第七章 大きな街の宿
よろしくお願いします
教えられた宿の一つに向かうと、そこは石造りの立派な建物だった。看板には、鍵とベッドを象った紋章が掲げられている。
娘が扉をくぐると、受付には恰幅のいい中年の男が座っていた。四十代半ばだろうか、太い眉と日焼けした肌が、いかにも冒険者上がりといった雰囲気を漂わせている。
男はこちらを見た瞬間、太い眉を吊り上げた。
「……おいおい、そいつはオーガか?」
「はい、私の従魔です」
娘は冒険者証をみせた。男はそれを覗き込み、俺の首元の札を値踏みするよう見上げてくる。
「へえ。まあ、証があるなら文句はねえよ。うちは従魔連れも慣れてる。ただし暴れたら弁償だぞ」
「はい、それは、大丈夫です……」
娘が小さく頭を下げると、男は鍵を用意しながら続けた。
「部屋はどうする? 従魔用の小屋は裏にあるが、追加料金なしで使える。ただし雨風はしのげる程度のもんだ。もし同じ部屋にするなら、割増料金がかかるよ。防音や補強の関係でね」
娘は少し考え込んだ後、俺の方を振り返った。
(同じ部屋にしろ)
念話でそう命じると、娘は僅かに肩を強張らせながらも、頷いた。
「同じ部屋で、お願いします」
主人は特に驚いた様子も見せず、追加料金を告げて鍵を渡した。
手続きの間、待合スペースにいた若い女がこちらの様子を眺めていた。傍らには、猫に似た姿をした魔物がいる。体長は普通の猫の倍近くあり、尻尾が根元から二股に分かれ、瞳が薄く発光していた。
「……オーガの従魔? 珍しいわね」
女が話しかけてきた。娘は一瞬びくりとしたが、すぐに小さく頭を下げた。
「は、はい……最近、契約しました」
「私はこの子と組んで、もう三年になるわ。ケットシーって種族で、多少の魔法も使えるの。あなたの従魔について聞いてもいい? 」
「はい……つい最近、森で」
「そう。オーガを従えるなんて、若いのに腕がいいのね。私は元々、この街の出身で、子どもの頃から魔物と接する機会が多かったから、この子とはわりとすぐ契約できたんだけど……あなたはどこの出身?」
娘は少し戸惑いながらも、村の名前や、オババから技術を教わったことなどを、ぽつぽつと話していった。女はそれに相槌を打ちながら、時折り自分の経験談も交えて話を広げていく。二人のやり取りは、しばらく続いた。
案内された部屋は、これまで泊まった宿よりも幾分広かった。それでも俺の体格からすれば、余裕があるとは言い難い。
荷を下ろしながら、俺は娘に向かって念話を飛ばした。
(この街はどんな街だ、説明しろ)
娘は一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐに小さな声で話し始めた。
「この街の近くには、大きな森があるんです。魔物がたくさん出るんですけど、その分、色々な素材や、薬草や、鉱石なんかも採れるみたいで……冒険者は、森に潜って、色んなものを持ち帰ってるんです」
「森の奥に行けば行くほど、強い魔物が出るし、珍しいものも見つかるらしくて……だから、腕のいい冒険者ほど、奥まで入っていくんだそうです」
(それは、どこで得た知識だ。村のババアか?)
俺がそう尋ねると、娘は首を振った。
「いえ、登録の時に組合の人が教えてくれたのと、さっきの人にも少し聞きました。オババは、こんなに大きい森のことは知らなかったと思います」
なるほど、と俺は納得した。森の規模、その資源価値、奥地の危険度――この街の経済が、その森を中心に回っているらしいことは、これだけでも十分に伝わってきた。俺の中で、静かに興味が湧き上がるのを感じた。
翌朝、宿を出た二人は、組合へと向かった。
(森には何が出るか調べろ)
念話でそう命じると、娘は少し身構えた様子を見せながらも頷き、受付へと向かった。
「資料室には、生きた魔物を入れられない決まりなんです……」
戻ってきた娘が、申し訳なさそうにそう告げた。俺の図体では、そもそも書架の並ぶ部屋には入りようがなかったらしい。
代わりに案内されたのは、組合の裏手にある魔獣舎だった。従魔を一時的に預けたり、待たせたりするための場所らしく、頑丈な柵で仕切られた区画に、様々な魔物が繋がれている。
「ここで、待っててもらえますか。私は資料室で調べてきます」
娘はそう言い残し、足早に戻っていった。俺は魔獣舎の隅に腰を下ろし、周囲を眺めることにした。
近くの区画には、大型の鳥に似た魔物や、鱗に覆われた四足の獣、先ほどのケットシーによく似た小柄な魔物などが繋がれていた。それぞれの飼い主らしき冒険者が、時折り様子を見に来ては、餌を与えたり、体を撫でたりしている。
見た目の違いだけでなく、纏う気配にも差があった。大人しく丸まっている個体もいれば、絶えず落ち着きなく動き回る個体もいる。飼い主との距離感も様々で、馴れ馴れしく擦り寄る従魔もあれば、一定の距離を保ったまま指示だけを待つような従魔もいた。
しばらく眺めているうちに、隣の区画にいた鱗の獣が、飼い主の指示一つで綺麗に伏せをする様子が目に入った。声かけと同時に、迷いのない動きだった。
主従の在り方にも、色々な形があるらしい。俺はそれを、興味深く眺め続けた。
しばらくして、娘が戻ってきた。
「浅い場所は、角兎とか、狼とか……今まで戦ったのと同じくらいの魔物が多いみたいです。もう少し奥に行くと、大きめの魔物も出るらしくて、素材の値段も上がるって書いてありました。それから……」
娘はそのまま、資料で読んできた内容を、覚えている限り話し続けた。魔物の種類、出没する時間帯、季節による変化、素材の相場の目安――かなりの量を読み込んできたらしく、話は途切れながらも次々と出てくる。
(奥はどこまで調べられてる)
俺が途中で尋ねると、娘は少し考えてから答えた。
「奥の方は、詳しい記録がほとんどないみたいです。上級の冒険者しか行けないから、あまり情報が出回ってないって」
(森の向こうはどうなっている)
「そこまでは、資料には書いてなくて……」
娘は申し訳なさそうに俯いた。俺はそれ以上追及せず、今聞けた範囲の情報を頭の中で整理していった。浅い場所の様子はおおよそ掴めた。奥の情報が乏しいという事実も、また一つの手がかりだった。
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