第三十六章 指輪の検証と割れた杖
よろしくお願いします
「紅蓮よ、灼き尽くせ!」
マリーが呪文を唱え、枯れ木のような魔物が燃え上がる。
二十階の門番を初めて突破してから、二週間が経っていた。十一階から十九階までは崩れた瓦礫や朽ちた祭壇が点在する遺跡然とした造りだったが、門番の階を越えて二十一階に降りた瞬間、視界が一変した。
石造りの通路が途切れ、代わりに広がっていたのは薄暗い森だった。地面には枯れ葉が積もり、頭上には灰色に発光する石が、まるで月明かりのように林の隙間から差し込んでいる。木々は明らかに生きていない――幹も枝も、白骨のように白く乾いていた。
ここでは枯れた木の魔物と、その根元に潜む骨の狼の群れに遭遇した。森の階層は目印もなく方角が分かりにくい。階段の場所は同じでも、木の生える場所は毎回変わり、地図作成が出来ない。苦肉の策として、棍で枯れた木をなぎ倒しながら直進するという方法で迷う事は防いでいるが、探索する速度が遅く時間切れとなる。現在は22階を探索しながら有効な策を考え中だ。
「今日はクレアさんの所でしたね」
少し早めに切り上げた迷宮からの帰りにマリーが楽しそうに言う。
今日は二週間前にクレアに依頼した指輪の検証結果を聞く予定だった。
「あぁ、いらっしゃい」
店に入るとクレアが出迎えた。
「預かってた指輪だけど、大した事は分からなかったよ。正直、これでお金もらうのが申し訳ないね」
クレアはそう言うとカウンターの裏から1枚の羊皮紙と指輪を取り出した。
マリーが受け取った羊皮紙を読み上げる。
・指輪に魔力を通すと男に変身する。背の高さや体重はかわらない。
・変身する見た目は毎回同じ。
・1日1時間使える。合計1時間まで何度も使える。
・戻る時は戻るように念じると指輪を付けたままでも戻る。
・変身中に時間が切れると勝手に元に戻る。
・指輪を外すと元に戻る。
・力の強さや器用さに変わりは無いが、動きに違和感がある。
・どの指につけてもフィットする。
「あくまで、私が試した結果だよ」
クレアがそう補足した。
(店の裏で試すぞ)
マリーに念話で伝え、クレアに許可をもらうと三人で裏庭に移動しさっそく試す。まずマリーに試すように言うと嫌そうな顔をしたがしぶしぶ指輪を付けた。以前と同じように引き締まった男性に変わる。変身後、マリーが棍を持ち上げてみると少しだけ持ち上がった。
「マリーが使うと、元より少し力が強くなるね。次はツヨシにつけてもらっても良いかい?」
クレアがそう言うと、マリーは俺に指輪を差し出した。
籠手を外して指輪を受け取る。どう見ても俺の指には入る大きさではない。だが、指を通してみると、指輪は静かに広がり、俺の指に合わせるように形を変えていく。
やがて動きが止まると、まるで最初から俺のために作られていたかのように、違和感なく収まっていた。
兜を外し指輪に魔力を込める。身体中に魔力が巡り肉体が作り替えられているのが分かる。やがて巡っていた魔力が安定すると体が一気に重くなる。鎧がまるで拘束具のようだ。
俺の姿を見てクレアが
「相変わらず恐ろしい顔だね。でも、人間にしか見えない。次は、その棍をツヨシに持ち上げてさせて」
とマリーに言った。
棍は信じられないほど重くなっていた。持ち上げることはできるが、とてもこれで戦える重さではない。
その後もいくつか試した結果、新たに分かったことがある。この指輪を使って変身すると、魔法がほとんど使えず、人間の兵士程度の力を得られるということだ。その強さには、いくらかのばらつきがあった。何が違いを生んでいるのかは、最後まで分からなかった。
クレアの店を出て冒険者組合へ向かった。
中に入ると、こちらに向かって少年が走ってくるなり、
「お疲れさまです、姐御!」
と言った。ケインという名のこの少年は、以前マリーに偉そうに絡んだ挙げ句、手も足も出ずにやられて以来、こうしてマリーに懐いている。
組合に併設された酒場には、いつもの顔ぶれが揃っている。マリーの姿を見つけた誰かが、
「おっ、今日は奢りの日か!」
と声を上げた。マリーは苦笑いしつつ酒場の店員に、
「皆さんに何かつまむものを。それと、新人の今日の食事代は私が持ちます」
と伝えると、換金の窓口へと向かった。後ろで歓声が上がった。
今日もまた俺たちはダンジョンを探索していた。
