出会った頃の話(表)
声が降ってくる。
「人間の能力は肉体に何らかの危機が発生した時により強力になる傾向がある」
「だから実験しよう」
「感情などという不確定な要素に左右されない『危機』を」
「容易にマニュアル化できる刺激を与えよう」
「刻もう」
「焼こう」
「溶かそう」
「腐らせよう」
「安心したまえ、決して死なせはしないとも」
「君はいずれ、この星全てのエネルギーを賄う資源となる」
「そのためにどの方法が最も効率よいのか」
「実験を」
「実験を」
「実験を」
「ああ、君が寿命で死んだ時の代わりも作らねば」
「本人の胎を使って死なれても困る、卵子の採取だけにとどめておこう」
「痛覚だけでは足りないか」
「では快楽も」
「苦痛を」
「もっと」
「もっと」
「もっと」
「もっとよこせ」
声が、声が降ってくる。
全部が苦しくて痛くて怖くて、ほとんど何も覚えていられないけれど、そんな言葉がたくさん降ってきたのは、覚えている。
痛みに慣れれば、さらなる痛みを。
慣れても慣れても、許容できない苦痛を押し付けられる。
殺してくれと何度叫んだだろうか、助けてくれなんて言葉を叫べなくなってどのくらいが経ったのだろうか。
股座からおなかの中身をぐちゃぐちゃに、電極で頭の中もぐちゃぐちゃに、直前に刺された注射針で入れられたなにかのせいで、全身が壊れそうなくらいの悍ましい苦痛が。
それで全部壊れてしまえばいいのに、いつも通り全てが綺麗に治されて。
あたしが一体何をした?
こんな苦痛を与えられて当然の悪いことなんてしていない。
それなのにどうして。
どうして、なんで、あたしがこんな目に。
全部壊れてしまえ。
痛みはこちらがからっぽになるまで能力を使わされた後に一旦止まる。
そして何事もなかったかのように身体が修繕されて、力が戻るまでのほんにわずかな時間だけ休息を取れる。
休息を取れるというか、薬品で強制的に眠らされる。
今回も、そのはずだった。
けれども、今更のように火事場の馬鹿力というものが発揮されたのか、肉体の修繕が終わった直後、眠らされる直前にあたしは力を使うことができた。
何故今までそれができなかったのか不思議なくらい、あまりにもあっけなくあたしを押さえつけていた何もかもをぶっ壊すことに成功した。
何故そのような力が使えたのか、そんな力がどこに残っていたのか、そもそも自分が全力を出してもどうにもできないほどに自分をとらえる何もかもは頑丈な作りになっていたはずではなかったか。
そんな疑問はあれど、それどころではなかった。
多分、声の主達にとっても想定外の事態だったのだろう、きっと暴走とかそう言われるような異常事態が自分の身に起こったと、ひとまず結論付ける。
拘束が外れた、今なら逃げられる。
実験台から身体を下ろして冷たい床に足をつく、警報は鳴れど、誰もやってはこない。
そもそもここは元々無人の実験場なのだ、実験体である自分を除いた生き物は何もいない。
自分を痛めつける全ては遠くのどこかにいる人間によって遠隔操作された機械達、身体の修繕も遠隔で飛ばされた何者かの能力によるものだし、それ以外の全ても基本的に機械。
人間を見たのはここにきた最初の方だけだった気がする、後はただ機械に身体中をいじくりまわされて、上のほうから声が降ってくるだけで。
誰もいない、ここから逃げる自分を咎める人間はいない。
けれどもきっと時間の問題だった、早く逃げなければ。
少しだけ実験場、自分を閉じ込める建物の中を走り回って、ここにまだ人がいた頃に誰かが残したと思しきカビ臭い白衣を見つけて着込んだ。
裸で外に出る勇気もなければ、それができるほど羞恥心や正気が消えていないわけではなかった。
その後出口を見つけた。
とても頑丈そうで厚く重そうな扉だった。
押しても引いても扉はびくとも動かなかった、多分施錠されていたのだろうし、そうでなくとも自分の腕力では無理だったかもしれない。
けど能力を使ったらなんとかなった。
外に逃げれば、逃げられさえすればきっと誰かが助けてくれる。
だって自分は今までとてもひどいことをされていた、自分がそれまで全く悪いことをしなかったとは言い切れないけど、あそこまでされるほどのことはやっていない。
だからきっと誰かが、誰かがきっと──
そして、どうにか頑張って脱出した『外』には何もないだだっ広い荒野が広がっていた。
誰もいない、何もいない。
「たす、けて」
いつの間にか長年口にすることすらできなくなっていた言葉が口から漏れていた。
誰もいない、誰か、なんで、どうして、いや、ああ、あああああああああああああ。
「だれか、だれか……たすけて……」
