19-B.捜索
病院のような建物の中はまさに阿鼻叫喚といった様子だった。無理もない今まで見たことのない真っ黒な何かが自分たちの暮らす場所を流れるように進み、蹂躙していくのだから。近くにいた男が拳銃を抜いた。マイクロロボットたちの群れは男の足をゆっくりと這い登ると、腕に到達しそのまま銃の銃口から内部に入り込んでいく。
「ダメだ。ジャムって撃てない!」
男が銃を放り出すと、それを抑え込むようにロボットの群れが覆いかぶさっていく。銃が有効ではないと分かった人々が黒い群れを踏みつぶしたり、手近な袋で捕まえたりなど思いつく限りのことをしたが、そのあまりの物量の前では無力に等しかった。どれだけ数を減らそうとも次から次へと補充されていく様に人々はとうとう匙を投げたようだった。今ではそれが行進していく様を眺めていることしかできない。
不幸中の幸いとして、ロボットたちは人間に興味は内容だった。自らを害する可能性のある武器には真っ先に向かっていくが、それを操る人間は放置されている。彼らの大きさであれば人間の穴という穴から内部に入り込み、いかようにもできそうなものだが。僕はその様子を少し想像してすぐにやめた。
僕は病院から外に出た。黒い雨はとっくに止んでいて、外の世界では人々がその後始末に追われている。戦争というよりは自然災害に見舞われた後のような感じだ。
マイクロロボットに汚染されていない建物をめぐりながら僕たちは情報を漁ったが、成果は芳しくなかった。
『連中は群コンピューターともいうべき存在のようだ』
パトリオが言った。
『群コンピューター?』
『奴ら一つ一つに大した機能はない。だが、相互に通信しあい群体としてひとつのコンピューターとなっているってことだ。外部からアクセスできないならコンピューターごと持ち込んでしまえばいいってわけだ。マテニの奴も考えたな』
『こんなものがあるんなら僕たちの出番なんかないんじゃないか』
『どうだろうな。こんなものを放り込むくらいだ。奴も本当に情報のありかに当てがないんだろう。見たところ、あの群コンピューターは手当たり次第周辺のデバイスにアクセスし情報を収集しているようだ』
『だったら僕たちがより効率的な方法をとることができればいいっことだ。でも、僕たちだって当てがないのは同じだ』
『そこだ。施設同士のデバイスをネットワークで繋がない。確かにこれで外部からのハッキングを防ぐことはできるが、同時にデータ連携が不便になる』
『どういうことだ』
『要するに今は施設ごとにバラバラの知識を持っているってことだ。研究を進めるとき、複数の分野の知識を組みわせなければいけない場面というのはよくあるだろう。今のままじゃ研究がやりにくいだろう。確かにハッキング対策は大切だが、あまりにもやり方が急性的すぎる』
『じゃあ、何かしらの方法で医療のコロニーのメンバーは誰がどんな情報を持っているかを管理しているってことかよ』
『そういうことになる』
『いったいどんな方法が』
『さてね。それはわからない。ただひとつ手がかりがある』
道を走る僕の視界の隅に半透明の地図が浮かぶ。
『周囲の監視カメラの映像を確認した。医療のコロニーの研究者らしき見た目のものたちはコロニー最北のこの建物に向かう傾向が明確に検出された』
地図の一番北側、小さな建物が明滅した。
『それじゃここに』
『何かしらの手がかりがあるだろうな』
目的の建物は1時間近く歩いてどうにか到着した。このパニックの中では車もつかえない。病院よりさらに小さな診療所のような見た目だった。重要な情報が隠されているという割に周りに警備はない。カモフラージュなのか。
『本当にここなのか?』
『確かめるよりしかないだろう』
院内に踏み込む。群コンピューターたちはまだ踏み込んでいないようだった。清潔なものだ。
しばらく進んでいくと、部屋の前に男が複数人立っている。そのうちの一人が怪訝な目をして僕に言った。
「ここに何の用がある。部外者は立ち入り禁止だ」
「通してくれと言ったって通じない、ですよね」
男たちの決断は実に迅速だった。男たちは小銃で武装していたが、人工知能で五感が拡張されていない人間など今更僕の敵ではなかった。かかった時間は実に10秒。男たちの動きを完全に読み切り、的確に気絶させる。小銃はもらっておいた。
男たちが守っていた部屋に住み込む。まず真っ先に目についたのは個人用の端末。念のため確認するが、お目当ての情報はない。情報のありかをまとめた一覧もない。
僕は天井を見上げ、大きく息を吐いた。医療コロニーをあの黒い竜のような群コンピューターが這いまわっている様子を想像した。今はたまたま人間を襲わないが、今後もそうである保証はどこにもない。というよりこれだけで知性のコロニーからの攻撃が終わるという保証もない。いつ奴が方針を転換するかわからないのだ。
改めて部屋を見回す。このどこかに医療のコロニーの研究者が参照している情報があるはずなのだ。部屋にあるものは多くない。小さな窓。電灯。テーブルと机。棚。そこの中にある何か。
これは
『本、か?』
『本ってなんだ』
『歴史の授業で習った。大昔の記録媒体だ』
僕はおっかなびっくり本を開く。なにせ映像や写真でしか見たことのないものだ。結果大当たりだ。各情報をどこの誰が持っているのかそのすべてが記載されている。研修者たちはこれを見ていたのだ。
『生体冷凍の情報はどこにある?』
パトリオがせかすの制しながら僕は本を読み進める。ずっしりとした重量感があり、目的の情報にたどり着くまでに時間がかかる。
あった。生体冷凍。情報保持者は
夢中になって本を読んでいた僕はいつの間にか部屋の扉が空いていたことに気が付かなかった。そこに立っていたのは
「レイ・ヤン、さん」
レイ・ヤンは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「いかにも。私がレイ・ヤンだ。君がお探しのな」
彼女は自身の頭を指さしながら言った。
「君が、いや知性のコロニーがお探しの情報はすべてこの中にある」
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