第二十二章 逃避行
翌日の朝早く、旅の用意を済ませたマリーとケリュネが森へやって来た。マリーは組合で見せてもらった地図の記憶をもとに、この街と二つのダンジョンについて説明を始めた。
ここはヴォルカン伯爵領といって、王国の西端に位置している。王国の南西には、馬車と徒歩を合わせて四、五日ほどで着く中規模ダンジョンの街、フェルンハイムがあるという。もう一つ、南東の遠方には、十日以上かかる別の中規模ダンジョンの街があった。バロメアという名前らしい。
「近い方のフェルンハイムでも五日かかりそうです。どうしますか?」
マリーには、別れてからここまでの経緯を大まかに伝えてあった。五日も離れた街なら、そうそう見つからないとは思うが、伯爵家の力がどれほどのものかは分からない。そもそも、ゲイルの件がどれくらいで発覚するだろうか。
――伯爵家の息子は、今日には帰る予定だったはずだ。そこから事が発覚し、調査が行われるまでには、数日はかかるだろう。
(ここからまずフェルンハイムの方向へ馬車で向かう。フェルンハイム近くで、バロメア方面に進路を変えるぞ)
俺がそう伝えると、マリーは真剣な面持ちで頷いた。伯爵家がどう出るかは分からない。こちらが犯人だという証拠は残していないつもりだが、できる工作はしておくべきだろう。
細かな段取りを確認し、俺たちは森を発った。エルバスタには入らず、近くの町まで行き、そこから出る乗合馬車に乗る予定だ。エルバスタが遠くに見える頃、マリーは一度だけ立ち止まり、街を振り返った。名残惜しさが、その横顔に滲んでいる。
(行くぞ、マリー)
念話でそう呼びかけると、マリーは弾かれたように前を向いた。
「はい!」
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、声には僅かな上機嫌さが混じっていた。
夕方、乗合馬車の通る町に到着した。馬車組合で確認すると、基本的に領一番の街から隣の領地の街まで、いくつかの町を経由しながら行き来しているらしい。ここはバロメアから数えて二番目の乗合馬車の駅がある町だという。その日は保存食を少し買い込み、宿で体を休めた。
翌朝、部屋で朝食を済ませた俺たちは、町の端にある乗合馬車の駅へと向かった。
駅員はケリュネを見て、少し困った顔をした。
「この大きさの魔獣は馬車には乗れないけど、大丈夫かい?」
それから俺を見て、続けた。
「お兄さんはデカいね! 十人乗りの馬車だけど、ちょっと狭くなっちゃうかもしれないね」
俺はマリーに、念話で四人分の料金を支払うよう伝えた。
「あの、ご迷惑をおかけします。これ、料金です……」
渡された料金を見て、駅員はすぐに笑顔になった。もうすぐ馬車が来るから、待っているようにと告げられた。
やって来たのは、十人乗りの幌馬車二台編成の乗合馬車だった。俺たちは二台目に乗り込む。護衛は馬車の中に二人、外に二人の計四人。外の護衛はそれぞれ馬に乗り、一人は先行して安全確認を行い、もう一人は後方についてくる。後方の護衛が、傍らを並走するケリュネに目を丸くし、僅かに馬を怖じ気させていた。
日が沈む頃、馬車は隣の領地の終点に到着した。
「隣の領地まで行くなら、明日の日の出前にここへ来て」
駅員はそう告げ、料金を先払いで受け取ると、受領の札を渡してきた。明日、馬車の駅員にこれを見せるようにという。町の規模によっては馬車が一台だけになったり、毎日出ないこともあるらしい。
終点がフェルンハイム行きの馬車は一台、護衛は三人だった。行商人らしき壮年の男や、荷物を抱えた老夫婦、旅装束の若い冒険者風の男女など、他に七人の客が乗り合わせていた。俺の巨躯が乗り込んだ時こそ小さくどよめきが起きたが、道中は皆思い思いに居眠りをしたり、小声で世間話をしたりと、じきに落ち着きを取り戻していた。
そんな折、街道の先に盗賊の一団が姿を現した。
対する盗賊は、見える範囲だけでも五人。粗末な革鎧に、使い込まれた武器を手にした男たちだった。馬車の中は一気に凍りついた。老夫婦がしっかりと抱き合い、行商人は青ざめた顔で荷を抱え込む。護衛の冒険者たちは、それでも動じることなく即座に応戦した。剣を交わす音と怒号が飛び交い、拮抗した攻防がしばらく続いた。
(ツヨシさん……)
マリーが俺に目で訴えかけてきた。
(行ってこい)
念話でそう返すと、マリーは頷き、馬車の陰から飛び出した。
(お願い、ケリュネは周囲の警戒に回って)
マリーが自分の使い魔にそう呼びかけると、ケリュネは素早く馬車の周囲を巡り始めた。俺は座ったまま、腕を組んでその様子を眺めることにした。ここは動く必要もない。
マリーは早さ重視の省略詠唱で、次々と拘束の魔法を放っていく。護衛と斬り結んでいた盗賊のうち三人の足元から光の鎖が伸び、足から腰までを瞬く間に絡め取った。動きを封じられた男たちを、護衛の冒険者たちが確実に打ち倒していった。以前の呪符とは比較にならない拘束力に、盗賊たちは満足に体勢を立て直すこともできない。マリーは冷静に的を見極め、次々と鎖を放ち続けた。盗賊たちが倒れる中、突然森の奥から、短い悲鳴が響いた。
「ぐぁあっ――!」
しばらくして、ケリュネが森から悠然と姿を現した。角の先に、赤黒い血がこびりついている。隠れてこちらを狙っていた一人を、仕留めてきたらしい。
戦闘が収まると、護衛の一人が武器をしまいながら、マリーに向かって話しかけた。
「助かったよ、ありがとう。本来なら装備や懸賞金は、加勢した分だけ等分するところだが……」
護衛はそこで少し言葉を切り、マリーの顔を窺うように続けた。
「あんたたち、フェルンハイムにしばらく居るのか?」
「えーっと……」
マリーが言葉に詰まり、こちらをちらりと見た。
(予定変更だ。フェルンハイムにまで行ってから進路を変えるぞ)
念話でそう伝えると、マリーはすぐに言葉を継いだ。
「フェルンハイムまでは行きますが、あまり長くは居ません。……あの、分配はいいので、良かったらダンジョンについて教えてもらえませんか?」
「分かった。フェルンハイムのダンジョンしか知らないが、それで良ければ教えるよ!」
護衛は快く応じ、道中の空いた時間を使って、フェルンハイムのダンジョンについて語り始めた。