ひどいめにあっていたんです、とてもいたいことを、くるしいことを、ずっと、ほんとうにずっと。
「だれか、だれかいないの……!!」
誰もいない、叫んでも返事は来ない。
一度だけ振り返る、今まで自分が閉じ込められていたその建物を見て、すぐに前を向いて走り出した。
建物を背に、まっすぐ走る。
靴なんてないから足が痛い、ずっと動いていなかったからちょっと走っただけなのに苦しい。
だれもいない、何もいない、走っても走っても、ただ広いだけの荒野が。
息が苦しくて立ち止まる、周りを見てもやっぱり何もない。
何もなかった。
助けなんてなかった。
誰も助けてなんてくれなかった。
ただ青いだけの空も、何もいない地平も見るのも嫌になって下を向く。
土で汚れて傷だらけの生っ白い自分の足が見えた、この程度じゃ痛くなんてないけれど、とても惨めだった。
だったら。
世界というものがこんなにも苦痛にまみれていて、そしてなんの救いもないというのなら、こんな世界なくていい。
滅んでしまえと思った、いいや違う。
誰も滅ぼさないというのなら、他ならぬ自分の手で滅ぼしてやる。
誰も彼もが自分に痛みを苦しみを与えるというのなら、助けてくれないというのなら。
「こんな世界、ぶっこわしてやる」
助けて、誰でもいいから、本当に誰でもいいから助けてください。
もう痛いのは嫌なんです、怖いのも苦しいのも嫌なんです。
それでも、誰も手を差し出してくれないのなら、この世界がただ自分に苦痛だけを与えるっていうんだった。
「滅ぼしてやる、こんな世界あっという間に……はは、ははは……止められるものだったら止めてみなさいよ、ねえ、誰か……ここに世界を滅ぼそうとしてる化物がいるわよ、止めなくていいの?」
答えはない、だって誰もいない、答えてくれる人なんて一人もいない。
「いいわ、わかった、今すぐ滅ぼしてあげる。一瞬……は無理でもそれほど時間はかけずに、はは、止められるやつなんてどうせ」
「いない、とでも思ったか?」
ありえない音が聞こえた。
真っ先に疑ったのは幻聴だった、だって誰もいなかったはずだから。
けれどもまさかと顔を上げる。
自分以外に何もいなかったはずの荒野に、大きな影が一つだけあった。
死神。
それを見て真っ先にそう思った。
大柄な男だ、今まで自分が見たことのある人間を思い出してみても、あそこまで背の高いヒトはいない。
黒衣を纏ったその男の目にも顔にも感情が見えなくて、それが酷く不気味だった。
見てくれはただ大きくて不気味なだけの男、多分青年か少年といっていいような、そんな感じの。
その手には大鎌の代わりに巨大とでもいうしかない無骨なだけの大剣が握られている。
きっとその大剣のせいだろうか、いや何か違う気がするとも思った。
何故自分は、いくら見た目が恐ろしげであったとしてもたった一人きりの人間のことを死神だなんて思って、恐れ──
ゾワリと首筋が震える、気がついたら恐ろしげな見た目の男が、『死神』が目の前にいて、振りかぶられた大剣の刃は、ちょうど自分の首の高さに。
咄嗟に能力を放っていた、先生の教えなんて考えている暇なんてなかった。
咄嗟に力を使ったからか、それともいきなり『死神』じみた男に命を絶たれかけたからか、それとも先生の教えに背いて自分の力を人間相手に向けてしまったからか、呼吸が乱れて、酷く呼吸が苦しい。
きっと、かけらすら残らなかったはずだ。自分の力は簡単に人を殺すと、殺すどころか消し飛ばしてしまう類のものだって、だから絶対に人に向けて使うなって小さい頃から言い聞かせられていたのに。
人を、殺してしまった。
先程の暴走、実験場を壊した時には誰も死ななかった。
だってあそこには誰もいなかった、私を痛めつけるのは全て機械だった、だから誰も死なないからとあたしはあそこを滅茶苦茶にした、その程度の正気はまだ残っていた。
けれども、今のは駄目だ。
「はは、あはははは」
膝から力が抜ける、土の感触が気持ち悪くて、何もかもが気持ち悪くて頭も痛くて、いっそ吐いた方が楽になれるんじゃないかと思ったその時、少し離れたところから声がした。
「随分と苦しそうだな」
勢いよく顔を上げると、かけらも残っていないはずの『死神』が悠然とそこに立っていた。
「え……?」
「ああ、今ので仕留めたつもりになっていたのか? 心外だな、あの程度でどうにかなると思われていたのは」
意味が、わからない。何故生きている何故生きているどころか傷一つない。
真っ先に思いついたのはなんらかの能力の行使、簡単に避けられるはずがない自分の一撃を避け切った男、そもそも一瞬で距離を詰めてきたことから推測できる能力は?
