第四十六章 正体
よろしくお願いします
バロメアの街並みが見えてきた頃には、日はすっかり傾いていた。門をくぐり、宿へと向かう道すがら、俺はマリーに念話を送った。
(宿で、俺の正体をラナに見せる)
マリーの肩が、一瞬強張った。だが、すぐに小さく頷いた。
宿に着くと、ケリュネを裏の小屋へと預け、俺たちは三人で中へと入った。
「お帰り」
顔馴染みの主人が、軽く片手を挙げて迎えてくれる。マリーが三人分の部屋を頼むと、主人は特に気にする様子もなく鍵を差し出した。
部屋に入り、荷物を下ろしたところで、俺はマリーへともう一度念話を送った。
(そろそろ、話すぞ)
マリーは頷き、ラナへと向き直った。
「ラナさん。今から何があっても、騒がないで下さいね」
「……は?」
ラナが怪訝な顔をした。
俺はその視線の前で、兜へと手をかけた。留め具を外し、頭からゆっくりと持ち上げる。露わになった顔は、人のものだった。
続けて、籠手を外す。胴鎧の留め具を緩め、脚甲も外していく。金属が擦れる音だけが、静かな部屋に響いた。
「はっ、結局それが目的かい」
ラナが目を細め、睨むようにこちらを見た。全て脱ぎ終え、薄手の肌着一枚になった俺を、値踏みするように眺めている。
「見ていろ」
そう告げ、俺は指輪へ流れていた魔力を止めた。
肌が赤みを帯び、骨格が軋むように形を変えていく。人のものだった顔の輪郭が崩れ、額から短い二本の角が持ち上がり、見慣れた鬼の顔へと戻っていった。大きく息を吐くと、喉の奥が低く唸った。
「ラナさん、見ての通り……」
マリーが、恐る恐る切り出す。
それを見たラナの顔に、ぱっと笑みが浮かんだ。
「なんだよツヨシ! そうなら早く言ってくれりゃ良かったのに!」
予想外の反応に、マリーが首を傾げた。俺もどういうことか分からず、ラナを見る。
「あんたも、獣化ができたんだね」
ラナは立ち上がり、俺の腕や胸元をペタペタと触ってきた。
(騒がれても面倒だ。適当に話を合わせておけ)
念話でそう伝えると、マリーは慌てて頷いた。
「そ、そうです。ツヨシさんは、オーガになれます」
「へえー、只人は獣化したらオーガになるんだね。ん? オーガなら、獣化じゃおかしいな。オーガ化か? ……ちょっと言いにくいな」
ラナはぶつぶつと呟きながら、なおも興味深そうにこちらを見ながら指でつついている。
「騒ぎになるので、周りには隠しているんです。信用できる人にしか話していません」
マリーがそう付け加えると、ラナは少し嬉しそうに頬を緩めた。
一通り納得したところで、俺はローブを着てフードを深く被った。
改めて、マリーを通していくつか尋ねてみることにした。ラナの獣化について――時間や利点、そして欠点など。
「時間は、魔力の続く限りさ。動かなければ、けっこう長く保てる。でも、戦闘したり怪我を負ったりすると、魔力を食う」
ラナはそう説明しながら、以前捕らえられた時のことを話した。あの時は、獣化のまま逃げ切るつもりだったが、マリーに殴られた傷の回復に魔力を使い果たし、気を失ってしまったのだという。
「力が強くなる、防御も上がる。傷の治りも早い。良いことばかりだね」
(デメリットは、魔力を使うことだけか)
便利な能力だと感心すると、マリーも同じことを思ったらしく「すごいですね!」とラナを褒めた。
ラナは得意気にしていたが、少し考えてから、思い出すように言った。
「そう言えばもう一つ、集落の長老に言われたことがある。獣化するのは身体だけじゃない。頭も、獣になるんだ。複雑な作戦とか、そういうのは苦手になる。それに闘争本能に、考えが引っ張られちまう」
