第三十四章 二十階、そして
よろしくお願いします
十階の門番を越えてからというもの、俺たちは二日に一回、ダンジョンへと通うようになった。
十階までは最短ルートで進み、門番を倒してから先へ進む。十一階から先は、地図が無いので迷わないよう慎重に進む。道幅はさらに広くなり、これまでの整然とした通路とは違って崩れた瓦礫や、朽ちた祭壇の跡らしきものが目立つようになった。出てくるスケルトンの装備も、鎧を纏ったものへと変わっていく。
十三階では、初めて騎乗したスケルトンの一団と遭遇した。骨の軍馬に跨がり、隊列を組んで突撃してくるそれを、俺とマリーとケリュネで各個撃破した。十六階からは、暗闇の中で声もなく忍び寄る影狼のようなアンデッドが増え、ケリュネの警戒能力が真価を発揮するようになった。
俺の攻撃範囲の不足を補うため、クレアの店を訪れ、柄まで金属で出来た槍を試しに使ってみたが、十階門番の槍と打ち合ったらこちらの槍が曲がってしまった。俺が近距離で倒す間に、マリーが魔法で敵を攻撃する。一回の探索で鎖縛と火球を合わせて三十発までと決めているので、十六階から先へは進めなかった。
少しずつ実力を伸ばしつつも、攻略はそこから二ヶ月ほど足踏み状態だった。そんな時、十六階で二度目の魔法武器を手に入れた。骨の中から現れたのは、俺の身長よりやや長い金属の棒だった。装飾はなく、全体的にざらざらしており、滑り止めの役割をしている。握るだけで少しずつ魔力が吸われるが、以前の魔法剣のように燃えたりはしない。ひとまず、戦闘の邪魔なので、ケリュネに乗せる。
するとマリーから、
「ケリュネが重たいと言ってます」
と言われた。仕方なく、自分で持って移動する。
今日もタイムリミットだ。十階のサークルから一階へと移動し、外に出る。換金はせずに、そのまま街の中へと進んだ。しばらく、この換金所は使っていない。
クレアの所に寄り、金属の棒を見せて意見を聞く。
「これが十六階で出たんですが」
マリーがそう言って、俺が棒をクレアに渡す。
「どれどれ……っ!」
クレアは支えきれずに、棒を落とした。床と棒がぶつかって、重たい音がする。
「こいつはすごいね」
そう言ってクレアはしゃがみ、棒に触れた。
「魔力を流したら軽くなるかと思ったけど、無理だね。ちょっとツヨシに持ち上げてもらって良いかい?」
そう言われて、クレアの視線の高さまで持ち上げる。クレアがまじまじと観察しながら答えた。
「これは金属の棍だね。魔法はおそらく硬化。ようするに、固くて長い棒だね」
続けてクレアは、申し訳なさそうに買い取れない事を伝えてきた。さすがに、自分で持ち上げられないものを売ることは出来ないらしい。
クレアの店を出て、そのまま組合へと進んだ。組合では魔石を売り、その金でマリーが冒険者たちにつまみを奢っていた。以前奢ったのが、少し楽しかったらしい。
あちらこちらで、
「ブラッディメイスのマリーに乾杯!」
「ブラッディマリー万歳」
「血濡れのマリー、ありがとう」
と声が聞こえる。十階を越えた一件以降、マリーにはブラッディメイスの二つ名がついていた。そのまま宿に戻ると、次の探索のためにゆっくりと休んだ。
魔法武器の棍を手に入れて、探索は劇的に進んだ。十階の門番戦では、槍持ちと打ち合えば槍を弾き飛ばし、盾持ちに渾身の突きを放てば盾を弾き飛ばした。快進撃を続けて一月後、ついに二十階の門番へと辿り着いた。
大きさは十階のスケルトンと同じ、五メートルほど。鎧を着込んだ槍持ちと剣盾持ち。さらに、骨の馬に乗る騎士タイプで、チャージランスを持ったスケルトンの三体だった。
ケリュネの荷物を下ろし、ケリュネがマリーの護衛につく。マリーはその場で魔力を練ると、連続で鎖縛を撃ち込んだ。
「鎖縛! 鎖縛! 鎖縛!」
スケルトン三体の脚に光の鎖が絡みつく。そこですかさず、槍持ちのスケルトンに火球を撃ち込んだ。このあたりの階層になると、鎖縛無しでは遠距離からの火球は盾や槍で防がれる。俺は素早く駆け寄り、燃え上がる槍持ちを棍で粉砕した。
