第二十四章 ダンジョン街バロメア
よろしくお願いします
バロメアは、これまで見てきた街とは、少し様子が違っていた。
ダンジョンの周りには、数件の宿屋と飯屋、それに手入れを専門とする鍛冶屋が並んでいる。少し離れた場所には兵士の簡易宿舎があり、そこからさらに離れた先に、本来の街並みが広がっていた。この一帯を治めているのは、バロメア伯爵家だという。
まずは街の中心にある冒険者組合の本部へと向かった。
「他所の街で登録した冒険者証があるんですが……」
マリーが受付にそう伝えると、職員の女はそれを確認しながら頷いた。
「はい、冒険者証自体は国内共通です。ただ、ここのダンジョンに潜るなら、別途ダンジョン許可証が必要になります」
「許可証、ですか?」
「はい。一枚目は無料で発行できます。それ以降は、納品した魔石の量と質に応じて、許可証のランクが上がっていく仕組みです。ランクが上がれば、買い取り価格が優遇されたり、装備の割引が受けられたりと、多少の特典もつきますよ」
職員はそう説明しながら、慣れた手つきで書類を用意していく。
「随分と丁寧な仕組みですね」
マリーが感心したようにそう漏らすと、職員は苦笑した。
「まあ、それだけこのダンジョンが人気がないってことですよ」
「人気が、ないんですか?」
「ええ。ここは……ちょっと特殊でしてね」
職員は声を落とし、少し言いにくそうに続けた。
「出てくるモンスターが、アンデッドに限られてるんです。各種スケルトン、それにゾンビ犬なんかが多いですね」
「アンデッド……」
マリーの声が、僅かに強張った。俺は横で聞きながら、内心で興味を惹かれていた。ゴーレムのように鉱石を落とすわけでもない、腐臭を纏った死者の群れ。稼ぎにくいだろうことは、想像に難くない。
「気味悪がる方が多くて、なかなか人が寄り付かないんですよ。稼ぎもそこそこあるにはあるんですが、精神的にきついって声はよく聞きます。だから組合としても、こうやってランク特典なんかで、少しでも潜ってもらえるよう工夫してるってわけです」
職員はそう言いながら、出来上がった許可証をマリーへと差し出した。
「お二人は、他所から来られたんですよね。もし興味があれば、まずは浅い階層から試してみるといいですよ。慣れれば案外、稼ぎやすい狩場だという冒険者もいますから」
マリーは許可証を大事そうに受け取り、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
組合を出ると、マリーは許可証を懐にしまいながら、少し複雑そうな顔をしていた。
「アンデッドかぁ……、大丈夫かな……」
呟くように零れたその声には、隠しきれない不安が滲んでいた。俺はそれを黙って眺めていた。実際に相対してみるまでは、本人にも分からないだろう。
宿探しは、魔獣連れでも受け入れている一軒にすぐ決まった。ケリュネを裏の小屋に預けると、俺はマリーに向けて念話を飛ばした。
(組合の資料室で、ダンジョンについてもっと詳しく調べてこい。俺は少し街を見てくる)
「え……一人でですか?」
マリーが驚いたように目を見開いた。少し心配そうにしていたが、鎧姿をみた後で小さく頷いた。
「分かりました。気を付けて下さいね」
宿を出て、俺は久しぶりに一人で通りを歩いた。人間の街を、誰にも手を引かれず、自分の意思だけで歩く。それだけのことに、妙な満足感が込み上げてくる。
屋台の並ぶ通りに差し掛かると、香ばしい匂いに誘われるまま、いくつかの店先で足を止めた。串焼き、揚げた芋、蜂蜜を絡めた木の実――声は出さずに指差すだけで、店主たちは慣れた様子で品物を渡してくれた。デカい客に驚きこそすれ、無闇に怯えたりはしない。ダンジョンの街だけあって、変わった風貌の冒険者にも慣れているのだろう。初めて人の町で食事をしたときはフォークを歪ませて何とか食事をしていたが、今では財布から銅貨を三枚ほど器用に取り出すことができる。成長しているのはマリーだけではない。
買い込んだ食べ物を手に、俺は満足しながら宿への道を戻った。
その夜、マリーは宿の食堂で夕食を摂り、俺は買ってきた品を部屋で平らげた。腹が落ち着いたところで、マリーが組合で調べてきた内容を、改めて詳しく聞くことにした。
「聞いていた通り、やっぱりアンデッドばかりのダンジョンでした」
マリーは持ち帰ったメモを広げながら、順を追って説明を始めた。
「地下一階は、広いフロアになっていて……通路とか小部屋みたいな区切りはなくて、等間隔に柱が並んだ大部屋なんだそうです」
「そこにいるスケルトンは、武器を持ってないみたいで。ただ徘徊してるだけらしいです」
倒すとバラバラに崩れ、背骨の中から小さな魔石が出てくるという。だが、純度の低い、いわゆるクズ魔石らしく、組合では買い取りの対象にならないそうだ。
「一階は、正直あまり稼ぎにならないみたいです」
マリーは少し困ったような顔でそう付け加えた。
「地下二階からは、迷路みたいに入り組んだ地形になるそうです。スケルトンも、そこからは武器を持って出てくるみたいで」
二階では基本的に一体ずつの遭遇らしいが、潜るほどに数が増え、五階になると四体が連携して襲いかかってくるという。
「五階は、たまに兵士の人たちが訓練で使うこともあるみたいで……一般の冒険者はその階での狩りは禁止になることもあるそうです」
マリーはそう言って、メモから顔を上げた。
「明日からさっそくダンジョンに行きますか?」
俺はどうするか考えた。しかし、いくら情報を集めても、一度戦ってみないと分からないこともある。
(まず二階から様子を見よう。稼ぎより、まずは戦い方の勝手を掴む方が先だ)
「分かりました」
マリーは頷き、メモを丁寧に折り畳んで懐にしまった。窓の外は、すっかり暗くなっていた。明日には、いよいよこのダンジョンへと足を踏み入れることになる。
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