第四十三章 第二王子
よろしくお願いします
本隊の陣営に到着すると、荷馬車の物資と馬の引き渡しが始まった。俺たちも輸送部隊の一員として、荷下ろしを手伝う。担当の兵士に報告書を渡し、一通りの手続きが済んだ頃、セドリックがこちらへと歩み寄ってきた。
「第二王子の天幕まで、付いてきてくれないか」
セドリックは一度、天幕へと下がり、旅装束から王子らしい装いへと着替えて戻ってきた。俺たちもそのまま、王子の天幕へと通される。
天幕の入り口で、槍を持った衛兵に呼び止められた。
「武器は、こちらで預からせていただきます」
マリーが杖とメイスを差し出す。俺が棍を差し出すと、受け取った衛兵の体勢が、ぐらりと崩れた。
「うおっ……!」
咄嗟に踏ん張り、必死の形相でどうにか支えきる。マリーはその様子に、素直に驚いた顔をしていた。
天幕の中では、二十代後半ほどの男が机に向かい、書き物をしていた。整った顔立ちに、隙のない佇まい。第二王子――アルフレッドだった。
俺たちが立ったまま控えていると、側近の一人が咎めるように声を上げた。
「そこの者、ヴァンダール王国第二王子アルフレッド様の御前で、立ったままとは何事だ! 不敬だぞ!」
「良い」
アルフレッドが、ペンを止めずに答えた。
「ここは戦場だ。王宮の礼儀を持ち込むな」
「しかし……」
「俺に、恥をかかせるな」
「失礼いたしました」
側近が、すぐさま引き下がった。
ようやくペンを置いたアルフレッドは、まずセドリックへと視線を向けた。
「セドリック。よくぞ無事に戻った――とでも言うと思ったか」
セドリックの肩が、僅かに強張った。
「お前に付けた兵士は、どうした。お前の独りよがりの巻き添えで、何人死んだ」
「……申し訳ありませんでした」
セドリックが、拳を握りしめたまま頭を下げた。
「しばらく、頭を冷やせ」
アルフレッドはそれだけ言うと、今度はマリーへと目を移した。
「さて、特別遊撃隊隊長のマリーだな。活躍は聞いておる。敵の補給部隊を、少人数の部隊で奇襲し壊滅させ、捕虜の救出も行ったそうだな。バロメア伯爵は、良き部下を持っておる」
アルフレッドは、セドリックへと再び目を向けた。
「セドリックよ、これが指揮というものだ。しばらく、マリーの下に付いて学んだらどうだ」
セドリックの肩が震えた。
「……失礼します」
短くそう告げると、セドリックは足早に天幕を出ていった。
「はぁ……少しは、いい薬になっただろう」
アルフレッドは息を吐き、それから改めてマリーへと向き直った。
「改めて、王族の救出、よくやった。バロメア伯爵を通して、私個人からも褒美を出そう。下がってよいぞ」
礼を述べ、天幕を出る。預けていた武器を受け取った。ひとまずこれで終わりだろう。
「戦ってないのに、疲れましたね……」
マリーが小さく息を吐いた。
その時、遠くの方から騒がしい声が聞こえてきた。兵士たちの人だかりができている。
「縄を引きちぎったぞ!」「囲め!」「ぐあっ……!」
切れ切れに、そんな叫び声が響いてくる。
「あれ、何ですかね……」
マリーが眉をひそめた。眺めていると、天幕の脇に、セドリックが立っているのが見えた。彼もまた、同じ方向を見つめている。
騒ぎが、ひときわ大きくなった。兵士の一人を踏み台にするように、何かが宙へと跳んだ。
着地したのは、獣だった。黄色い体毛に黒の縞、立ち上がれば人の背丈を超えるだろう、虎に似た獣で、粗末な布を纏っている。虎は地を蹴り、一直線に走り出した。
進路の先に、セドリックがいた。
棒立ちのセドリックの頭部へ、鋭い爪が振るわれる。だがその一撃が届く直前、虎の側頭部に、赤いメイスが叩き込まれた。
虎の軌道が逸れ、地面を転がる。セドリックの頬には一筋の傷が走り、血が滲んでいた。
素早く体勢を立て直した虎が、バックラーとメイスを構えたマリーへと襲いかかる。振るわれた爪をバックラーで弾くと、盾から火花が散り、焦げた匂いが辺りに広がった。
マリーが一歩下がる。虎が追撃に踏み込む。マリーはその突進をバックラーで受け流すと、同時に体を半回転させながらメイスを虎の脇腹に叩き込んだ。
虎がよろめく。追撃をかけようとしたマリーだったが、虎の反撃がそれを阻む。鋭い爪がマリーのバックラーを叩き、衝撃で体勢が崩れた。虎がすかさず噛みつこうと迫る。
マリーは体を捻り、牙をかわす。が、完全には避けきれず、肩口を牙がかすめた。布が裂け、血が滲む。
それでもマリーは後退しなかった。逆に踏み込み、バックラーで虎の鼻先を打つ。虎が一瞬ひるんだ隙に、メイスの横振りを顎に叩き込んだ。
虎の頭が大きく弾かれる。さらに返す手で後頭部を打つ。二連撃。
だが、それでも虎は倒れなかった。体勢を立て直し、低く唸りながらマリーを睨みつける。マリーもまた、肩を押さえながら構えを解かない。
睨み合いが続く。虎の体は動かず、尾だけがゆっくりと左右に振られる。
その間に、周囲の兵士たちが包囲を固めていた。槍を構え、虎を囲む円が徐々に狭まっていく。
マリーと睨み合っていた虎は、突然その場で崩れ落ちた。体が少しずつ縮み、やがて黄色に黒のメッシュの入った髪の、虎のような特徴を残した一人の大柄な女性の姿へと変わっていく。
女は、厳重に縄で縛られ、連行されていった。
「助かったよ」
近くにいた兵士の一人が、マリーの肩を叩きながらそう声をかけた。マリーは、何がなんだか分からない、といった顔をしていた。
天幕から、アルフレッドが姿を現した。
「また、助けられたようだな」
彼はそう言うと、連れていかれる女の背中を一瞥した。
「あれは、オルドリアの獣人兵だ。強力な兵だが、特に奴には苦しめられた。獣人の捕虜は交換レートが高いから、生かして捕らえていたが……処分すべきだったか」
アルフレッドは苦い顔でそう言った。
(殺されるくらいなら、褒美にあれを貰え)
念話でそう伝えると、マリーは驚いた顔でこちらを見た。だが、小さく息を吐くと、アルフレッドへと向き直った。
「あの、アルフレッド様。先ほどの恩賞の件ですが……あの人を、私にいただけませんか」
「物好きだな。だが、やめておいた方がいい。飯を与えず、水だけで弱らせている状態で、あれだ。力を取り戻せば、お前の命はないぞ」
「何とぞ、お願いいたします」
「はぁ……。ならば、俺にあれが制御できることを示せ。できなければ、この話は無しだ」
「ありがとうございます」
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