第四十五章 任務完了
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伯爵軍の陣営に戻ると、俺たちはすぐに兵士へ声をかけ、伯爵への取り次ぎを頼んだ。護衛任務完了の報告だと伝えると、兵士は心得たように頷き、天幕の奥へと駆けていった。
しばらくして、天幕の中へと通される。ハインリヒ・バロメア伯爵は、机の前で書類に目を通していたが、俺たちの姿を認めると、手を止めた。
「護衛任務、無事完了しました」
マリーがそう報告すると、伯爵はゆっくりと椅子に背を預けた。
「聞いたぞ。第二王子に、直接褒美をねだったらしいな」
マリーの肩が、僅かに強張った。
「これで、セドリック王子の事を王家に文句を言えなくなったな」
「……申し訳ありません」
マリーが頭を下げると、伯爵は口の端を僅かに緩めた。
「冗談だ」
伯爵はそう言うと、書類を机に置き、改めてこちらへと向き直った。
「このまま行けば、今回の戦はこちらの勝ちだ。少なくとも砦はじきに奪還されるだろう。我がバロメア家は、功績も十分すぎるほど上げた」
「おめでとうございます」
マリーがそう返すと、伯爵は片眉を上げた。
「他人事のように言うが、お前達の事だぞ」
「……?」
マリーが戸惑ったように首を傾げる。伯爵は、少し声を落として続けた。
「ここからは、他言するなよ」
一拍、間を置いてから、伯爵は言葉を継いだ。
「お前達が二日連続で、補給部隊を護衛ごと殲滅しただろう。しかも、こちらは無傷でだ。それが砦に伝わり、あちらは大混乱している」
伯爵の口元に、皮肉めいた笑みが浮かんだ。
「物資が来ないところに、逃がした御者が、暗闇から襲いかかるお前達の恐ろしさを言って回ったらしい。おかげで補給部隊の護衛の数は四倍以上に膨れ上がり、それが向こうの補給線を圧迫している。士気も下がり脱走者も出る始末だ。今後は堅実に戦えば、ほぼ勝てる状況だ」
伯爵はそこで一度言葉を切り、値踏みするような視線をこちらへ向けた。
「そこにきて、王族の救出、さらに第五王子による特別遊撃隊隊長の引き抜きだぞ? これ以上は、周りから恨まれるわ」
苦笑混じりにそう言うと、伯爵は肩をすくめた。
「他の貴族にも、功績を上げてもらわんとな。派閥のバランスが崩れる」
マリーは何も言えず、ただ姿勢を正して立っていた。
「というわけで、冒険者隊は帰還してよいぞ」
伯爵はそう締めくくり、椅子から立ち上がった。
「同時に冒険者による町の防衛も終わりだ。町へ、この命令書を届ける任務の終了を持って解散とする。ご苦労であった」
天幕を出た後、冒険者たちを集めて事の次第を説明した。伯爵からの解散命令を伝えると、あちこちから安堵の息が漏れた。相談の結果、翌日、全員で防衛任務についていたあの町まで戻り、そこで正式に解散することになった。
町への道中は行きと違い、冒険者たちの表情は明るい。
町に着くと、兵に命令書を渡し、その後冒険者の残留組へと解散の指示を伝えた。その日の夜は酒場で宴会となった。マリーの奢りだと伝えると、冒険者たちから歓声が上がる。
俺とラナ、ケリュネは、宿屋のオヤジに多めの金を渡し、半ば強引に従魔連れを承諾させた広めの一室で待機することにした。買ってきた夕食を部屋で広げていると、ラナがぽつりと切り出した。
「アタシは、これから何をさせられるんだ」
「色々あるが、俺達は普段、迷宮で稼いでいる。お前の装備を整えたら、一緒に潜ってもらう」
「はっ、アタシには武器も鎧も必要ないよ。アンタみたいに部屋でも鎧姿のヤツには分からないだろうね」
「好きにしろ。だが、必要になれば早く言え」
ラナは鼻を鳴らし、部屋の隅で食事を終えて丸くなって休んでいるケリュネへと視線を移した。
「要らないって。それにしても、この鹿はおとなしいね。私がそばにいると、馬なんかは怯えて言うことを聞かなくなる事があるんだ」
「その馬達は、自分より強いものが分かる分、お前より賢い」
ラナの片眉が跳ね上がった。
「ケリュネは、恐らくお前より強い」
「喧嘩を売ってるなら買うよ。下につくのは認めたが、舐められるのは気に食わない」
こちらを睨みながら低い声で唸るようにラナは言った。
「ただいま戻りました〜」
食事会から戻ってきたマリーが、上機嫌に扉を開けた。
「フンッ」
ラナはそっぽを向いたまま、それだけ返した。
姿のこともあるので、俺は一人で別室に移動した。
食事を食べながらラナのことを考える。
あいつは指輪なしで獣に変身していた。
特別な道具無しでの変身…マリーのように魔法の放出は難しいが、変身なら肉体強化のように自分にも出来るかもしれない。
指輪を使うときの魔力の動きを再現できれば、俺も指輪なしで変身できるのではないか。そう考え、指輪に魔力を込める。目を閉じ身体の魔力の動きに神経を集中する。魔力が巡り、肉体が作り替えられていくのが分かる。やがて巡っていた魔力が安定した。
目を開けて手を見ると人の手をしている。軽く声を出せば、人の声だ。
指輪への魔力を止めて変身を解く。人からオーガに変わり、体中に力がみなぎるのが分かる。
ゆっくりと息を吐き、食事を再開した。ひとまず、今日はここまでだ。焦ってどうなるものでもないだろう。
翌日、俺たちは迷宮都市バロメアへ向けて出発した。
道中、マリーがラナと話をしている。
「ラナは、食べ物何が好き?」
「肉だね」
「獣人はみんな変身するの?」
「かなり珍しいよ。少なくとも、集落では私一人だった」
「ラナは……」
言葉を継ごうとしたマリーに、ラナは「ハァ」と小さく息を吐いた。だが、それ以上何かを言うでもなく、マリーの歩調に合わせて黙って歩き続けている。
マリーはまるで気にした様子もなく、次の話題を探すように、また口を開いた。
やがて、一行はバロメアへと帰還した。
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