そう言った後で、ラナは少し自慢気に続けた。
「あたしは、長老に獣化してもほとんど変わらないなって褒められたけどね」
ラナは、少し誇らしげに胸を張った。マリーは、それが褒め言葉なのかどうか判断しかねたのか、曖昧に笑って頷くだけだった。
「そういえば、さっきの『只人』って、何なんですか?」
マリーが尋ねた。
「集落じゃ、爪も牙もない、獣の力のない人間のことを、そう呼ぶんだ」
「獣化できるのは、ラナだけなの?」
「ああ。完全に獣化できるのは、集落でもあたしだけだった。手とか足とか、体の一部を少しだけ短い時間変えられる奴は、何人かいたけどね」
その後、ラナに明日はダンジョンへ向かうことを伝えた。
「へえ、迷宮ね。あたしの力、見せてやるよ」
ラナは腕を組み、自信ありげに笑った。
翌朝、支度を整えて宿を出ると、ケリュネの様子が少しおかしかった。荷を背負わせようとしても、角を横に振って避け、こちらへ視線も合わせようとしない。
「どうしたの、ケリュネ」
マリーがなだめるように声をかける。鼻息を荒くしていたケリュネは、しばらくすると不満げに一声鳴いた。
マリーは、少し困ったように俺を見た。
「多分、なんですけど……新入りのラナさんが同じ部屋なのに、自分だけ小屋なのが、納得いかないみたいです」
横で聞いていたラナが、呆れたように片眉を上げた。
「はっ、鹿のくせに面倒なやつだね」
(ケリュネとラナの働きを見てから決める、と伝えろ)
念話でそう伝えると、マリーはケリュネへと向き直り、丁寧にそのまま言葉にした。ケリュネはまだ不機嫌そうに鼻を鳴らしていたが、渋々といった様子で荷を背負わせるのを受け入れた。
ダンジョンの入り口を抜け、階段を下りていくと、ラナが不意に顔をしかめた。
「……うえ、なんだこの匂い」
鼻先に皺を寄せ、鼻を手で覆うようにしている。
「ラナさん大丈夫ですか?」
「石だか土だか知らないけど、変に湿った、腐ったような臭いが混じってる。……あんたら、これ平気なのか?」
「私も最初は、ちょっと苦手でした」
マリーがそう答えると、ラナはしばらく顔をしかめたままだったが、それ以上文句を言うことなく、先へと足を進めた。
階段を下りると、通路の先に、白骨の人影が佇んでいた。ラナが、驚いたように足を止めた。
「な、なんだあれ……!」
「ここは、アンデッドばかり出る迷宮なんです」
マリーがそう説明すると、ラナは値踏みするようにスケルトンを見つめた。
一階のスケルトンは相手にせず、そのまま二階へと進む。
通路の奥から剣を持ったスケルトンが歩いてくる。
「よし、まずはあたしがやってやるよ」
ラナが真っ先に前へと出た。近づいてくる剣持ちのスケルトンへ、拳を叩き込む。骨は乾いた音を立てて砕け、あっさりと崩れ落ちた。
「なんだ、見かけ倒しじゃないか。余裕だね」
ラナは鼻を鳴らし、得意げに笑った。
そのまま三階、四階、五階と階段を進む。複数のスケルトンが姿を現すが、ラナとマリーがそれぞれ手早く片付けていく。マリーが魔法を使うまでもない。
六階の通路を進んでいると、曲がり角の先から、何かが勢いよく飛び出してきた。
先頭に立っていたラナが、真っ先に対応しようとした。だが、姿を見た瞬間、足が止まった。
毛のある部分とない部分がまだらに入り混じり、皮膚の欠けた箇所から骨が覗いている――ゾンビ犬だった。
「な、なんだこいつ……」
声が僅かに震えている。怯んだラナへと、ゾンビ犬が真っ直ぐに迫った。
ラナは嫌な顔をしながら、右の拳を振り抜いた。
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