出会った後の話
死んだはずなのに何故か目を覚ましてしまった。
見覚えがないけれど白い天井が見えてゾッとして、反射的に飛び起きた。
「……ぁ?」
何故飛び起きることに成功したのだろうか、拘束がいつのまにか外れている。
というか、何がどうしたのだっけ、何で自分は死んだのだったっけ。
なんかよくわからないけれどあの実験場から逃げ出して、それで死神みたいな変なやつが……
どこからどこまでが現実なんだろうか、全部夢だったりするんだろうか、なら今は一体どういう状況なのだろう。
「目を覚ましたか」
唐突に声が聞こえてきた、顔を上げるとあの『死神』が、あたしを殺したはずのあの大男がこちらを眺めていた。
「え、え……なに、なんで……」
「……先にこちらの質問に答えろ、そうすればできるだけお前の疑問に答えよう」
質問に答えろとか何とか言われているけれど、こっちは何がどうしてどうなっているのか一切把握できていない、そんな時に質問なんてされても答えられるわけが──
「何故、感謝など口にした」
「はい?」
「俺がお前を殺そうとした時のことだ、何故、ありがとうなどと」
そう問われて記憶を探る、確かに言った。
というか、聞き取れる程度の言葉になっていたんだ、あれ。
答えられない質問ではなかった、ならば今後こちらの質問もある程度あちらに聞いてもらえるはず。
ひとまずそれに安堵しつつ、答えを口にした。
「一瞬で終わらせてくれるって、そう思ったから」
「……は?」
言葉が足りなかったらしい、補足が必要なようだ。
「知らないだろうけど、あたし、ずっとずっと痛い目に合わされてて……少しの間、逃げられたけどきっと無駄で……完全に詰みってやつで、どうしようもなくて。だからあれで痛いのを終わらせてもらえるのなら、って……感じ、だったんだけど」
そうだった、自分の痛みはあそこで『終わり』だったはず。
なのに何で『続き』がある?
「あ、あれ? なんで死んでないのあたし?」
ここは、どこ。
あたしはこの後どうなるの、何をされるの。
逆戻り、の文字がデカデカと脳内に。
生きている、生きてしまっている、ならばこの後またあの地獄に戻される。
そうに、違いない。
「っ!!」
指先に光を集める、今ならまだ間に合──
「命令だ、自死及び世界を滅ぼすのを禁じる」
低い声が聞こえてきて、指先から光が霧散した。
「え、え……!? なんで」
能力が使えない。
そんな馬鹿な、けれど指先に光が集まらない、これじゃあ死ねない。
力が使えないのならいっそ舌でも噛み切って、なんて思ってもみたけれどそうしようとすると口から力が抜けていく。
何故、原因は何だ、多分わかりきっている、わかりやすいのが直前に起こった。
「あたしに、何をした!!」
洗脳か催眠か、多分それに類似する何か。
あんな短い言葉で人の行動をこんなにも簡単に制御できるほど強い能力。
この『死神』はあの時なおすだけの能力だか魔術だかを使えるとか自称していたけれど、あれは嘘で本当は今の洗脳的な何かが本当の力だったらしい。
いや、それもなんかおかしくないか、と思ったけれど、それどころじゃない。
先程言われた言葉、自死を禁じる。
その通りに自分で死ねなくなったというのなら。
「冗談じゃないふざけるな!! 嫌!! やだ、あんなところに戻りたくない!! 死なないと、早く死なないと、また……」
照明の輝きを反射する銀色が脳裏にちらつく、とんでもないことをしてくれやがった『死神』の顔を睨みあげるけど、その顔色に変化はない。
「落ち着け。お前が死ぬ必要はない」
「必要あるわよ!! だって死ななきゃ連れ戻される!! あんなところに、もう」
「それはない。だから死ぬ必要はないと言っている」
「は……?」
今なんて言った? それはないって、それって何。
連れ戻されないとでも言っているつもりなのだろうか。
「嘘を」
「嘘など吐かん」
やけにはっきりとした口調で『死神』はそう言った。
その顔を睨む、どうせ嘘に決まっている。
それに、たとえこの『死神』がそのつもりであっても、そんなことができるわけない。
睨みながら指先に力を集めようとした、やっぱり駄目だった。
いや、まった。
先程この男は『自死を禁じる』と言った、あと世界がどうこう、とかもついでに。
ひょっとして、自死のためでなければ普通に能力使えるのでは。
死ぬのではなくちょっと灯りを、と念じつつ指先に意識を向ける。
指先に普通に光が。
なるほど。
ならこの『死神』をこの力で脅すなり何なりして、いや、その前に『死神』への攻撃を禁じられたらそれもできなくなる、というか何でさっき自死を禁じると同時にこちらからあちらへの攻撃を禁じなかったのか。
何か能力を使うために条件や縛りがある? どう行動するのが最善?
