20-C.裏口
頬にあたる風と心地よい振動で目を覚ました。周囲を見渡すと視界が一定の周期で揺れている。
見渡す限りの荒野。これは変わらない。しかし、遠くを見やると真っ赤な絨毯が地面いっぱいに広がっているのが見えた。
アマランサスの花だ。知性のコロニーの周辺部だ。
僕を運んでいるのは先ほどまで人類をさんざん苦しめていた戦象のうちの一頭だった。象の足元には同じ人類と戦ったライオンが一頭付き従っているはずだ。自分の演算能力が十分に回復したあと、再度ハッキングして手中に収めたのだ。人類軍においていかれてしまった以上彼らに追いつくためには足が必要だったのだ。
象たちを倒したのは僕だというのにまったく冷たいものだ。しかし、一度はマテニに与した身、寝ているすきに殺されなかっただけましとも考えられるだろう。おそらくレイ・ヤンが死んだショックが大きすぎて無視されたのが実情だろうが。
象に運ばれていくうち、赤いじゅうたんを踏み越え、バラックの並ぶ外縁部の街並みに到着した。街並みからはかつての野蛮な活力は消え、人々はすっかり息をひそめていた。一緒にバラックを建てたあのおじさんは無事だろうか。
幸い死体はない。おそらく人々は人類軍がここらを攻める前に逃げ出したのだろうか。
外縁部を進み、ようやく知性のコロニーの壁に到着した。見上げるほど高い白亜の壁。見れば、その足元には大量の人類軍の面々がいるのが見えた。ようやく追いついたのだ。
人々は壁を前にどうしようもないようだった。それはそうだ。その前哨戦となる象とライオンすら超えられなかったのだから。
さて、どうするか。マテニは今最も防御を固めているだろう。正面突破を図ったり、どこからかこっそり入り込むのは難しいのではないか。
「いや考えてもしょうがないか」
やれることをやる。僕は象から降りると、すぐさまそれに砲撃を命じた。もちろん壁を狙って。
強い閃光。火薬のにおい。周囲を衝撃波が一気に駆け抜ける。
結果ははかばかしくない。まぶしいほど輝く白亜の壁には傷一つつかなかった。次はライオンに命じる。ライオンは壁に向かって一直線。そのまま壁に足をかける。ハッキングしたときに入手した情報ではこのライオンは垂直の壁すら簡単に登れるはずのグリップ性能があるはずだ。
ライオンは壁の三分の一ほどまで登ったところで急激に力を失い、重力に任せて落下した。そしてそのまま動かなくなってしまった。どうやら超えることも難しそうだ。僕たちには飛ぶ手段もない。壁をどうにかするのは難しいようだ。
続いて脳内のパトリオを呼び出す。
『パトリオ、ランドとリンはどこにいる。もう知性のコロニーの中に入ったか』
『いや、ここから少し離れたところにいるようだ。今から急げば合流できるかもしれない』
パトリオが示したのは知性のコロニーを上空から見たときの円形で言えば、僕たちのいる場所からちょうど円周の四分の一を進んだところだった。
僕は急いで目的地に向かった。ライオンを壊したことを後悔した。確かに象は徒歩よりははるかに速いが、それでもライオンには及ばない。
ランドとリンはまだ僕の通信には応答してくれない。彼らに声をかけて合流するのはできない相談だった。
『おそらく本当に自分たちだけでどうにかするつもりのようだ』
『うまくいけばいいけど』
『それはありえないだろう。お前もわかっているだろうに』
『・・・・・・』
目的地の目前、確かに二人の姿が見えた。
「ランド、リン待ってくれ!」
僕は叫んだが、二人はわずかにこちらを注意を払っただけだった。二人は門の傍らにある端末を操作すると重厚な扉を開け、コロニーの中に入っていく。僕は可能な限り象を急がせたが、僕の目の前で扉は閉まってしまった。
象から降りた僕は端末を操作するが、当然反応しない。後継者たる彼らだけがこの扉を自由に開けられるのだ。
ここから知性のコロニーに入ることはあきらめるしかないようだ。
『パトリオ、一番守りが薄そうな門はどこだ』
『どこもそう変わらないと思うが、おそらく俺たちが進んできたほうから見て、裏側にあたる方だろう。他のコロニーから見れば裏口にあたるからな』
僕はそのまま象に乗って、時計で言えば12時の場所にたどり着いた。ここまでくると侵入を試みる人類側の軍は一切見当たらない。パトリオの言う通り、ここは知性のコロニーからしても裏口にあたるようで正面口では輝いていた白亜の壁も少しだけ煤けていた。
壁には同じような門がついていて、端末も備え付けられていた。僕はダメもとでそれを操作しようと手を伸ばした。
すると、左側からずずずと地響きのような音がした。
「っ!」
門が開きつつあるのだ。重厚な白亜のそれがゆっくりと動き、知性のコロニーへの道を作り出している。
僕はパトリオを呼びだし
『パトリオ、お前何かしたのか』
『いや何も。この門は完全にひとりでに開いた』
『これは』
罠だ。僕たちは確認するまでもなくその理解を共有していた。
マテニには僕たちを内部に誘い込んだうえで何か勝算があるのだ。
パトリオが言った。
『増援を呼んだ方が賢明だ』
『それはそうだが、その間に門が閉まる可能性だって十分にある。それに』
僕はこの向こうに何が待ち受けているのか知っている。
『向こうにとっては罠でも、こちらにとっては願ってもいないチャンスだ』
パトリオの制止を振り切って僕は知性のコロニーの門を進む。
進んだ向こうは知性のコロニーの中でも少しさびれた街並み。そんなことはどうでもいい。
男が一人立っている。
「会いたかったよ。レン」
レンが邪悪な笑みを浮かべる
「よう。役立たず。こんなに早く会えるとはな。俺もうれしいよ」
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