二十一話
馬に乗って野を越え山を越え、京についてからは牛車に乗り換えた。
しばらくすると周囲が騒がしくなってきて、物見窓から外を見る。
通り沿いに並ぶ大きな建物。馬や牛車で移動する人々。商人など徒歩の人も多い。
伊藤国では斎宮や神宮の辺りが賑わっていたけれど、その比ではない。
「久しぶりの京はどうだ?」
と、三位少将道雅様が訊く。
藤原頼成様の邸まで僕を送り届けるため、牛車で同行してくださっているのだ。
「久しぶりと言っても僕には前に住んでいた時の記憶がほとんどないのです。でも、人や建物が多くて緊張します」
「そうか、でも今からもっと緊張することになるぞ。頼成たちは今か今かと新しい家族を待ち侘びているだろうな」
新しい家族――確かに緊張が増してきた。
「頼成様とはどのようなご関係なのですか?」
頼成様は六位蔵人で、三位少将の道雅様とは身分がだいぶ違うのに親しげであることを不思議に思って訊く。
「斎王様とそなたと同じだよ。頼成の養母が私の乳母でね、乳兄弟のようなものだな」
一瞬考えて、養母のような中将内侍が当子様の乳母なので、確かにそうだと理解した。
――じゃあ斎姫様は顕成の妹君なの?
――それは違う。のようなって言ったろ。
月姫との会話を思い出す。
ただ、乳兄妹のような関係と説明すれば良かったのか。
「頼成に会う前に、他に何か聞いておきたいことなはいか?」
しばらく考えてみてから質問した。
「頼成様は、僕の事は前からご存知だったのでしょうか?」
「いや、“知っていたらもっと早く引き取ったのに”と言っておったから最近の事だと思うぞ」
「今なって何故でしょうか?」
「中将内侍から聞いていないのか? 前伊勢守が蔵人頭に相談したのだよ」
「え?」
「前伊勢守はお前の引き取り先を前々から探していたのだよ。そして蔵人の頼成がそなたと縁があると知り紹介してもらったそうだ」
前伊勢守様が。先生が――
最後にお会いしたお別れの宴の日、先生は僕に話があると言われていたのに僕はそれを聞きに戻らなかった。
きっとあの頃からいろいろと働きかけてくださっていたのだろう。
なのに僕は――先生達一家の帰京の見送りにも行かなかった。
まるで月姫との婚姻を認めてくれなかったのを恨むかのごとく――
僕はなんて小さい人間なんだ。
「まあ、落ち着いたら前伊勢守に挨拶にでも行くといい」
僕は黙って頷いた。
その時。
牛車が急に止まり、道雅様も僕も体を大きく揺らした。
「少将様。申し訳ございません。この先は通行できないようで、迂回しなくてはならなくなりました」
すぐに外から峰男が説明する。
「何かあったのか?」
道雅様は牛車の前から外を確認する。
「何か事件があったそうで」
「顕成。すまないが、ちょっと待っていてくれ。様子を見てくる」
そう言って、道雅様は外に出てしまった。
窓から外を見ると、牛飼童以外誰もいなくなっていた。道雅様に付いていったのだろう。
何があったのだろう?
外を眺めても何もヒントはなかった。
僕も外に出てみようかと、前の御簾に手をかけた時、誰かが中に押し入ってきた。
二十代半ばほどの男だった。
男は僕を見て驚いた表情を一瞬した後、とびかかってきて僕の両手をつかんだ。
「だ、誰です?」
「黙って大人しくしていろ。何もしないから」
僕の両手を紐でしばり上げ、片手で紐をつかみ、もう片手で刀を手にして前に突き出して、
「牛飼、すぐに車を出せ」
と牛飼童を脅した。
「歳の頃が同じ位の姫君が密かに暮らしていると聞いて、文に詩を書いて渡したら返歌をくださった。これは同意を得たと思って邸に忍び込み、姫の部屋の前に辿り着いた瞬間、侍がわんさか出てきて、危うく捕らえられそうになって焦ってしまったのだ」
男は落ち着かない様子で窓から外を眺めながら、独り言のように一方的に語った。
僕に言い訳されても……と文句を言いたかったが、両手を縛られているこの状況では口にできなかった。
通りが閉鎖になったのは、この男を捕えるためだったのか?
「まさか摂関家ゆかりのお姫様だとは思わなかったんだよ」
「摂関家?」
今は摂政も関白も不在のはず……
ガタタンッ。
また牛車が急に止まる。
あっという間の出来事だった。
車の前後から人が乗り込んで来たかと思うと、男を引っ張り出し、外に立っていた道雅様が峰男に言伝をした後、峰男は刀を振りかざし、男を切りつけた。




