第六章 大きな街
よろしくお願いします
翌朝、俺たちは荷をまとめ、街を発った。
数日の道のりだった。特に魔物も出ず街道を進んだ。大きな街に近づくにつれ行き交う人の数も、荷馬車の量も、次第に増えていくのが分かった。娘は緊張した面持ちで、時折りメモと睨めっこしながら先を歩いていた。
「……見えてきました」
やがて娘がそう呟いた先に、これまでとは比較にならない規模の城壁が見えてきた。高さも長さも段違いで、壁の向こうからは絶え間ない喧騒が伝わってくる。
(でかいな、これは)
門に近づくと、以前の街のような大騒ぎにはならなかった。門番は俺たちを一瞥すると、書状を検め、あっさりと通してくれた。大きな街では、この手の使い魔連れもある程度は珍しくないのかもしれない。
門をくぐった瞬間、俺は思わず足を止めた。
石畳の広い通り、両脇に並ぶ店構え、行き交う人々の数――何もかもが、これまで見てきたどの街とも規模が違った。市場の喧騒、鍛冶場から響く金属音、串焼きらしき匂いが漂ってくる屋台。
(こりゃ、退屈しなさそうだ)
素直にそう思った。
冒険者組合の建物も、以前の町のものとは比較にならないほど大きかった。中には多くの冒険者が行き交い、依頼板には見たこともないほどの数の紙が貼られている。
奥へと進む間、俺たちは幾人もの冒険者とすれ違った。以前の街でオーガを見た人間は、決まって一歩下がり、身を強張らせるだけだった。だが、ここでは反応が違った。
道具の手入れをしていた男が顔を上げ、値踏みするような目でこちらを一瞥すると、隣の仲間に何やら耳打ちした。「オーガの獣魔か……やや小さいが小娘に従えられるのか?」というような響きが、切れ切れに聞こえてくる。恐れているというより、算段しているような口ぶりだった。
別の一角では、翼を持つ小柄な魔物を連れた冒険者が、こちらをじっと観察していた。値打ちを推し量るような視線に、俺は特に気にする様子も見せなかったが、隣を歩くマリーの肩が、僅かに強張るのが分かった。
娘は緊張した面持ちで受付へと向かい、前の街での書状を差し出した。
「オーガの従魔登録……前の街からの推薦状もあるようですね」
受付の女は書状に目を通しながら、俺の方を何度も盗み見た。周囲の冒険者たちも、遠巻きにこちらを窺っている。以前の街で経験した反応と似ているようで、どこか違う色合いも混じっていた。畏れよりも、値踏みするような視線が多い気がした。
「一応、こちらでも簡単な確認を。従魔の統率が取れているか、実演していただけますか」
娘が俺の方をちらりと見た。以前と同じような不安げな目だった。
俺は今度も、素直にその場に膝をついてみせた。
周囲がざわめいた。「本当にオーガが……」という声がどこからか聞こえてくる。だが、その声の質は、以前の街とは明らかに違っていた。驚きよりも、興味の色が濃い。
「見ろよ、オーガクラスの魔物が大人しく従うの初めて見たぜ」
「あの娘、まだ若そうだが……相当な使い手なんだろうな」
「オーガの動きにためらいが無いな。完全に意思の疎通がとれているのか」
近くにいた冒険者たちが、ひそひそと言葉を交わしている。マリー自身への評価が、俺の従順さを介して測られている――そんな空気が、はっきりと感じ取れた。娘はそれを聞きながら、僅かに肩の力を抜いたようだったが、俯いた表情には、安堵とは違う何かが滲んでいるようにも見えた。
「結構です。登録を進めましょう」
受付の女はそう言いながら、書類にペンを走らせていく。手続きは滞りなく進み、俺たちは正式にこの街の組合に登録されることになった。
登録が済んだところで、娘は思い出したように再び受付へと向き直った。
「あの、宿について、教えていただきたいんですが……従魔、それも、この大きさの魔物でも泊まれるところは……」
娘の声はまだ遠慮がちだったが、以前よりは要領を得た聞き方になっていた。受付の女は少し考えるそぶりを見せた後、地図らしきものを取り出した。
「従魔連れでも受け入れている宿は、いくつかありますよ。特にこの辺りは、冒険者向けの宿が集まっていて、大型の使い魔にも慣れています」
女は地図に指を這わせながら、二、三の宿の名を挙げていった。娘はそれを熱心に書き留めている。
「ありがとうございます……」
娘は礼を言って地図を受け取ると、俺の方を振り返った。
「宿、何軒か教えてもらいました。行ってみましょう」
念話越しに、以前より落ち着いた声でそう伝えてくる。俺は軽く頷いた。
(いいな。行こう)
屋根のある寝床、まともな飯、そして人間らしい暮らし。ここまで来た道のりを思えば、ようやくその入り口に立てた気がしていた。




