二十話
「いくらなんでも急過ぎるよ」
勅使様達と一緒に帰京する事を報告すると、光祐はむくれた顔してそう言った。
「ごめん」
「まあ、顕成は京に帰るべきだとは思ってたけどな」
「以前もそんな事言ってたね。そして光祐も京に行きたいって」
「はは、そうだな。京で二人とも帝のおそばに仕えて出世して、お前が光君で俺が頭中将で、宮廷の花になるってな!」
光祐は前と同じ台詞を吐いて、ふざけた調子で薄い笑顔を作りながら横を向いた。
「源氏の物語も一部の帖しか知らないけどな。京でなら他の帖も読めるんだろうな」
「今でも京に行きたい? 出仕の話は別として」
「どうかな」
光祐は横を向いたまま濁した。
* * *
出立の日。
斎宮寮の薬司など方々へ挨拶して周り、内宮へは最後に寄った。
「そう、今日発たれるのね」
当子様の表情は御簾越しで見えないが、先日と打って変わって落ち着いた声をしていた。
「短い間でしたがお世話になりました」
僕も頭を下げ丁寧に挨拶をする。
「京に着いてからはどうする予定なの?」
「養父の邸に行くほかは特に決まっていません」
「まあ、あなたならどこへ行っても大丈夫でしょう。もし困った事があったら、私の兄達にでも相談するといいわ」
「……はい」
当子内親王様の兄君。
第一王子に第二王子、第三王子――僕が気軽に相談できるはずがないが、黙って頷いた。
「それから父君に言伝をお願いしてもよろしいかしら」
「帝にですか? それは僕の身分では難しいかと」
「あら私の乳兄妹なのに?」
「勅使の方に頼まれては?」
「左大臣寄りの人ばかりだそうだから頼みたくないの」
帝と左大臣様との間には確執があると中将内侍に聞いたからか――
御簾の前に控えていた中将内侍が、僕を見て微笑む。
「右近少将の道雅様に頼まれてはどうでしょう。国府の辺りで合流されるでしょうし」
「右近少将は左大臣の身内ではないの?」
「左大臣様の又甥にはなりますが、親しくはございません」
左大臣の道長様と右近少将道雅様の父君の伊周様との間でかつて激しい権力争いがあった事は有名な話だ。
「確かにそうね。――では顕成。文を右近少将に渡して」
すぐに筆を走らせる音がして、御簾の下から紙が差し出てきた。
――神宮には怪異が全くございません。今上の治世は長く続きましょう――
代書して欲しいと言っていたわりには、十分綺麗な書跡だ。
僕はそれを丁寧に受け取り折り、斎宮の人達とも別れを告げた。
街道に出ると、既に人でいっぱいだった。
発つ人と見送る人、見学する人など。
光祐は一歩出てきて、片手を僕の方に突き出してきた。
僕も片手を伸ばすと、すかさず腕をからめて体を寄せてきた。
「斎姫様が帰京する時だ。俺も一緒について京に行く」
斎王が帰京する時は帝が変わる時。
十年先になるのか二十年先になるのか分からない話だった。
「待ってる」
「辛い事があったら、すぐ帰っていらっしゃい。ここが故郷だと思って」
養祖母は泣きながら僕を抱きしめた。
当然、僕の目にも涙が溢れた。
「本当にお世話になりました。……このご恩は必ず返しにきます」
「元気でいてくれる事が一番の恩返しですよ。京で幸せになりなさい」
そう告げる養祖父も目を赤くしていた。
尹盛も光祐も、みんな涙を浮かべていた――
こうして、僕は十の頃から約四年過ごした伊勢国を後にした。