考えろ、考えろ、あの痛みから逃れる機会は今しか。
バタン、と大きな音が聞こえてきた。
咄嗟に『死神』から目を逸らしてそちらを見ると、開かれたドアと派手な格好の女、それと執事服の男の姿が見えた。
自分は終末の災と呼ばれる世界を滅ぼす力を持つ存在で、だからそんなあたしが世界を壊さないようその行動を縛るべく『死神』が生贄になったらしい。
いきなり現れた珍妙な格好の二人組はあたしを無理矢理落ち着かせた。
というか、とにかく今は大丈夫だから、危害とか加えないし痛い思いもさせないから、と眼前に迫ってきた女にそう力説されて、こちらが完全に押し負けたという形になる。
それで、まずは簡単にざっくりと説明を、と前置いた女の話によると、そういうことらしい。
なんでも自分と『死神』は契約というものをしてしまったらしく、そのせいであたしは『死神』の命令に逆らえない隷属状態になっているらしい。
あと、命が繋がっている状態とやらであるらしく、あたしと『死神』のどちらかが死んだらもう片方も死ぬって。
そんな珍妙な話をされたせいで、考えがうまくまとまらない。
さっきから混乱しっぱなしだった、何をどうするのが一体正しいのか。
「えー……っと? あたしがこいつの言いなりで、あたしとこいつのどっちかが死んだらもう片方も死ぬらしい、っていう話は一旦わかった……けど、なんでそんなことになってんの?」
『死神』と女の顔を交互に見る。
「そりゃあ君が終末の災だからだよ。いつ世界を滅ぼしにかかるかわからない子を放っておけるわけないでしょ? だから首輪かけておとなしくさせとかなきゃマズイじゃん」
女にそう言われた、それはそうかもしれないけれど、自分が聞きたいのはそうじゃない。
何も言わない『死神』の顔を見上げて、一番の疑問を投げかける。
「そっちじゃなくて、そもそもなんで殺さなかったの?」
契約とやらであたしの行動を縛らずとも、あの時この『死神』があたしを殺せばいいだけだったのではないか。
というか『死神』は自分を生贄にしたくないからあたしを殺そうとしていたのでは?
「……殺す必要がないと判断した。お前は他の終末の災と違って邪悪ではない、ただそれだけだ」
表情を一切変えずに淡々とした声でそう答えられた。
邪悪ではない、とか言われても。
その程度で殺さないという判断をするような冷静さというか情がこの『死神』にあったことが意外というか、なんというか。
だって、滅茶苦茶笑顔で切り掛かってきたし、殺意マシマシだったし。
「ま、確かに君は他の終末の災と違って根っこからおかしいって感じの子じゃなさそうだもんね。話しててもこいつすごく性格悪いなあとか根本からおかしい、みたいな感じがない」
「は、はあ……」
「とはいえ、いきなりこんな話をされてもって感じでしょ。……とりあえず、さっきも言ったけど、君が余程のことをしでかさない限り君の身の安全は保障する。見知らぬ場所にいきなり連れてこられて混乱しているだろうし不安だろうけど、それについては安心してほしい」
「そう……」
世界を滅ぼす存在と言われつつ、身の安全を保障するとも言われている。
女とついでに『死神』の顔を見る。
果たしてこれまで聞かされた話にどの程度嘘が含まれているのだろうか。
全てが嘘か、それとも全て真実か、それとも中間か。
そもそも魔術師を自称している時点で怪しいし、ひょっとして自分はなんか滅茶苦茶怪しげな組織に連れ込まれてしまったのでは、とも思う。
世界を滅ぼす災いとか、なんかやたらとスケールが大きい話もされている。
怪しさしかないような気がする、全部嘘っぱちなのではなかろうか。
逃げた方がいいかもしれない。
逃げるってどこに?
