二十四話
「顕成! 今日は来てくれるよな」
そう僕に訴えるのは、文章特業生になられたばかりの家経様だ。
「僕は行かないですって」
「俺とお前のお祝いを兼ねてるんだぞ! 主役の一人が来なくちゃ話にならないって」
「……お酒はのみませんからね」
僕はしぶしぶ承諾した。
京に戻ってきた後、大学寮に通わせてもらうようになって早や二年。
先日、省試に合格し文章生となった。
学生として入寮してから割とすぐに寮試に及第して擬文章生になった時には、寮内の誰もが驚いていたが、今回は誰も驚きもせず、お祭り騒ぎとなっていた。
元々は庶人にまで門戸を開いていた大学寮も、今となっては、ほとんど貴族の子息が独占している。
擬文章生や文章生の選抜も、公卿との縁故や家格が左右されているのが事実であった。
道経様も父君が文章博士という家柄だ。
つまり、僕は異例なのである。
父は入寮した頃、
「五位蔵人の私には力がなくてすまないね」
と申し訳なさそうに僕に謝ったが、充分お世話になっているのにとんでもない事だった。
「大丈夫ですよ、父上はご存知ないでしょうが僕は優秀ですから。実力で勝ちとってみせます」
そう、自分自身にも言い聞かせるように宣言したのだ。
実際、寮試に合格した事で父は納得し、今回も当然選ばれると信じていたようだ。
お祝いの宴は道経様のお邸で行われることになっていた。
その邸内に入ったところで声をかけられる。
「顕成! 久しぶりだな」
中将となられた道雅様だった。
阿波守となられた父も横にいる。
「お久しぶりです。中将さま」
「文書生とはおめでとう。恐れ入ったよ、その若さで」
「ありがとうございます」
「顕成はもっと前に行きなさい、今日の主役なのだから」
父に従い奥へ行こうと目を向けると——もっと身内の……学生だけの集まりだと思っていたのに、身なりからして上臈の方たちもいらっしゃる。
唖然としながら、奥の席にいる道経様のところまで移動した。
「おお、よく来た。後輩よ。お前の席はここに用意しておいた」
道経様が、自分の隣を袖で指す。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
挨拶をして僕は示された場所に座った。
その時、さわさわと後ろで女性たちの声がして、驚いて振り返ると、御簾に垂髪の人の影が並んでたくさん映っている。
道経様は笑って、
「今日は才ある女人を集めておいた」
と説明した。
何だか嫌な予感がする——
「左大将さま。こちらが新文章生の一人の顕成です」
一番上座に座られている左大将様は、穏やかな笑顔を僕に向ける。
「たしか給料学生に選ばれたとか。近年稀に見る優秀な学生とは君の事なんだね」
「とんでもないです。私にはまだまだ足りない部分が多くて」
僕が謙遜すると、隣で道経様のぶっと吹き出す。
「左大将さま、騙されてはいけませんよ」
「と言うと?」
「こいつは内心、自分が一番優秀だと自負していますからね」
「そんなこと全く思っていません!」
「いや、俺の事も越えてやる勢いではないか?」
「誤解です!」
僕は必死に否定した。
「こら道経。純粋な若者をそうからかうんじゃない」
左大将様にたしなめられて、道経様は表情を緩める。
「すみません。この美しい男を見て、後ろの女人方があまりにもざわめくので、嫉妬してしまいました」
後ろでくすくすと笑い声が湧く。
左大将様は僕をじっと見た。
「確かに美男子だな。しっかり化粧をすれば女人にも見紛いそうな」
「充分、これでも見間違えますよ。何人の学生がこいつに懸想していることか」
「……」
実際に恋文ももらうことがある——なんて、知られたくなくて、僕は黙り込んだ。
宴は会食だけでなく、音楽や詩作披露などと進み、左大将様が僕に前に出るよう促した。
僕も詩作の披露かと察して、準備してきた懐紙を胸から取り出す。
「文章生に漢詩の披露じゃありきたりで面白くない。六条の内侍、前に出よ」
左大将様は御簾の向こう側へ声をかけた。
それに応えるように、御簾を持ち上げ、扇で顔を隠した女性がそそそと僕の前に座る。
そして、声をかけたお方に一礼した後、歌を詠む。
「春ごとに 流るる川を 花と見て 折られぬ水に 袖や濡れなむ」
古今集から「伊勢」の歌だ。
「さあ、文章生顕成。返歌を」
左大将様の一言で静まりかえる空気。
一同が僕を見ている。
僕は取り出した懐紙を折りたたんで胸にしまい、少し考えてから、こう詠んだ。
「花のあと 実を香らせし 梅の木は 今は落ち葉を 水面に渡す」
場内はしーんと静まりかえったまま誰も動かない。
まあ、この場では“恋の歌で返せ“という空気だったのは分かっている。
「えと、歌はあまり詠まないものでして、これが精一杯です」
すると、六条の内侍が、
「私は文章生さま縁の地が伊勢と聞き、かの歌を詠んだだけです。対して文章生顕成さまは即興で自作の歌。私の季節はずれの歌を秋まで導いてくださいました。お見事でございます」
と感想を述べる。
「まあ、顕成らしくてよいと思うぞ」
道経様も口を尖らせながら加えるが“お堅い歌を詠みやがって”という台詞が顔から読みとれ、僕は肩をすくめた。
「では最後に文章得業生の道経。どうせならあなたも歌を詠みなさいん」
「はい、左大将様。それでは……」
僕と入れ替えになって道経様が前に出て、扇を広げて外を示す。
「私は今宵の美しい月を詠みましょう」
——月。
その一文字だけで、胸の奥に沈めた想いが波を打つ。
道経様は一息ついてから、ゆっくりと、こう詠んだ。
「今よりは 心ゆるさじ月かげの 行方もしらず 人さそひけり」
——これからは、心を許さないようにします。月の光は人を誘い出し、行方も知らずにさまよわせてしまうのだから——
場内は当然、拍手喝采となった。
顕成の歌は即興でよまなくてはならない緊張感の中、一生懸命考えたので技巧がないとか言わず許してください。