すぐに一つの可能性に思い至った。
「瞬間移動……」
それなら説明がつく、瞬間移動の能力者ならあんな無骨な大剣なんか使わずとも、その力でこちらの体内に何かしらの異物を転移させればそれだけで殺せただろうに、という疑問は残るが。
ついでに誰もいなかったはずのこの荒野にいきなり現れたのもおそらくその力を使ったからだろう。
瞬間移動の能力は希少だという、世界でも片手で数えられるほどに数が少ない上に悪用しようとすればとことん危険な力なので、全員何かしらの施設で保護、もしくは拘束されていると聞いたことがある。
しかし何故そんな者が今、自分の目の前に現れたのか。
「随分と買い被ってくれるな。生憎、俺は能力なんてものは使えない」
自分の推測を『死神』は否定した、じゃあなんだというのか。
あの距離から自分の目の前まで距離を詰めるのも、あの至近距離から放たれた自分の能力を避けるのも、なんらかの能力を使わなければ不可能だろう。
一体どんなカラクリがあるのか、見たところで判別なんてつかないが観察してみるしかないと男の全身を探るように見ると、『死神』は小さく笑い声を立てた。
地べたに座り込み、身動きが取れず向こうの様子を観察することくらいしかできていないこちらを馬鹿にしているのかとその顔を見上げて、ゾッとした。
『死神』はこちらを見て笑っていた、心の底から嬉しそうな、けれどもいい印象なんて全く受け取れないそういう笑顔。
どこかで見た気がする、きっと本当に幼い頃に見た絵本かなにか。
ともだちがあそこに来る前、ともだちにはなれなかった誰かが達がいた頃、あれと同じような顔を見た。
幼心に恐ろしかったから記憶の奥底に少しだけこびりつくように残っていた、怪物の顔。
数百年飢え苦しみ、ようやく見つけた獲物を、幼い子供達を喰らう寸前にあの怪物が見せた悍ましい笑みと今自分の目の前にいる『死神』の笑みはよく似ていた。
何故そんな笑みをこちらに向けてくるのだろうか、わからない、何もわからない。
「あなた、あなたは、何……!!?」
衝動的に口をついて出てきた叫び声に『死神』は笑みを浮かべたまま こう答えた。
「今はあえてこう答えようか。魔術師だ。──はじめまして、終末の災」
「お前の首を落とすこの日を夢見続けて何年経っただろうか、ああ、本当に長かった……」
男はくつくつと笑いながらそう言った、何を言っているのかよくわからない、きっとコミュニケーション能力というものが低いのだろう。
「何を言って……魔術師とか子供騙しの噂話でしょう……? それになに、しゅうまつのさい?」
魔術師という存在は一応知っていた、昔ともだちや先生からそういう噂を聞いたことがある。
人類が能力を得る前から世界の裏で超常の力を行使したという伝説上の存在、能力とは異なる力を持つという彼らは今もひっそり現世に存在している、と。
そして、その魔術師と『契約』なるものを交わせば、絶大な力を得られるだなんて眉唾物の噂話も。
冗談か何かを言ってこちらを煙にまく気か、と睨み上げる。
「魔術師は実在する。世間で語られている噂話とはやや異なるがな。絶大な力を持つ存在、なんて世間では語られているが、自分も含めて大した力を持つ者はいない」
「ふうん、あっそ。……じゃあ何? あたしの攻撃を避けきったそのすばしっこさは能力じゃなくて魔術ってわけ?」
よくわからないけどそういうことにしたいというのならその意図を探るために一旦話を合わせてみるかと思った。
自分を魔術師だと勘違いしているだけのただの人だったというオチなのかもしれない。
ひとまず話を合わせつつ、どういった理由で出会い頭でこちらにその物騒な刃を振るってきたのか聞き出そうとしたら、『死神』は不可解なことを言い出した。
「いや? 俺が使えるのは修復の魔術……壊れたものをなおす、ただそれだけのものだ」
「は?」
