21-A.心眼
白亜の輝きで満ちる知性のコロニーに会って、唯一その輝きがくすむ裏街の大通り。そのど真ん中にレン・トキムラが立っている。僕の幼馴染でありながら、今は知性のコロニーの長、マテニの従順なるしもべ。マテニの指示であれば人さえ殺す。それほどの狂信者だ。
レンが邪悪な笑みを浮かべて叫んだ。
「うれしいぜ。まさか戻ってくるとはな。知性のコロニーの、マテニ様のあの慈悲の意味が分からなかったか」
「うれしいのは僕も同じだ。ようやく決着をつけられる。お前を元に戻してあげられる」
「元に戻すだあ? 俺は今も昔も知性のコロニーのためにこの身を捧げている。お前にどうこうされる筋合いはない」
「なぜお前がそれを望んだか思い出せてやる。悪いが今の僕はこれでも急いでいてね。今すぐマテニに話といけない。だから」
僕はすうっと息を吸ってレンに告げた。
「手加減できないかもしれない」
不意に彼の周りから何かが染み出てくるのを感じた。殺意にしてはあまりに実体を有しすぎている。もう少しで目に見えるほどの粘性を備えるそれ。波紋のように同心円状に一気に広がる。
ハッキング用の電磁波。もう止まる気はないようだ。
むろん僕にもない。
はじめのそれはまさしくジャブだ。僕は簡単にそれを打ち消す。
脳内でパトリオが言う。
『今の俺たちと奴に性能的な差はない。強気で行け』
『分かってる』
それでも今の趨勢としては向こうの方が上のようだ。今もデバイスがわずかに侵食され、五感が乱され始めている。鼻を突くような刺激臭。頭が痛くなりそうな可聴域ぎりぎりの高温。背中の駆け上がるような不気味な感触。
そうしてこの世のものとは思えないような不可思議な景色。
そのすべてを振り払う。その中で僕は必死にレンを探し求める。
幻覚の中でレンを見つけることはできない。そして、現実世界に何とか戻ってきても僕は幻覚を見ているすきにどこかに隠れてしまったら探すのは難しい。
ただし状況は向こうも同じだ。少なくともこちらと同程度にはデバイス越しに五感を侵食されている手ごたえがある。レンもまた侵食された五感を駆使して必死に僕の姿を探し求めているだろう。
お互いに有効打がない。お互いがお互いを全力で侵食しあっているからだ。どちらかが手を抜けば一気にその均衡が崩れて一気に片がついてしまう。それが分かっているから僕たちはお互いハッキングをやめることができない。
本当の僕たちは今、お互いを目の前にしてただ立ち尽くしてしているのかもしれない。でもハッキングに夢中の僕たちはそれを確かめるすべはない。
脳内でパトリオが苦々しそうに言った。
『これじゃあきりがないな』
『まずは相手を見つけないことにはどうしようもない』
『防御にリソースを割けばそれは可能だろうな』
『だったら』
『それは相手の欺瞞や妨害がなくなることを意味する。こちらが向こうを捕えると』
『向こうもこちらを捕えるということか』
『そうだ。こちらが先に防御を始めれば先に五感が戻る分、わずかにこちらが有利だ。そのすきを活かせなければ状況はイーブンになってしまう。さらにいえばその隙にこちらの防御を破られれば今度はこっちが不利になる』
今も目の前では架空の草原、架空の星空、架空の火山、架空の宇宙空間が広がり、消え去り、また現れている。当の昔に自分がどこにいるのかなんてわからなくなっているのだった。
『リスクが高いな』
『しかし、時間が惜しいのはこちらだ。仕掛けるしかないだろう』
『分かった。防御に切り替えるタイミングを教えてくれ』
『今からきっかり5秒』
5,4,3,2,1
瞬間、視界が晴れた。今までの幻覚幻聴が嘘のように消え去り、世界が正常な状態を取り戻したかに思えた。
白亜の街の例外、この薄汚い街の大通り。レンの姿は見えない。どこかに隠れているのか。それとも
パトリオが言った。
『向こうの攻勢がわずかにこちらを上回っている。そのせいで姿が見えないようだ。攻勢は続いている。間違いないなくここにやつはいる』
姿は見えない。でもどこかにいる。なんたる理不尽だ。それでもやらねばならない。
レンはどこにいるのか。こういうとき、彼はどうするのか。わからないなら想像しろ。
信じろ。彼はマテニに洗脳されていてもきっと実直に僕に向かってくるはずだ。
今はそう信じるしかない。
狙いは一直線。僕は迷いなく目の前の空間に向かって拳を振りぬいた。
拳から伝わる手ごたえ。
それと同時に僕の顔面にも脳を揺らす衝撃と痛みが走った。
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