20-B.連鎖
ライオンたちが鋼鉄の喉を震わせて、遠吠えを上げる。一頭なら大したことのない音量だが、それが複数同時に揃うと空気が張り裂けるような衝撃が炸裂する。ピックアップを即席の遮蔽物としていた僕たちは思わず身をかがめた。
戦場の空気は重い。空もだんだんと暗くなり、押しつぶされるような圧力を感じる。戦う人々が発せられる声も少しずつ少なっていく。当然だ。自分たちの持てる力ではこの場をどうしても打開することができないと分かってしまったのだから。人類はこのまま滅びてしまうかもしれないと少しでも頭によぎってしまったから。
だから僕が先を切り開く必要がある。
「あ、おい」
兵士の一人が止めるのを無視して僕はピックアップの陰から飛び出した。付近と象とライオンの視線が一斉にこちらに集中する。一番近い象に向かって突っ込む。すぐさま象の肩の機銃がこちらに狙いをつける。射撃。地鳴りのような銃声とともに僕の脳みそを花火より跡形もなく散らす大きさの弾丸が空間を埋め尽くす。
見える。銃身の旋回さえ見えていれば、それに合わせて動けば銃撃を躱すのは容易だ。幸い銃身の旋回はそれほど早くない。あの巨体とはいえ反動を制御するのが大変なのだろう。
僕が機銃にかかりきりになっていると見るや、ライオンたちが一斉にとびかかってくる。三頭同時。僕はそのうちの一頭の股をくぐるようにしてその包囲網から抜ける。その際にライオンの頭部にわずかに触れる。
弾かれた、という感触があった。
『ダメだ』
『ああ。わかってる』
ハッキングに失敗した。知性のコロニーの犬たちが外部から簡単にハッキングされたことへの対策だ。どうにかして奴の装甲をはがし、その内部に直接触れる必要がある。
こちらの小銃では装甲を貫けない。なら可能な方法は一つだけだ。
もう一度象に向かって走る。背後にライオンたちがついてきたのが分かる。
象の機銃がふたたび僕に向けられる。僕は機銃の銃口を見つめる。勝負の瞬間はそれが火を噴く時だ。早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。
時間が無限に引き延ばされるタイミング。おそらく錯覚であるが、僕はその銃口から最初の弾の弾頭がこちらに除く瞬間が見えた気がした。
時間の感覚が元に戻る。思いっきり横っ飛び。すぐさま体勢を立て直す。見れば、三頭のうち一頭だけ機銃の走者をもろに食らっている。運動性能に支障はないようだが、もろに装甲がはがれている。
いい感じだ。これなら直接触れるまでもない。
僕が手をかざすと装甲がはがれたライオンの動きが一瞬止まる。
捕まえた。その感触が確かにあった。
『あのライオンを制御下に置いた。これからどうするんだ』
『そんなの決まってる』
ハッキングしたライオンが別のライオンに食らいつく。その喉元に突き立てられた特殊合金製の牙が比較的柔らかな喉の装甲を貫く。また装甲の内部が露になる。僕はそれをまた己の手中に収めるだけでいい。
こうしてもともと僕を襲っていた三頭のライオンが丸々僕の制御下に入った。
三頭すべてを一番手近な象に突っ込ませる。象は機銃での対処が難しいと考えたのか今度はこちらに主砲を向けてくる。まとめて終わりにする気だ。
パトリオが言った。
『まずい。今ここで撃たれれば周りも巻き込むぞ』
『そうなれば終わりだ』
主砲の発射の前にライオンたちが勇敢にも象にとびかかる。同じように牙を突き立てるが、おそらく象の分厚い装甲を貫通していない。象にハッキングを仕掛けられない。
象の肩に備えられた機銃が己にたかるライオンたちを振り払うように射撃する。ライオンたちはそれでもしがみつく続ける。しかしあまりに苛烈な至近距離射撃に耐えられなかったのか三頭はほぼ同時に爆散した。
僕はまた手ごまを失った。しかし
『チャンスだ。象の装甲に穴が開いた』
『急げ。射撃まで10秒。しかもあのタイプは直接触れないとハックできない』
弾かれるように走り出す。機銃を躱すのは難しくない。しかし時間制限があると話は別だ。銃撃を避けるように蛇行で進むとどうしてもまっすぐ走るより時間がかかる。
あと5秒。
どうにか象の上に乗る。装甲の開いた部分にタッチ。すぐさま砲弾はすでに装填されており、発射をキャンセルすることはできないを理解する。
あと3秒。
2秒。
1秒。
象の鼻を無理矢理右に曲げる。どういう原理か装填された砲弾はそのまま鼻の軌道に沿って発射される。暖冬の先には人類ではなく別の象とライオンの部隊。
視界を覆いつくす光。そのあとわずかに遅れて衝撃波が全身にたたきつけられる。
ハッキングした象もまだ健在だ。
あとは同じことを繰り返せばいい。
手に入れた象の機銃でライオンの装甲をはがしてハッキングして象を襲わせる。象に傷がついたらハッキングして同じことをさせる。一度軌道に乗ればあとはドミノ倒しだ。あっという間にすべての象とライオンを己の制御下に収めた。
そうなればあとは用なしだ。
命令を下すと数百を超える象とライオンが一度に崩れ落ちた。
戦闘は人類の勝利だ。それなのに鬨の声の一つも聞こえてこない。みな何が起きたのかわからず、困惑しているのだ。一人また一人と状況を飲み込み始め、ゆっくりと塹壕から出て知性のコロニーに向かって進んでいく。
瞬間、稲妻のような痛みが僕の頭の中を強烈な勢いで走り回った。耐えられなかった僕は思い切り叫びだし、その場でのたうち回った。
脳内でパトリオが言う。
『演算能力の使い過ぎだ!』
『今は、しゃべるな』
痛みが治まるまでどれくらいかかったかわからない。気が付くと周りには誰もいなくなっていた。
僕もゆっくりと立ち上がって知性のコロニーに向かった。
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