ケリュネの背から荷を下ろし、俺たちは扉の先へと踏み込んだ。敵は二十階の門番――槍持ち、剣盾持ち、そして骨の馬に跨る騎士のスケルトンだ。二十二階を主戦場とする今の俺たちにとって、この階層は既に通過点でしかない。
「鎖縛!鎖縛!鎖縛!」
「紅蓮よ、灼き尽くせ!」
マリーが連続で呪文を唱え、体長約五メートルの槍持ちのスケルトンが赤々と燃え上がっていく。いつも通りの手順で、二十階の戦いは進んでいく。
拘束を引きちぎった騎士が、こちらへと突撃してくる。マリーが咄嗟に杖を構え直した。
「鎖縛!」
放たれた光の鎖が、騎士の馬の脚へと絡みつこうとした、その瞬間だった。
パキン、と乾いた音が響いた。杖の先端が真っ二つに割れて、裂けている。
「あっ……!」
マリーが驚いた声を上げた。だが魔法はぎりぎりのところで発動しており、馬の脚には確かに絡みついている。俺は燃える槍持ちの鎧ごと棍で粉砕し、剣盾持ちと対峙した。
(大丈夫か)
「はい、行けます!」
念話で確認し、剣盾持ちへ渾身の力を込めて棍を振るう。相手の盾と棍がぶつかり、盾が弾かれる。そのまま連続で棍を振るい、滅多打ちにして剣盾持ちを倒した。すぐに反転し、騎士タイプの背後から襲いかかる。こいつはスピードの乗った突撃が脅威だが、足を止めていれば大したことはない。そのまま、マリーとケリュネと三人で囲み、最後の門番を倒した。
戦いが終わり、静かになった部屋の中で、俺はマリーの手にある割れた杖を見た。
(杖を買うぞ)
念話でそう伝えると、マリーは頷きながらも、少し情けなさそうな顔をしていた。
サークルを使用して地上へと戻り、俺たちはクレアの店へと向かった。
「いらっしゃい。今日は鎧の調整かい?」
少し汚れた俺の鎧をみてクレアが声をかけてきた。
「いえ、杖が壊れてしまって。見てもらえますか?」
クレアが杖を見る。
「あー、ここまで壊れてたら専門外だ。魔法屋で見てもらいな」
場所を教えてもらい礼を言って店を出てから、魔法屋へと向かった。
通りの奥まった場所に、こぢんまりとした店構えが見えてきた。看板は色褪せ、扉の脇には小さな杖の意匠が彫り込まれている。扉を押し開けると、狭い店内に、老婆が一人座っていた。
「いらっしゃい、何をお探しだい?」
「今使っている杖が壊れたので、新しい杖が欲しいんです」
老婆はため息をつきながら言った。
「あのねお嬢ちゃん、魔法の杖は大切に使えば孫の代まで使えるんだよ。最近の若いのは、やたらと乱暴に扱って困ったもんだよ。ほら、壊れた杖を出しな。似たようなのを見繕ってやろう。まったく……」
ぶつぶつ言いながら、カウンターから出てくる老婆。マリーが出した杖を受け取ると、目つきが変わった。
「これは……魔力の過剰流入による負荷で破損している。初心者用の杖ならまだしも、中級用の中でも比較的頑丈なこいつが割れることなんてあるかね。だが、古い感じもないし、外から強い力が加わった跡もない。うーん……」
老婆はぶつぶつと呟き続けている。
「あの……」
「ああ、すまないね。杖を選ぶ前に、どんな魔法を使うか教えておくれ」
「鎖縛と、火球です」
「ちょっと待ってな」
そう言って、老婆は店の奥から箱に入った杖を持ってきた。
「こいつは一見すると、一般的な魔杖樹から切り出した杖に見えるが、西の方にある魔の森に住むトレントという魔物から削り出した逸品だよ。普通の木の杖じゃお嬢ちゃんの魔力に耐えられないが、これなら問題ない。魔法との相性も良いし、使い心地も今までとそこまで変わらないはずさ。まぁ、少し値は張るがね」
値段を見たマリーが少し顔を引きつらせつつも新しい杖を買い求め、宿へと戻った。
宿へ入ると受付にいた主人が、少し改まった様子で声をかけてきた。
「お帰りなさい。実は、伯爵様のお屋敷から、使いの方がお見えになりまして」
マリーの肩が、目に見えて強張った。
「明日、いつでも良いので屋敷まで来るようにとのことです。書状を、お預かりしています」
差し出された書状を、マリーは震える手で受け取った。以前、無理やりに従魔契約の破棄を迫られた事を、嫌でも思い出させる。
(……いつでも街を出られるよう準備をしておけ)
念話でそう伝えると、マリーは硬い表情のまま、小さく頷いた。
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