剣盾持ちと騎士が鎖縛を引きちぎり、こちらへと迫る。
「鎖縛!」
マリーの魔法で、骨の馬の足に鎖が絡みつく。俺は騎士をマリーに任せて剣盾持ちへ駆け寄ると、勢いを利用して渾身の突きを見舞った。ガキン、と耳をつんざくような音が鳴り、スケルトンと俺が共に吹き飛んだ。
受け身を取り、素早く起き上がる。鎖縛の重ねがけで動けない騎士を無視して、剣盾持ちへと近づく。やっと起き上がったばかりの脳天に、棍を振り下ろした。
騎士の方を向くと、骨の馬ごと燃え上がっていた。そのまま見ていると、やがて騎士スケルトンはバラバラと崩れ落ちた。魔石を回収し、骨を見渡す。魔法武器が無いか探すが、何も無い。
このまま部屋の探索をするか考えていると、マリーから、
「あっ」
と声が聞こえた。
(どうした)
「これ……」
マリーの手には、シンプルな銀色の指輪が乗っていた。
指輪を受け取り、籠手越しに魔力を通してみたが、何も起きない。マリーも試しに指輪をはめて魔力を流す。途端に、マリーの全身に魔力が巡った。瞬きほどの間に、マリーは引き締まった体つきの若い男の姿になっていた。
背丈はほとんど変わらないが、装備の間から見える首や手が太くなり、ゴツゴツしている。急な変化に、ケリュネが警戒するように一歩下がった。
「何か、ブーツが急にキツくなりました……あ、声も、何か変です」
若い男の声で話すマリーに、俺は指輪を外すように伝えた。マリーは何が起きたのか、よく分かっていないようだった。
二十階にもあったサークルを使い、地上まで戻ると、そのままクレアの店に行く。棍は店では邪魔なので、店の前に置いてから中へ入った。マリーがクレアに指輪を見せて意見を聞く。クレアは、自分もそこまで詳しいわけではないと前置きしてから話し始めた。
「魔法武器の中でも、指輪は分かりにくい物が多いんだ。聞いた話では、半分くらいは効果が分からないらしいよ。力が強くなったり、魔法の威力が上がったりは聞いたことがあるけど、声が変わったり靴がキツくなるのは聞いたことがないね」
マリーはクレアと相談して、店の裏庭で色々試す事になった。ブーツを脱ぎ、裸足で地面に立つと、指輪を嵌めて魔力を流す。全身を魔力が巡り、マリーは再び若い男になった。クレアが驚きに目を見開いた。
(マリー、メイスを振って違いを確かめてみろ)
俺の指示に、マリーはメイスの素振りを始めた。
「あ、少しですけど……メイスの振りが、スムーズな気がします」
驚愕から立ち直ったクレアは、マリーから指輪とメイスを受け取り、自分も使ってみた。変化したクレアは、マリーの時とは少し違った顔つきの男になった。驚くマリーを見て少し笑うと、メイスを素振りする。
「そこまで変わりないね」
そう言って、指輪をマリーに返した。
「マリーも見た通り、男に変身する指輪みたいだね」
そう締めくくった。
宿で休んでから組合へ行き、ベテラン職員を呼んで、個室で魔石を出した。
「まさか、これは……」
震える手で魔石を確認する職員に、そのまま換金してもらう。併設の酒場でマリーが奢り、冒険者たちが沸く。もう見慣れた風景だ。
俺は死んで化け物として生まれ変わってしまった。人の世で二度と過ごせないと思った。だが、マリーと出会ってから希望が見えた。最初は弱く何も出来ない村の子供だと思っていたが……
あの指輪が俺にも使えたら、行動の自由は更に広がるだろう。美味しい食事と柔らかいベッドもある。マリーはもう信頼出来る仲間だ。街の顔見知りも増えた。
見上げた夕焼け空は晴れ渡り、雲一つない。
また貴族に目をつけられるかもしれない。ダンジョン攻略に行き詰まるかもしれない。それでも、マリーとケリュネがいれば乗り越えられる。
「ツヨシさん、行かないんですか?」
マリーに声をかけられ、俺は前を向き、歩き出した。
本編第一部はここまで。
次の幕間で第一部完となります。