話がよくわからない、何かよくわからないけど、能力じゃなくて魔術とやらでどうにか避けたという話に持っていきたいのではないのかこいつは。
なのに何故そこでそれを否定する、なんだそのなおす魔術しか使えないという設定は。
「じゃあ、どうやって避けたわけ?」
「普通に避けただけだが」
『死神』はあっけらかんとそう言った、こちらを見つめる顔も『何故そんな簡単なことがわからないのか』とでも言いたげなものになっている気がする。
そんなわけがない、簡単に避けられるような代物ではないのだ。
能力的な何かによる補助でもなければ基本的には無理なのだ、一応『速い』『強い』『すごい』の三拍子が揃った必殺のビームというやつなのである。
「……わかった、それはもういい。別の質問に切り替える……なんであなたはいきなりあたしに切り掛かってきたの? あたしを殺す日を夢見て何年とか言ってたけど。あたしの存在があなたやあなたの大切な何かにとって不都合だったのかしら? それとも……『機関』に何か恨みが?」
『死神』の姿に覚えはない、おそらく初対面だろう。
それでも数年単位でこちらの死をあちらが望んでいたのであれば、それ相応の因縁というものがあるはずだ。
おそらくは『機関』──自分を今までぐちゃぐちゃにし続けていた奴ら関連の何かだろう。
奴らの正式な名称は聞いた覚えがないが、そう自称していたことはかろうじて。
あいつらへの復讐のためにあいつらの重要な研究対象兼実験対象である自分を亡き者にしようとか、きっとそういう感じの。
だとしたら完全にとばっちりというやつになるのだろう、自分だって一応あいつらの被害者側の人間だ、と口を大きくしても当然の扱いを受けてきたので。
あいつらへの復讐とか、あいつらに損害を与えるためだけに殺されるとか冗談じゃない、それなら別の何かを狙ってこちらは放っておいてほしい。
それでも放っておいてくれないというのなら、多少痛い目を見せればどこかに行ってくれるだろうか。
けれども『死神』は静かに首を横に振った。
「いや、『機関』とやらについては詳しく知らんし、お前に何かされたわけでもない。お前が終末の災だから殺す。ただそれだけだ」
「……さっきも言っていたけど、そのシュウマツノサイ、とやらってなに?」
聞いたことのない単語だった、魔術師関連で何かあっただろうかと記憶を探ってみたけど、覚えがなかった。
世間一般では当たり前に知られているものなのか、そうではないか、その判別すらつかない。
「……知らずとも無理はない、魔術師と違ってそちらの情報は伏せられているからな。終末の災とは世界を滅ぼす力を持つ災いのことだ」
自分はそんな、災いと呼ばれるほどの者だったのだろうか。
けれども、なるほどと思ってしまった。
世界を滅ぼす力、そんな大層な力持っていないと笑い飛ばせる自分だったらどれだけよかっただろうか。
もしもそうなら、自分はこんなことにはなっていない、あんな目に遭い続ける必要だってなかった。
「魔術師とは本来、終末の災を殺し世界の終末を防ぐために用意された生贄だ。……だが、おとなしく贄の役目を果たすつもりはない」
「……よくわからないけど、それじゃああなたは具体的にどうしたいの?」
「決まっている、この刃でお前の首を落とす、ただそれだけだ。……たったそれだけのためにこれまでこの刃を砥ぎ続けてきた。正規の手続きなんぞ踏んでやるものか。そんなものを使わずとも、災いなんぞ殺せると証明してやる」
『死神』が言っていることは正直よくわからなかった、本当のことを言ってしまうと、何か変な勘違いをした狂人がいきなり絡んできてそれっぽいことを言っているだけな気もしている。
けれども、はっきりとわかっていることが一つだけ。
「さあ、存分に殺し合おうじゃないか、終末の災」
そう言って『死神』は笑った、仄暗く飢えた獣のような顔で。
何を言っているのかはわからない、全部が全部冗談だとしてもおかしくない。
