終い
これが、本当の最終話です。
素藤との戦いを終えてから数日後――――――――私と信乃は、再び富山を訪れる事となる。しかし、この時は私達だけでなく、他の犬士達も一緒だったのである。
「そういえば、信乃。村雨丸を足利成氏公に献上したようだが…よかったのか?」
山道を皆で歩いていると、毛野が信乃に声をかける。
というのも、古賀公方と面会した信乃は、今度こそ足利家の宝刀・村雨丸を返上したからである。
「…ああ。刀が必要とされるのは、戦の時のみ。平和になったこの安房国では、宝の持ち腐れじゃからな」
すると、信乃は歩きながら毛野の問いに答える。
この時見せた彼の表情は、感慨深そうな表情をしていた。
これでやっと、亡き父・番作さんの遺言を果たせた訳だしね…。きっと、満足しているんだろうな…
私は彼らの会話を聞きながら、内心ではそんな事を考えていた。
「…それに、道節殿。貴方も仇討はよろしかったのですか?」
「ああ。戦意喪失によって逃げ回る様を見た途端、斬る気が失せたのよ」
一方では、大角と道節が扇谷定正の事を話していた。
仇討のために生きてきた道節や毛野は、どんな想いで敵を取らなかったんだろう…?
私は不思議で仕方がなかった。
こうして、富山の山道を進んでいった私達は、川の側にある一つの洞に到達する。その奥には、里見家の紋章・牡丹花が彫刻された墓石のようなものが存在する。それは、里見家の姫であり、犬士達の生みの親・伏姫のお墓であった。
「仁!」
この場所に到達した私達。
墓石の前に、親兵衛が犬士の証たる水晶玉を置く。
「義」
「礼」
「…智」
「忠!」
「信…」
「孝」
「悌!」
親兵衛に続き、他の犬士達も自身が持つ蒼い玉を墓石の前に置く。
その後、手を合わせて黙祷を捧げた。
伏姫様…。今まで、いろんな事がありすぎたけれど…。この時代へ私を誘ってくれた事、今では感謝しています…!
目を閉じて黙祷を捧げながら、私は心の中で伏姫様に礼を言う。
皆がいろいろな想いを抱えながら、その場に立ち尽くす。そして、数分が経過した後、瞳を開き、合わせていた手を元に戻す。
目を開いた私達の目下には、ジグザグではあるが、綺麗な形で並んでいた8つの水晶玉が蒼い光を僅かに放っていた。
「あ…!!」
「狭…如何した?」
その後、何かに気が付いた私は、口をポッカリと開けながら驚く。
それに対し、信乃が不思議そうな表情で尋ねる。私が目撃したのは、現八の頬にある牡丹花の痣が、次第にと消えていく瞬間だった。
「…何を見ておる?」
「痣が……!」
現八の頬を見つめていると、牡丹花の形をした痣は次第に薄くなり、完全に消えて行ってしまう。
「痣が…」
「消えていく…?」
「消えぬものとばかり、思っていたが…」
現八の痣が消えるのとほぼ同時に、他の七犬士達も痣のある自分の身体の部位を確認し始める。
徐々に消えていく痣を見つめる犬士達。大角や道節、小文吾らが口に出して呟いていた。そんな彼らを、最も近しい場所で私は目撃していた。
「犬士としての役目を終えたから…そういう事…かな?」
私は、ポツリと一人呟いていた。
『礼を申し上げます』
「えっ!!?」
この時、私の脳裏に女性の声が響く。
しかし、周囲を見回しても、この場にいる女は狭子一人。故に、他に誰かがいる気配など全く感じていなかったのである。しかし、聞き覚えのある声は、それが伏姫の物だという事は明白であった。
姿は見えないけど…きっと遠くで、伏姫様は見守っていてくれる。…そう信じても良いのですよね?