自分は外の世界のことをほとんど知らない、逃げるとしてもどこに逃げ込むべきなのかもわからない、一人で生きていく方法だってわからない。
警察は役に立たない、いつぞやの通報は鼻で笑われ無駄に終わった。
どうしたものか、どうしようもないのかもしれない。
どうでもいいか、とそう思ってしまった。
だって多分、どうしようもない。
詰んでいた、そしてそれをひっくり返す方法も奪われてしまった。
死ねなくなってしまった、この先どうしようもなくなった時の逃げ道を完全に塞がれてしまった。
会話の最中にどうにかできないか何度か試してみたけれど、死のうと思って能力を使おうとすると何もできなかった。
それ以外にまともな拘束はされていないので、酷いことをされそうになったら反撃くらいはできそうだけど、それもどこまで許されているのやら。
彼らの真意は掴めない、語られた話にどれだけ真実が含まれているのかすら、わからない。
敵か味方かもわからない、敵であるのならこちらの身をどうするつもりなのかも。
もしも彼らが自分の敵で、あまつさえあの『機関』の関係者でいずれあたしをあそこに引き渡そうとしていたら?
けれども、解決方法が何一つ思い浮かばなかった。
なら、もういい、考えるだけ無駄だ。
だから。
だから、今はただ、なんの痛みもない束の間を存分に味わおう。
長らく自分に与えられなかったそれを、今だけは。
たとえそれがほんのわずかな間だけであったとしても。
「……状況はあんまり把握できていないし、あなたたちがあたしにとって味方なのか敵なのかもよくわからないけど……少しの間は痛い思いをしないで済むらしい、と思っておくわ。ほんの少しの間だけでも痛くなくて身体を自由に動かせる時間を作ってくれたことには、心からの感謝を」
ぺこりと頭を下げる、そんな当たり前の動作ができる状況が今もまだ続いているのがびっくりだ、とすら思った。
「少し、ではない」
ぼそりと隣から声が聞こえてきた。
『死神』の顔を見上げると、表情のない顔で見つめ返される。
「お前が甚振られるような未来はこの先永遠に訪れない。そんな目には二度と合わせないと誓う」
ボソボソとした低い声でそんなことを言われた。
その顔を見ても本気なのかどうかはわからなかった。
それを判断できないほど、『死神』の顔には表情というものがカケラもなかった。
「それで、今後というかこの後すぐ後の話だけど、どうしたい?」
女からそんな風に問われたので首を傾げた。
「どうしたい、と言われても」
「……君は色々と酷い目にあっていたらしいし、そもそもまだ万全の状態じゃない。最低限の説明はしたから今日はもう休んでる? それとも、アタシ達についてもう少し詳しく話しておく?」
そう問われて、少しだけ迷った後で後者を選ぶことにした。
何もしない時間があると、嫌なことを考えるしかなさそうだったから。
「……休まないといけないほどじゃないから、説明を」
そう答えると女はにっこりと笑った。
「じゃ、説明とあらためて自己紹介を」
そう言って女はあらためて名乗って、自らを『一応この組織の長ってやつをやってる』と自称した。
組織というのは魔術師と終末の災と呼ばれる強力な力を持つ超能力者を中心とした、世界の終末を阻止する組織、であるらしい。
「魔術師と終末の災の他にも一応普通の人、ただの超能力者の協力者もいるよ。……同族を探しているうちに色々あって仲間に加わってくれた子達が大半」
ニコニコ笑顔でそう言った女は、じゃあここいらでいっちょ、魔術ってやつを見せてあげよう、と言い出した。
そうして女が披露した『魔術』というものに思わず狼狽した声をあげてしまった。
人間はその差はあれど、一つだけ能力を持って生まれる。
あたしの場合は光の操作、ともだちは極めて限定的な死者の蘇生。
能力の扱い次第で多くのことをできる人間はいる、あたしも一応そのうちの一人で、単純に周囲を明るくさせたり光を収束して必殺のビームを放ったりできる。
けれども長を名乗った女が見せたそれは、その範囲に収まらなかった。
紙に指先で何か文字のようなものを書き連ねたと思ったら、その紙が発光し出した。
その後さらに何かを書き連ねたと思ったら、その紙がボロボロに崩れていった。
極め付けにどこからともなく取り出したカッターで自分の手のひらを浅く切り割いたと思ったら、そこにも何かを書き連ねるような動作をして、その傷を塞いで見せた。
これを一つの能力によるものである、と説明できるだけの知識はこちらにはなかった。
