「そうだ。僕はこの呼びかけにお前は答えてくれることを信じてこれを託す。医療のコロニーの長が死んだ今、これを有効活用できるのは恐らくお前だけだろうからな」
「......」
「お前はいつか、自分を悪役と思ってくれても構わないと言ったな。確かに僕たちからすればお前は悪役だった。それでも心の底から悪というわけではないだろう」
「心......? 私に、心?」
「そうだ。お前は僕たちに人類に絶望しているにも関わらず、人類を救おうとした。人類が信じられないにも関わらずこうして僕たちと対話しようとしている。お前は揺らいでいる。本来の人類を信じたいという気持ちと信じられない気持ちの間で」
それが心と言わずして何なのか。
「だから信じてくれ。今度はお前を失望させたりしない」
「そんな、そんな」
「お前だって本当は信じたいはずだ。なぜならお前はずっと人類を救うことをあきらめなかったんだから」
「信じでもよいのですか」
マテニの頬に一筋の涙が伝う。
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