けれども、この殺意だけは本物だ。
本気でこちらを殺そうとしている、それだけはきっと本当のこと。
逃げてもきっと無駄だ、多分地の果てまで追いかけてくる。
どちらか一方が死ぬまで、この『死神』は止まらない。
笑いながら斬りかかってくる『死神』に向かってビームを打つ、当然のようにまた外れた。
「当たれば即死だろうな。当たらなければ意味などないが」
くつくつと笑いながら『死神』は余裕綽々でそう言った。
一方こちらにはなんで当たらない、ふざけるなと癇癪を起こす余裕すらない。
どうしよう本当に当たらない、一撃必殺のビームなのに。
なんでか普通に避けられる。
カラクリなんてものは多分ない、少なくとも瞬間移動とか空間を捻じ曲げているとかそういう話ではないらしい。
単純に、異常に、あの『死神』の身体能力が高くてそれでこちらの攻撃を平然と避けているだけであるようだ。
異常というかもう恐ろしいの域に入っているような気がする、あるいはその異常な身体能力があの『死神』の能力もしくは魔術とやらであるのかもしれない。
なおすだけの能力だか魔術しか使えないとか言っていたが、多分嘘かハッタリだろう。
とにかく、びっくりするほど、いっそ笑えるほど当たらない、掠りもしない。
ビーム攻撃は基本的に視界にさえ入っていれば当たるはずなのに、当たらない。
ビームがずれて意図しないものを傷つけたら大惨事、と『施設』にいた頃に訓練してかなりの命中率になっていたはずなのに、ブランクが長かったからだろうか。
何発、何十発打っただろうか、流石に疲れてきた、というかそもそも疲れているところにさらに疲れるようなことをさせられているという状況だった。
対する『死神』に疲れの色は見えない、飢えた獣のような笑顔もそのままにこちらのビームをひょいひょい避け続けている。
このままだとジリ貧だった、一撃当てられさえすればどうにかなるのに、それがどうしてもできない。
なので、賭けに出ることにする。
あの『死神』の狙いはこちらの首、どうもあちらは遠距離からこちらに攻撃する手段はないらしく、先程からこちらへの接近を狙っている。
というか、本当のことを言ってしまうと、今はどうにかあの『死神』がこちらに寄って来られないようにビームで牽制して抑えている、という状況であったりもする。
なのでそこを逆手に取る。
この首を狙っているというのであれば、あの『死神』がこの首を取るための近付いてきたその瞬間を狙い撃ちにするしかない。
正直言って成功率は低いだろう、ビームを打つ前に首を切り落とされる確率の方が高い。
けれども、このままだとこちらが先に力尽きるのは明白だった。
なので一度ビームを止めて『死神』の接近を許す。
おそらくこちらの意図を見透かしたのだろう、『死神』は笑みを深めた。
殺す。
この恐ろしい『死神』を殺して、それで次は世界を滅ぼすのだ。
痛いことしかない、誰も助けてくれない世界なら滅ぼしてやる、こんな世界いらない。
『死神』が大剣を振るう、思っていたよりも早い、けれども間に合う。
ビームを放つ寸前、『死神』の顔を見た。
笑みで歪んでいた、こんな顔で自分を殺しにきているのだからこいつは悪だ、だから殺して、それで全部。
──ともだちの顔が頭をよぎった。
「あ……」
泣いていた、別れを惜しんでくれた、助けようとしてくれた、手を伸ばしてくれた。
伸ばした手は届かなかった、違う、差し出されたそれに自分は手を伸ばさなかった。
大丈夫だって強がって、笑って、あの時はここまでの目に遭うとは思っていなかったから、大丈夫だって。
だってそうしなければ大人達があのこに酷いことをしそうだったから、それなら自分が酷い目にあったほうがマシだって。
泣いていた、泣いていた、あのこだけじゃない、先生だって、本当に悔しそうな顔で。
この『死神』を殺した後、あのこも殺すの?