一瞬幻覚系を疑ったけど、どうにも違うらしいし。
「他にも色々できるけど一旦こんな感じかな。世間一般では魔術師って絶大な力を持つとかなんとか噂されてるけど、実際アタシらに使える魔術って手品レベルの割としょうもないやつばっかりなんだよねー」
なんて呑気に話す女の顔を呆然と見る。
少なくとも、この女が魔術師とかいうおとぎ話みたいな噂にしかいないと思っていた存在だった、ということだけは本当のことかもしれない。
だって能力では説明がつかない、少なくとも自分では。
「……あなたが魔術師だっていう話、正直信じていなかったのだけど、こんなものを見せられると、本当だとしか」
「にゃはは、やっぱ見ないと信じてもらえないか。逆に見れば大体の人が信じてくれるから別にいいんだけどさ。ちなみに君の魔術師は恐ろしいことに物体を修復させる魔術しか使えないよ」
君の魔術師、というのが一瞬誰のことかわからなかったけど、『死神』のことかこれ。
そういえばあの時も『死神』にそう言われた。
そこでふと思った。
あの時はなんらかのハッタリか嘘だと思っていたけれど、あの言葉に嘘偽りがないとしたら。
今目の前にいる女が能力では説明できない力の持ち主、魔術師とやらであることは本当のことであるらしい。
なので一旦彼らの話を全て信じてみることにする。
そうすると『死神』も女と同様に魔術師で、契約やら命令やらを除くと、あの時言った通り修復させる魔術しか使えないというのも本当だとする。
それだけしか使えないというのなら、ビーム攻撃を全部避け切ったあれは一体なんなんだ。
能力なり魔術とやらで身体能力を向上させていたというのなら納得できる、けれどもしそうでないとしたのなら?
「待って? 本当にそれだけしか使えないなら、あたしのビームどうやって避け続けてたの? なおすだけしかできないとか嘘で、てっきり身体強化系の何かを使っていたのかと」
「だから、あれは普通に避けただけだ」
『死神』はそう答えた、極々当たり前のことを当たり前のように言っているような感じで。
「普通って…………人間ってあんな動けるものなの?」
少なくとも自分の常識だとあれは無理だ、それとも外の人間はあれだけ動けて当然なのだろうか。
恐ろしすぎないか、外。
「言ったでしょ、恐ろしいことにって。魔術師は確かに普通の人間と比べて頑丈だったり身体能力が良いことが多いけど……そこの彼はもうその域を超えてる。はっきり言って異常だよ、魔術による補佐もなしにあそこまで動けるのは。仮にこの世全ての生物から能力や魔術というものが失われたとしたら、そいつは間違いなくこの星で最強の生物になるだろうね。というか現時点でもそうかもだ」
「……流石に言い過ぎだ、そこまで強くはない」
「君の場合、その謙遜は嫌味だよ」
そんなやりとりをする『死神』の姿をもう一度よく見てみた。
確かに強そうな見た目ではある、そもそも初見で死神みたいだと思わされたし。
久しぶりに会話してるというか苦痛以外の情報を浴び続けているせいで、脳みそが疲れてきた。
できることならメモとかとって整理したい気分だけど年単位でペンなんてものを握っていないので、話を聞きながらメモを取るなんていう器用な真似は出来なそうだ。
そもそもまともな字が書けるのかすら怪しい。
とはいっても後で聞いた話をまとめたいので、話が終わった後に筆記用具を一式もらえないか聞いてみようか。
なんてことを考えていると、女から「疲れた?」と。
「別に、平気」
「そっか、ならもうちょい話を続けよう。…………と、いうわけで、一応こちらが魔術師という普通ではない存在だとご理解いただけたとは思う。その上で、どうしてアタシらみたいのが生まれたのかも説明しよう」
そんな前置きをした上で、女は話し始めた。
昔々のそのまた昔、人類が超能力という超常の力を得るよりもずっとずっと前の話。
具体的にいつ頃からは不明だが、魔術師という不思議な力を持つ人間達がいた。
彼らは基本的にその力を隠し、普通の人間に紛れて生きていた。
時の権力者に力を貸す者、私利私欲で好き勝手やって身を滅ぼす者も中にはいたが、それはほんのわずかな変わり者だけ。
魔術師達は基本的に世界、特に人類という自分達と同じ形の生物達をより長く存続させるためにその力を使い続けていた。
大災害を止めるような力はない、大きな戦争を止める力もない。
それでも普通の人間にはないその不思議な力で、人間というものが最悪の未来、絶滅に向かわぬように力添えをし続けた。
