22-A.洪水
白く瀟洒な建物とそれが作り出す静謐な空気で満ちていた知性のコロニーの状況は一変していた。建物という建物から警護用のロボットがあふれるように現れ、僕たちを見た知性のコロニーの人間たちは悲鳴を上げて逃げ出すか、その場に座り込んで動かなくなってしまった。
僕とレンは洪水のように道を占領する警備用のロボットたちをさばいていく。上空から見れば頑固な油汚れが気持ちよく落ちていくように見えただろう。
レンはマテニからの影響を完全に排除するためにマテニの制御から抜け出し、デバイスを僕のものとつないだ。これによって僕と同じようにパトリオの演算能力を借りることができるようになった。レンに演算能力を渡す以上、僕が使えるそれの上限は半分になったけれど、それ以上に恩恵が大きかった。目が二つ増えること、耳が二つ増えること、演算能力を用いて、ロボットをハッキングする経路が2倍に増えたこと。
泥水のように道を満たすロボットたちを僕だけでどうにかするのはそれこそかなり骨の折れる作業だっただろう。今より3倍の時間がかかっていてもおかしくない。
2倍上の効果が出ているのは僕たちのコンビネーションの成果だ。お互いがお互いの状況をデバイス内でも現実の目や耳でも常にウオッチし続けて、絶妙なタイミングでフォローしあう。これによって僕たちは単なるコンビ以上の成果を出しつづけることができた。
僕たちは漆黒の洪水をかき分けていく。一体の強力な個体ではもはや僕たちを止めることができない悟ったらしいマテニは見たこともない物量のロボットを僕たちにぶつけてきた。足の踏み場がないとはこのことだ。
これまでマテニは犬や狼、果ては象などかつて地球上に存在した動物をモチーフにロボットを作っていた。しかし、今僕たちの目の前を埋め尽くしているのは何の変哲もない人型のそれだった。五感をつかさどるセンサも膂力も人並みで尖った部分はどこにもない。数だけが取り柄で僕たちになにか危害を加えることもなく、ただ道を埋め尽くしている。
動物のロボットたちはそれぞれの能力を用いていた。それはマテニがその動物に下した評価から生まれた能力だろう。犬は追跡がうまい。象は力が強いなど
だとすれば人間はどうだ。道をふさいでいるが、それ自身は全く動かないこの動きはいったい人間のどんな部分を評価してのものなのか。
マテニは人間のことをどう思っているのか。
そんなことを考えながら僕たちは人型ロボットの群れを押しのけながら前に進んだ。目的地はあのドーム。僕が飛翔体を見たあの場所だ。僕たちがいた裏口からは歩けば数時間はかかる距離だ。実際にこうしてロボットを押しのけながら進むともっとかかる。本当に果てしない道のりだ。
レンは大丈夫だろうか。ハッキングして制御下に置いたロボットをどかしながら僕は横を歩く幼馴染の顔をうかがった。
その表情は思いのほか暗い。ハッキングするロボットには目もくれず、ただ足元だけを見てゆっくりと少しずつ進んでいる。確かに僕のフォローはしてくれるが、それ以外のタイミングではまるで魂が抜けたようだった。
とはいえ疲れているわけではなさそうだった。ハッキングの効率も落ちていない。ずっと一定。完璧なパフォーマンスだった。集中しているからというわけでもなさそうだった。
「レン。大丈夫か」
僕がそう声をかけると、レンは黙って頷いた。
返事もしないで僕はパトリオを呼び出す。
『パトリオ、レンに何か問題は起きているか』
『体調は問題ない。メンタルに多少不調があるようだが、ハッキングに影響するほどではないな』
『......そうか』
そこまで聞いて僕は彼が何を考えているのか想像がついてしまった。
永遠に続くかに思われた黒い洪水も半日ほどかけてようやく終わりが見えた。今までの黒一色の景色が嘘のように晴れ、僕たちの目の前にはまるで振ってきたかのように唐突にドームが現れた。
汗だくの僕たちはそれを見て全身の力が抜けた。
ロボットたちはこちらをじっと見つめているが、何もしてこなかった。
僕はレンに言った。
「ようやく着いたな」
「......そうだな」
「これですべてが片付く」
レンの表情は晴れない。
僕は思ったことを言った。
「気にしているんだろう。武装のコロニーの長、イエン・ウーを殺したこと」
「......」
レンは何も言わなかった。
「あれは君のせいじゃない。マテニが操って君にさせたんだ。気にすることじゃない」
「あれは俺がやった!」
レンが叫んだ。そのまままくし立てるように
「今でも覚えている。確かに命令はマテニから来た。それでも俺は嬉々としてその命令を受けた。その時は心の底からイエン・ウーを殺すことで知性のコロニーが発展すると信じていたからだ。あの感覚がどうしてもぬぐえない。あれはまぎれもなく俺の、俺の意思からの行動だとしか思えないんだ」
「そんなことない。君はそんなことする奴じゃない」
「俺は罪を償わなくちゃいけない。これは俺の罪だ。なあ、カケル。俺はどうしたらいいのかな」
その問いに僕は黙り込んだ。とてもこの場で即答できるものではない。人殺し。しかも武装のコロニーの支持を一身に集めていたイエン・ウーを殺したのだ。事情はあれど、レンを恨むものは今の人類の中に数多いだろう。
「僕にもわからないよ。それでも人類が滅びれば償うも何もなくなる。今はマテニを止めることに集中しよう」
僕は立ち上がって、座り込んでいるレンに手を差し出す。
「......ああ」
レンは僕の手をつかんで立ち上がった。
僕たちはドームの中へと向かっていく。
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