自分のために泣いてくれたあのこのことも、ただ自分が痛かったからというくだらない理由で、世界を滅ぼすついでに。
全身から力が抜ける。
それは、駄目だ。
やっていいことと駄目なことくらいわかっている、それでもと訴える衝動はあるけれど、どれでもやっぱり駄目だった。
こんな世界滅ぼしてやると思っていたけれど、死んでほしくないひとは確かにいたのだ。
ようやくそれに気付けて、けれどもとっくに手遅れだった。
『死神』の刃がこちらの首に到達する、一瞬の躊躇いが命とりなことなんてわかっていたはずなのに。
けれど多分、それでよかったのだろうとも思った。
首にざくりとした痛みを感じて、けれどもそれだけだった。
「え……?」
大剣の刃はどうやらこちらの首を断ち切らず、少し裂いたところで止まったらしい。
寸止めが失敗したみたいな状態だ、そのせいでまだ生きているらしい。
何故急にそんなことをしたのだろうかと思っていると、上から声が降ってくる。
「何故、攻撃を止めた」
そう問うてくる『死神』の顔には表情はなかった、先程までの悍ましい笑顔も綺麗さっぱり消えている。
その顔を見上げる、力の使いすぎか、別の要因があるのか、何故か酷く眠くなってきた。
「ともだちがいるの」
答えなんてただそれだけだったのに、意図が通じなかったのだろう、『死神』は無言でこちらの顔を見る。
「世界なんて滅んでしまえって、滅ばないなら滅ぼしてやるって、そう思ったけど……あたしが世界を滅ぼした時にあのこが死んじゃうのなら、それは駄目だって思っただけ」
多分自分には本当に世界を滅ぼす力があるのだろう。
『死神』一人倒せないくせに自惚れか、と自分でも思うけど。
けど、本当ならこの『死神』だってきっと簡単に殺せてしまうのだ。
攻撃の範囲を広げればいいだけ、『死神』以外の被害や損傷に目を瞑り、この辺り一体を全て自分の『光』で塗りつぶしてしまえばそれで終わりだ。
けれど自分はそうしなかった、そうするという発想すらでてこなかった。
ならきっと、はじめから今の自分に世界を滅ぼすだなんて芸当は無理だったのだ。
けど、それは今の自分だからそうだということもわかっていた。
まだ、そう思える正気が残っているだけなのだ、自分の性格はわかっている、今はただ少しだけ冷静になれただけ。
いつか激情のままに自分は世界というものを滅ぼすだろう、そして全てが滅んでなくなった後にふと冷静になって、自分が世界ごとともだちを殺してしまったという事実を受け入れられずに絶望するのだ。
そんな先はわかりきっていた、けれどもきっとそうはならないだろう。
『死神』の刃はこちら首を裂いたその位置にある。
ああ、そうか、そもそもこれのせいで元から足りていなかった血がさらに減っているのか、だから眠いのかと、今更気付いた。
痛みはあまりない、というかこの程度の痛みなら慣れてしまっている。
「……だから、もういい。殺したいのなら好きにして」
生き残ったところで行き先も何もない、仮にこの『死神』から逃げ切ったところで、今の自分にまともに生きる術はない。
というかきっと、この『死神』から逃げ切ったところで、最終的に元の場所に連れ戻されるだけだ。
そうしてただ苦痛を与えられるだけの日々しかなくなるというのなら、それならいっそ。
多分、これが詰みという状態なのだろう。
目の前には『死神』、仮にこの『死神』の手から逃れたところでいずれあいつらに捕られて逆戻り、世界を滅ぼせば外敵は全ていなくなるだろうけれど、ともだちも死んでしまう。
お先真っ暗、というやつだ。
地獄には戻りたくない、ともだちを殺したくもない。
死にたくはないけれど、それでも今自分が選べる選択で一番マシで苦しくないのが『死』だった。
『死神』はただこちらの顔を見ていた、どういう感情を向こうが抱いているのかはわからない。
視界が朧げになっていく、このまま眠るように死ねたらきっと幸せだろうとそう思った。
もういい、もういい、これで終わりでいい、それがいい。
眠気に逆らえずに目を閉じた、それから少しして刃が自分の首から離れていく。
きっと、簡単にはねとばしてくれるのだろうと、思った。
地獄の苦痛の中で死ぬしかないと思っていたけれど、きっと一瞬で死ぬ、一瞬で終わらせてもらえる。
ああ、そうか。
自分はやっと救われたのかと、そう思った。
だからありがとうと、そう言って、けれどすごく眠くて、本当に言えたかどうかはよくわからなかった。
とても遠いところから『死神』の声が聞こえた気がした、けれどなんと言ったのかはもう、わからない。