けれどもある時期、今から百年と八十年くらい前。
なんの力も持たないはずの人間達から、異常な力を持つ人間が生まれ始めた。
魔術ではないが魔術に似た力を持つその人々は超能力者と呼ばれるようになり、ある時期から爆発的に増え始めた。
元々は普通の人間だったはずの人間達も、ある日突然その力を目覚めさせた。
そんな異常事態に魔術師達は頭を抱え、そして世界を維持するために駆けずり回った。
十数年経って、どうにか世界中の混乱がおさまった頃に魔術師達は大規模な集会を行った。
超能力者とは一体なんなのか。
どうして発生したのか、発生したことで今後の世界にどのような影響を与えるのか。
世界中から大勢の魔術師が集まって、それぞれが得意な魔術によって調べた調査の報告を行った。
多くの魔術師達が超能力者は何故生まれたのか、その原因を探ったが全員はっきりとした原因は掴めなかった。
世間ではなんらかのウイルスが原因なのではとか、神が人間に力を授けたもうたとか、はたまた宇宙人が地球人に力を与えたのではないか、なんて語られていたし、魔術師達もあらゆる方面で探ってみたが、特にこれというものは。
明確な原因は掴めなかったが、そうなのではないかという推測ができる材料が一つだけあったらしい。
魔術師達の中には未来を読む力を持つ者もいた。
占い、予知夢、その他諸々。
そういった力を持つ者達は原因ではなくこの先どうなるのかを自身の力で見て、そしてそのほとんどが同じような未来を見た。
すなわち、世界の滅亡。
超能力という超常の力を得た人々による混乱が世界の滅びを招くのではなく、そう遠くない未来に絶大な力を持つ超能力者が生まれ、それがたった一人で世界を滅ぼす、というような未来。
当然、それを回避できる未来も彼らは模索した、けれども最初の一人を回避したところでまた『次』が生まれる。
一人目を倒すだけでも魔術師の大半が死ぬだろう、と未来を見たもの達は口を揃えてそう言った。
そして、現在の魔術師達が、その先に存在する彼ら彼女らの子孫達が止められるのはせいぜい三人目までだと。
三人目を斃した時点で魔術師という存在はこの星から絶滅し、四人目がこの星を完全に壊すだろう、と。
そんな未来を知った魔術師達は議論を重ねに重ねて、最終的にこんな結論を出した。
世界というものが滅びに向かっている、滅ぼうとしている。
すなわち、超能力者というものが発生し始めたのは、いつかこの世界を滅ぼす存在を生み出す土台を作るためである。
魔術師達はそう結論付けた。
そもそも人類という生物は最初から滅びに向かって突き進む存在である、というのが魔術師の間で古くから説かれていた説だった。
技術や文明の進歩だって、人類というものにいつか滅びを与えるために人類が無意識に作り出した存在だと。
実際、魔術師達の干渉がなければ世界はとっくに滅んでいただろう。
大きな戦争、天変地異、疫病、世界を滅ぼしうる災害はこの星に幾度となく訪れた、最善には程遠いがそれでも魔術師達は最悪を回避し続けた。
回避すればするほど災害はより強力なものになっていった、そして魔術師達では対抗し切れない災いがとうとう訪れようとしている、というだけの話だった。
それでも、と魔術師達は思った。
滅びたくなかった、まだ先に進みたかった。
そういうわけで、彼らは議論に議論を重ねた、世界の滅びを回避するために。
そうして彼ら彼女らは、最終的に禁を犯すことにした。
『魔術師』という存在を、いずれ生まれる大災害、その時の議論で終末の災と呼称されることとなったその存在にのみ対抗できる存在に作り替える。
そもそも、魔術師というものは遠い昔には『 』と呼ばれる存在だった、それがなんだったのか記録は残っていないが、その『 』という存在は世界の滅びを防ぐために禁を犯して自分達の存在を捻じ曲げた。
『 』がなんであったのかその記録は残っていないが、いずれ魔術師では対抗できぬ災いが生まれたその時のために、その禁を犯す方法だけは残されていた。
存在を、根本を作り替えるのは禁忌であり、それ相応の代償を伴う。
それも、一部ではなく全体を作り替えるのなら、とても大きな代償が必要になる。
それでも魔術師達はその禁を犯すことにした。
その時生きていた全ての魔術師達の命と引き換えに、魔術師という存在を根本から作り直した。
当時の魔術師達だってこれがただの時間稼ぎにしかならないことは気付いていた、いずれ終末の災を超える何かがこの星で誕生し、いずれ自分達は滅ぶだろうと。