私は、墓石の側で光る8つの珠を見下ろしながら、姉・伏姫の事を考えていた。
その後、里見家の重臣となった犬士達は、当家の八姫とそれぞれ結婚する事となる。一部を除き、組合せは紅い綱を引いて決めたらしい。後に丶大法師が教えてくれたが、“名詮自性”――――――――――――すなわち、結婚する者同士の名が縁で結ばれているのだという。例えば、長女である静峯姉様は、親兵衛と結婚する事となる。これを父・義実は「神意は、仁は静なり。仁者は山(峯)を楽しむ」と、述べていた。このようにして、城之戸姉様は荘助と。竹野は道節。栞は現八と夫婦になり、毛野は小波と。末っ子である八の姫・弟は小文吾といった具合で、大角を除く犬士達が里見の姫達の婿となるのである。
また、一応“里見の八姫”の一人である私が結婚する事となったのは―――――――この世界で最初に出逢い、共に旅してきた犬士・犬塚信乃であった。
「“大塚の浜路の再生なり”…かぁ…」
私は信乃が主となった東条城の本丸から見える景色を眺めながら、独り言を呟いていた。
打掛を身に着ける事で、すっかり姫らしい格好で暮らすこととなった狭子にとって、男性物の着物を着て犬士達と旅してきた日々が懐かしく感じるようになったのである。
「如何した、狭」
「信乃…」
そんな私の後ろには、信乃がいた。
彼は、私の真横に来て、同じように安房国の景色を眺め始める。
「父上がおっしゃられていた、神意について考えていたの」
「“大塚の浜路の再生なり”…か?」
「うん…」
複雑そうな表情をする信乃。
私も同じような想いだったが、同時になぜ父上がそのように言ったのかが、何となく理解をしていたのである。
「信乃の許嫁だった浜路は…貴方と夫婦になりたい…って考えていたわけじゃない?それで思ったんだけど…」
「…?」
落ち着いた口調で語る私に、不思議そうな表情で聞く信乃。
「…私は、伏姫様や“もう一人の浜路”がいなければ、この時代に来る事はなかったのかもしれない…。それを思うと、浜路の願いが、天に通じた…あの神意で父上はそうおっしゃりたかったんだろうなー…って」
「狭…」
静かに語る私の表情は、どこか満足げで「浜路にはとても感謝している」と言っているような表情を見せていた。
それに対し、優しく微笑む信乃。
「この時代は、狭が暮らしておった“先の世”とは違い、戦や争いが絶える事はない。しかし…」
「しかし…?」
話し始めた信乃を、私は見上げる。
「某が、そなたとの“新たな家族”を得て、命尽きるまでの間だけでも…この安房国が平和であったほしい…。ただ、それを願うばかりじゃ…」
「信乃…」
“新たな家族”という言葉に胸の高鳴りを覚えたが、彼の口から初めて夢を聞けた私は、なんだかとても暖かい気持ちになっていく。
そして、はにかんだ笑顔を浮かべながら、私はソッと左手の上に自分の右手を添える。
「そうだね…!争いのない平和な世の中を作り上げるためにも…今を頑張って生きなきゃ…だよね!」
「…ああ!!」
私の顔を見た信乃は、満面の笑みを浮かべながら頷く。
そして、2人して本丸から見える景色を眺める。
まだ、安房国が生まれ故郷という実感は薄いけれど…。信乃が大切にしたいと想っているものを、私も一緒になって守っていきたいな…
そんな事を考えていた狭子。
そうして婚礼の儀を終えた私達や他の犬士達は父上から官位を授かってそれぞれが一城の主となり、各地へと散っていく。
こうして、犬士としての役目を果たした彼らは父上の家臣として暮らし始め、里見家は繁栄を極める事となる。後に富山に隠棲し、仙人となって姿を消す犬士達。私は、その少し前ぐらいにこの世を去ることとなるのであった。
晩年の私は、幼馴染の純一がしたように、“己が生きた証”としてこれまで犬士達と旅してきた事を書に記していた。その記録は、八犬伝の物語であってそうでない―――――――かの記録を『八犬伝異聞録 蒼き牡丹』と名付けたのである。
その数百年後――――――――原作者である滝沢馬琴は私の事を“八犬士を取り巻く登場人物”の一人として描く事となる。犬士達の活躍が中心の物語なので、当然といえば当然の流れだ。そして、今思えば…私が死ぬまでいる事となったこの“戦国となりし世”は八犬伝の世界であって、少し違う“パラレルワールド”だったのかもしれない。また、三木狭子のような登場人物が馬琴の頭にあったのかも定かではない。一方、仮に私が残した記録が後世に伝わっていたのだとしたら、果たして真実の物語はどちらなのか。それを知る術はないが、もしかしたら馬琴はこの異聞録が後世に伝わっていたのを知って、それを元に『南総里見八犬伝』を書き上げたのかもしれない。
どちらにせよ、歴史の陰に隠れて密かに語り継がれたこの物語では、“浜路”という名を持つ“三木狭子”という登場人物が八犬士達を支えて導いた事。それは、紛れもない事実なのであった――――――――――――――――
<完>
いかがでしたか。
今回が本当の最終話。
今年の1月から連載を始めて、約半年。
他の作品より、物語の設定を考える期間が短い作品でしたが、無事に最終話を迎える事ができました!
ここまでご一読戴いた皆様、本当にありがとうございます!!
今回は少し短かったかもしれませんが、作者としては書きたかった事を一通り書けたので、満足してます♪
伏姫のお墓参りとか、その後の犬士達の事とか、狭子の事とか…
ちなみに、「大角以外の犬士が結婚した」というのはもちろん、彼には雛衣という奥さんがいるからです。
ただし、原作ではこの女性、死んでしまうので、本当は里見の姫と結婚します。そして、話の中にあったような神意もちゃんと持っています。
これに関しては、資料に載っている事を抜粋させて戴きましたが…「なるほど」と思っていただければ幸いです。
さて…連載が終了し、少しの間だけお休みに入るかもです。
新しい作品につきましては、現在構成を組み立て中なので、もう少し時間を戴ければな…と。
それでは、次回作以降もよろしくお願いします!
ではでは★
ご意見・感想などがあれば、よろしくお願いします(^^