都合のいい言葉
殺すべきではない、自ら首を差し出した災いにそう思ったから刃をおさめた。
実際はただこの女を殺したくなかったから刃を取り落としたのだと気付けたのはつい最近のことだった。
これが災いにならぬようにとこの女に手を伸ばす者を斬っていたたつもりだったが、実際はただ、単にこれを穢されたくないという独占欲のままに斬っていただけだということに気付いたのもそれと同時期だ。
あっさりと自分に身体を差し出した女の首筋に顔を埋める、これではどちらが贄かわからない。
本当はこちらが贄のはずで、それが心底嫌だったから剣の腕を磨いたというのに。
これが邪悪であればよかったのにと時折思う、斬ってしまうのが当たり前のような外道であれば、と。
けれども現実は違った。
自分が長年追い求めた、自分が殺すべき災いはただ世界を滅ぼす力を持っているだけの脆い女だった。
脆くて、意地っ張りで泣き虫で、自分なんかよりもよほど善良で美しい女。
それを、穢してしまった。
傷付けた、苦しめた。
それなのに女はこの程度ならと強がって笑って、全て終わった後も離れようとしなかった。
抱きしめた身体は暖かくて柔らかくて、先程までの身と魂を焦がす様な快楽が頭から離れてくれない。
愛している。
なんと安っぽくありきたりで、都合のいい言葉だろうか。
そんな感情のままに穢していい女ではなかった。
こんなことをすべきではなかった
それなのに手放せない。
なんと浅ましい。
欲に溺れて甚振って、それで愛しているだって、これが愛だって?
こんな自分にしか都合が良くないものが愛であるものか。
抱きしめていた柔らかいものをゆっくりと引き離す、いっそ腹でも切って詫びたい気分だがそれをすればこの女も道連れになるのでそれはできない。
身体を動かしたからか女が小さく身じろぎして、ぼんやりと目を開けた。
「……ひどいかお」
女は寝ぼけた瞳のままそう笑って、こちらの顔に触れてきた。
「けっこう、わかりやすくなってきたよね。ふふ……むかしはなにかんがえてるかまったくわからなかったのに」
なにが楽しいのかふわふわとした笑みを浮かべている、小さく柔らかい手が顔から離れていったと思ったら、短い腕が伸びてきてこちらの身体を抱きしめた。
素肌と素肌が触れあって、その温もりに正気を失うかと思った。
「だきしめて」
小さな呟きに狂いそうだった心が正常に引き戻される。
なにもできずに硬直していると、不満げな声が聞こえてきた。
「はやく」
どうしたものかと思っていると回された腕に若干力がこもった、催促のつもりか何かなのだろうか。
仕方なく腕を回して緩く抱くと「もっと力入れて」と怒られる。
どうしようもないので言われた通りにすると、小さな笑い声が。
「これで、こわくない……」
あとはもうまともな言葉なんて聞こえてこなくなって、そうかからずに寝息が聞こえてきた。
穏やかな寝息に全てが赦されたような気になって、そう思ってしまった自分に心底嫌悪感を抱いた。
だが、これでお前が怖くないというのなら、今はこれでいい。
そう思って、目を閉じた。