それでもできるだけ先、できるだけ遠い未来まで。
使える手段がなくなる最後のその瞬間まで、終わりに抗い足掻き続けるしかないのが魔術師という生物達の性だった
そうして新たに生み出されたのは『生贄』だった。
魔術師としての力はある程度残っているが、そちらは最低限の自衛のためのおまけ程度の力でしかない。
『生贄』の前身である『魔術師』達はまず『生贄』の力と運命を捻じ曲げた。
『生贄』は終末の災の誕生とともに、それに対応する者が一人だけ生まれ、そして終末の災が世界を滅ぼす前に必ず『生贄』と終末の災が遭遇するよう、運命を捻じ曲げた。
そして『生贄』には終末の災を殺すために必要な力を。
それでもどれだけ多くの『魔術師』を犠牲にして禁を犯しても、限界というものはある。
『魔術師』達は次世代の自分達を『生贄』という形でしか作り変えることができなかった。
ただ単に終末の災を殺す力を持つ存在に作り変えることは叶わなかった。
終末の災という強力な存在を殺すためには、『生贄』の命を犠牲にする形でしか運命を歪めることが叶わなかった。
それでも、と『魔術師』達は自らの命を捧げて世界の存続を願った。
『魔術師』達が命を捧げた二十年後、一人目の終末の災とその『生贄』が誕生した。
一人目の『生贄』として運命を歪めさせられ生まれた彼女はその呼称を嫌って、前身の名である『魔術師』の名を名乗ること、次の『生贄』にもそうするようにと手記を残した。
そして、たった十五歳で自分の終末の災を道連れにし、その命を落とした。
それからも数十年に一人の間隔で終末の災と『生贄』、魔術師は誕生し続けた。
年月が流れるごとに、終末の災が生まれる間隔が早まって行った。
数十年に一度が十数年に一度に、そして数年に一度に。
一つの時代に一人か多くても二人程度しか存在しなかった終末の災が、どんどん増えて行った。
世界というものが、もしくは人類の無意識が、滅びたがっている。
けれどもやっぱり、魔術師達は滅びたくはなかった。
たとえ無駄な足掻きであれ、いつか必ず回避できないその日が来ると理解しつつ、それでも。
「と、いうような感じ? ちなみに現時点で生存している魔術師は四人、終末の災は君を含めて三人、その存在が確認されているよ」
「は、はあ……」
何やらスケールが大きな話をされたが、どこまで本当なんだか。
「アタシらみたいな魔術師って本当はさあ、終末の災と遭遇したら即契約して即自害を命令してぶっ殺すのが本体のお役目なの。……あたしの二人前くらいまではそうしてたみたいなんだけど……アタシの一個前の先パイがさ、死ぬのヤダーって、死なずに生き続けてたの、もちろん自分の終末の災と契約して変なことできないようにはしてたけど」
「それで?」
「でぇ、それがなんか意外とうまくいってたからアタシもそれを真似して……そしたらなんか魔術師というか終末の災が増え出して……いやね? アタシらが生き続けたからそうなったわけではないと思うけど、とにかくなんか増え始めて。それでアタシは思ったわけだ、これだけ数が増えれば、いつか必ず誰かが失敗するって」
失敗、終末の災を殺すというか多分契約によって縛れなかった場合のことを言っているのだろう。
自分の場合で例えると、あの時あたしがなりふり構わず全力の『光』でこの『死神』を殺せていたら、あたしはそのまま世界を滅ぼしていたかもしれない。
ともだちのことを思い出して留まれていたかもだけど、そんなもしもは一旦置いておく。
「それで、だ。誰かが失敗すれば世界が滅ぶ。……なんていうのは世界の終末を防ぐ魔術師としては看過できない。なのでアタシはこの組織を立ち上げた。つまり、魔術師の誰かが失敗した時、その魔術師が抑えられなかった終末の災を止めるための組織を。まあ、要するに終末の災には終末の災をぶつけりゃどうにかなるんじゃね? っていう」
確かにそうなのかもしれない。
強いやつに強いやつをぶつければいいというのはわかりやすい。
それに契約とやらのせいで終末の災は魔術師の言いなりらしいので、そういうこともやりやすいのだろう。
「と、まあつまりだ。君には何かあった時の戦力としてここに身を置いてほしい、っていう話だったり。……とはいえ、そんな事態は起こらずに済めばそれに越したことはないのだけれどね」
なんてことを言われた。
そんなことを言われてもとしか思えない。
何だか本格的に疲れてきた、少し休憩したいけど、今それを口にして簡単に休ませてもらえるのだろうか。




