第三十九章 従軍
よろしくお願いします
翌日、案内役の兵士を先頭に、俺たちはバロメアの町を出発した。
編成は八パーティ、総勢四十一名。六人組が三つ、五人組が四つ、三人組が一つ。そこに俺とマリーが加わる形になる。
行軍は滞りなく進んだ。重装寄りのパーティは安定した足取りで隊列を保ち、軽装寄りの連中は周囲への目配りが効いている。どのパーティも大きく劣ることはなく、全体として無難にまとまっていた。
初日の野営も、特に混乱はなかった。手慣れた者がさりげなく手を回し、慣れていない者もそれに倣う。多少のぎこちなさはあっても、滞るほどではない。
三人組のケインたちも、周囲に声をかけられながら動いていた。年長の冒険者に指示を受けつつ、火の番や荷の整理を手伝っている。
翌日も、そのまま順調に進んだ。
大きな問題もなく、目的の町へと到着する。
町は小規模で、外壁も簡素なものに留まっている。兵の数も多くはなく、心配そうな顔をした住民もいくらかいるが戦場の緊張感とは無縁の空気だった。市場は開かれ、人の往来も普段と変わらない。
一行は古びた宿のような建物の前で止まった。ここが、この町での拠点となる。建物の前で一旦解散となり、マリーとツヨシは案内の兵士に建物の中の一室へと呼ばれた。他の冒険者たちは各々の判断で解散し、荷を下ろし始めている。
「ここが今回の担当区域になる」
簡単な地図を広げながら、兵士が説明を始める。
「この町は前線から距離がある。現時点で敵軍接近の報告はない。任務は周辺の警戒と、異変があった際の初動対応だ」
そこで一度言葉を区切り、視線を巡らせた。
「ただし、大規模な敵軍が接近した場合は、防衛を優先する必要はない。住民の避難誘導を最優先とする」
町を守り切ることは想定されていないらしい。
「本日からはこの建物を拠点として使用する。持ち場の割り振りは、指揮官のあなたに任せる」
そう告げられ、説明は終わった。
部屋を出ると荷を片付けている冒険者たちに向けて、マリーは聞いたばかりの内容を自分の言葉で伝えていった。持ち場の割り振りも、各パーティの得手不得手を見ながら決めていく。少し慣れない様子だが、意外と様になっている。
その日のうちに、見張り台の位置や巡回経路、緊急時の集合場所だけが確認される。防衛線を敷くような準備はない。あくまで警戒のための配置だ。
拠点での日々の中で、マリーは暇を見つけては他のパーティの様子を見て回るようになっていた。斥候から戻った者に労いの言葉をかけ、装備の手入れに困っている若い冒険者がいれば、手が空いている時に手伝う。ただ気になったところに顔を出しているだけのようにも見えたが、次第に、マリーに話しかけてくる者が増えていった。
「ブラッディメイスは、思ったより気安いな」
そんな声が、拠点のあちこちで聞かれるようになっていた。
数日が過ぎた。
敵影はない。
斥候に出たパーティも、何も見つけてはこなかった。森も街道も、拍子抜けするほど静かだった。
最初こそ張り詰めていた空気も、次第に緩み始める。
「なんだ、戦争って言ってもこんなもんか」
見回りから戻った冒険者が、肩を回しながら言った。
「ここは離れているしな。前線では王子様が千人の兵士を引き連れて戦ってるらしいぞ」
「そりゃすげぇな」
別の男が気楽に応じる。
「ま、何にしろこれで金貨五枚なら、悪くねぇな」
冒険者たちに笑いが起きる。
俺たちも暇をもて余し、俺の読み書きの練習を始めた。少々高かったが裕福な子供向けの絵本を買い、マリーに教えてもらいながら読み進める。絵本の中で英雄が光る大剣で悪竜を倒していた。
どこの世界も子供向けに考える事は変わらないらしい。
目の前にあるのは、普段と変わらない町と穏やかな日常だ。緊張を保ち続ける方が難しい。
六日目の朝、状況が動いた。
馬を飛ばしてきた伝令が、拠点の前で息を切らしながら馬を降りた。町の兵士がすぐさま駆け寄り、二言三言のやり取りの後、マリーだけが呼び出された。
しばらくして戻ってきたマリーの表情は、硬く強張っていた。冒険者たちを集め、静かに切り出す。
「前線の戦況が悪化したそうです。増援が必要とのことで……この町の警戒は最低限の人数で維持し、残りは前線へ向かいます」
ざわめきが広がる。数日続いた弛緩した空気が、一瞬で張り詰めたものへと変わった。
マリーは各パーティの装備を見比べながら、身軽に動ける者を選んでいった。重装備で隊列を組む者たちは町に残し、機動力のある者たちを前線へ――そういう判断だった。
俺たちと、ケインたち三人組を含む四パーティ、二十名が選ばれた。残る四パーティは町に留まることになる。
「姉御、俺たちも行くのか」
ケインが少し緊張した面持ちでこちらを見た。マリーは短く頷いた。
「はい。今日の午後には出発します」
出発の準備は慌ただしく進んだ。荷を整理し、余分な食料や装備を町に残す組へと預けていく。マリーはメイスと杖を確認し、俺は棍を担ぎ直した。ケリュネの背にも、最低限の荷だけを積み直す。
「気をつけろよ」
町に残る側の冒険者の一人が、そう声をかけてきた。表情には、安堵と、後ろめたさが入り混じっているように見えた。
昼を過ぎた頃、冒険者と兵士の前線へ向かう一行が町を出た。案内役の兵士が先頭に立ち、足取りは行きよりも速い。誰も無駄口を叩かなかった。
日が傾き始めた頃、街道を外れた開けた場所で野営の指示が出た。焚き火は最小限に抑えられ、見張りの数もこれまでより厚く配置される。夜の森からは、遠くかすかに、獣とも判別のつかない鳴き声が響いていた。
「明日には、伯爵様の本隊と合流する」
案内役の兵士が、火のそばでそう告げた。
「本隊は既に前線近くまで進出している。合流後は、伯爵様の指揮下に入ることになる」
マリーは黙って頷いた。焚き火に照らされたその横顔には、これまでの野営にはなかった硬さがあった。
俺はマリーの隣で、静かに炎を見つめていた。今までの警戒任務とは、明らかに質が違う。ここから先は、誰かが死ぬかもしれない。
翌朝、まだ薄暗いうちに野営を畳み、一行は再び歩き出した。
昼を過ぎた頃、遠くに大規模な陣営が見えてきた。無数の天幕が並び、旗が幾つも風にはためいている。近づくにつれ、金属の擦れる音や、馬のいななき、怒鳴るような指示の声が耳に届くようになった。
案内役に導かれ、陣営の中央――ひときわ大きな天幕へと向かう。天幕の前には、見覚えのある恰幅の良い男が、地図を前にして立っていた。
ハインリヒ・バロメア伯爵その人だった。
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