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二十五話

「文章生様」

 宴の後、先程の六条の内侍に呼び止められた。

「さるお方より、お会いしたいとの言伝です。文も預かっております」

 そういって僕に折りたたんだ文を差し出す。

「さるお方とは?」

「それは文をご覧くだされば。まずはこちらへ」

と、案内される。

 今日の宴にいらしていた方なのか。文を握りしめたまま、六条の内侍の後を追う。


 寝殿の東側に回り、御簾や几帳が並べられた前の庇にて、僕にしばらく待つように告げて六条の内侍は去る。


 一人になって文を開くと、美しい伸びやかな書跡()が目に入る。

 和歌ではないと認識してほっとしたのも束の間、心臓が大きく波打った。

 

――私は左大将の妻です。具平親王女ともひらしんのうのむすめと申した方がお分かりになりますか?――


 具平親王様女——長女の隆姫(たかひめ)様?


 帰京してから約二年、僕は具平親王様の家族には関わらないように過ごしてきた。

 僕と同じく、具平親王様の落胤と言われる父も、特に親交はないようで、接点もなかった。

 ただ、時の権力者、道長様のご嫡男でいらっしゃる頼通様——先ほどの左大将様——の北の方が、隆姫様であるということは知っていた。

 先方も僕とは関わり合いたくないのではないかと思っていたのに、いったい……


蒼君(あおいのきみ)、私が分かりますか?」

 御簾の向こう側にいらした隆姫様は僕を昔の名で呼びかけて訊ねた。

「いえ、六条宮での日々はあまり記憶になく……。申し訳ございません」

 あまりどころか、ほとんど全くない、とは言わずにぼかして伝える。

「いいのです。私が六条宮で過ごしたのは、あなたがほんの三歳頃までのこと。私は高倉殿に移り住んでしまったのですから、覚えていなくても無理がないわ」

「……とは言え、六条宮さまの縁の方々にはお世話になったのに、挨拶にも行かず、不義理をしていることは気になっていました」

 内心気にしていた事を伝えると、隆姫様は首を大きく横に振る。

「いいえ! 来れなくて当然です! 最後の最後にあなたを酷い目に遭わせたとか。私がいれば、そんな目には遭わせなかったのに!」


 酷い目——?

 中将内侍の言っていた、誘拐されたという話だろうか?

「母も弱い人間だったのです。今はひどく反省して後悔しています。どうか許してください」

 そう言って、隆姫様は頭を下げる。


 母——具平親王様の北の方。

 かすかな記憶を辿ろうとすると、頭が痛くなってきた。


 その時、衣連れの音がして、大きな殿方が入ってきた。

 先ほどもお会いした、左大将様だった。

「隆姫、本題はそれではないのでは?」

「殿さま。でも、蒼君の顔を見たら真っ先に伝えておきたくて……」

 左大将様は優しく頷いた後、僕を見た。

「文章生の顕成とやら。末の弟の万寿宮は覚えておられるかな? 具平親王亡き後、私たちの元で育てていてね。まだ八歳なのだが、あなたに教育係になっていただきたいと」

 え? 教育係?

 僕が驚いて応えられないでいると、隆姫様が加えた。

「あなたに罪滅ぼしをするには何がいいか、前々から考えていたの。かと言って不自然に任官でもしたら世間の目にどう映るか……。ずっと思い悩んでいるところで、あなたが優秀だと聞いて」

「私たち夫婦にはまだ子がいなくてね。万寿宮は隆姫の弟だが、我が子のように大切に育てている。先ほどの宴であなたの姿を見て、是非任せたいと思ったのだよ」

「それに、あなたがうちに通ってくれれば、私も時々会えて嬉しいわ。もちろん、無理にとは言いませんが……」


 左大将様と隆姫様に請われて断れるはずがなく——

 また、僕を必要とすると言ってくれるのであればと、引き受けることにした。


 万寿宮の事は、かすかに覚えている。


——あおいのあにうえ!

 僕を見上げるあどけない万寿宮の笑顔。

 かすかな記憶の中の、小さな手。

 胸がわずかに温かくなる。

 縁がつながるのは、喜ばしいことだと思った。

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