第二十一章 再会
よろしくお願いします
夜空の月を目印に夜通し、森の中を街の方へと進んだ。頑強な体に金属の鎧を纏っていることもあり、多少の気配なら軽く警戒する程度で、いちいち止めを刺さずにやり過ごしながら歩を進めていく。
ふと、何か違和感を覚え、一度立ち止まった。次の瞬間、足から胴体、そして首へと一気に何かが巻き付いてくる。音も気配もなく忍び寄っていたらしい――太さは俺の腕より一回り大きく、全長は十メートルを超えるだろう、闇に紛れる黒褐色の鱗を纏った大蛇だった。
締め上げる力は相当なものだった。鎧の継ぎ目が軋み、金属が悲鳴を上げる。俺は迷わず体ごと近くの大木へと突っ込んだ。衝撃でたまらず大蛇の巻き付きが一瞬緩む。その隙を逃さず、力任せに蛇を引き剥がし、地面へ叩きつけた。
大蛇はこちらを見つめた後、暗闇の森の奥へと消えた。大蛇の消えた方を睨みつける。あの程度で諦めるような強さではなかった。しばらく無音が続く……次の瞬間、左手側の死角から気配無く再び飛びかかってきた。大きく開いた口から、鋭い牙が覗く。俺は一歩下がると、両手でその上下の顎を掴み、動きを止めた。
再び胴に巻き付いてくるのを構わず、俺は力を込め、そのまま力任せに顎を上下に引き裂いた。ミチミチと音を立てて口を裂かれた蛇は、しばらくその場でのたうち回っていたが、もはや脅威ではないと放っておいて、俺は先へと進んだ。
その後も、暗闇の中からいくつかの魔獣が襲いかかってきた。昼とは違う顔を、この森は夜になると見せるらしい。
おおよその見当をつけながら歩き続け、やがて空が白み始めた。太陽の高さからして、昼前といったところだろうか。見覚えのある景色が視界に広がってきた。俺はそのまま、以前マリーが亀型の魔物を仕留めた広場へと足を向けた。あそこなら、冒険者もあまり寄り付かないはずだ。
広場に到着すると、割れた甲羅の残骸に腰を下ろし、しばし考えを巡らせた。ここまで来れば街はもう近い。だが、街に入る方法が問題だ。この鎧姿のまま門をくぐれば、注目を浴びてしまうだろう。どうやって切り抜けるか、思案を巡らせていた時だった。
不意に、人の気配が近づいてくるのを感じた。
目を向けると、警戒するように周囲を窺いながら歩く人影があった。傍らには一頭の鹿――ケリュネを連れている。マリーだった。時折立ち止まっては、薬草やキノコを摘み取っている。
鎧姿のまま、俺はゆっくりと歩み寄った。マリーがこちらに気づき、すぐさま杖を構える。
「そこで止まって下さい! 何か用ですか!」
マリーが鋭い声を発した。その声で俺はその場に立ち止まる。そのまま動かずにいると、マリーの警戒と緊張はさらに強まったようだった。
「質問に答えて!」
こちらに杖を突き出し、マリーはこちらを睨みつけた。その時、不意にケリュネが歩き出した。まっすぐに、鎧姿の俺へと近づいていく。
「ケリュネ!?」
マリーが慌てて名を呼んだ。ケリュネは構わず、角の先で鎧をコツコツと軽く叩いた。それだけ確かめると、満足したようにマリーの元へと戻っていく。
「うそ……もしかして、ツヨシさん?」
マリーの声が、僅かに震えていた。俺は兜を外した。
「――っ!」
マリーの顔が、驚きと喜びに大きく崩れた。小さく駆け出し、こちらへ数歩詰め寄る。だが、そこではっと足を止めた。
一拍の間があった。それから、マリーは杖を構え直し、両手でしっかりと握った。目を閉じ、精神を集中させるように息を整える。
「――縛鎖よ、その身を戒めよ!」
杖から魔力が迸り、足元から現れた光の鎖が、俺の四肢へと絡みついていく。あの日、水場で初めて交わした術式と、同じ言葉だった。俺はその意図を汲み取り、抗うことなく膝をついた。
「今度は……従えます!」
マリーはそう宣言すると、俺の額に手を当て、従魔の詠唱を紡いだ。繋がったパスを通じ、全力の魔力が流れ込んでくる。マリーの額に汗が浮かぶ。以前とは比較にならないほど強く、研ぎ澄まされた魔力の流れだった。出会った頃とはまるで別人のようだ。
その魔力が、俺を支配下に置こうと押し寄せてくる。だがまだまだ甘い。
俺は軽く鼻を鳴らし、流れをそっと逆流させた。ちょうど、以前と同じ――九対一の均衡になるように。
(――お前が仕掛けたのか)
念話でそう伝えると、マリーは目にうっすら涙をたたえながら笑みを浮かべた。
「はい!」
マリーが落ち着いた所で、俺が居ない間の事を尋ねた。
(ここしばらく、何か問題は無かったか)
「大丈夫です、みんな優しくしてくれましたし、ケリュネと一緒に森で狩りもしてました」
その言葉に、変に気負った様子はなかった。俺はその話を聞いてから、本題を切り出した。
(それで、他の街のことは調べてきたか)
「はい。組合の資料室で色々調べてきました。あと、エルザさんからも色々教えてもらいました」
マリーが調べたところによると、冒険者として動くならいくつか候補があるという。森沿いにある隣の領地、ヴァイス子爵領はここと同じように狩りができる。北の鉱山の街は、肉体労働の需要が高く、力仕事なら重宝されるらしい。さらに鉱山には稀に魔物が出ることもあるので、戦える冒険者は需要がある。王都を挟んで反対側にある国境の街は、定期的に小競り合いが起きているとかで、戦力になる者は歓迎される気風があるという。
「それと、この国には……ダンジョンの街も、いくつかあるみたいです」
マリーの説明によれば、ダンジョンと呼ばれる魔物が湧き出す洞穴があるらしく、国内には大規模なダンジョンを抱える街が二つ、中規模のものが二つあるという。ダンジョンそのものの規模に、それほど大きな差はないらしい。だが、内部の構造や難易度、街の運営手腕や物流の巧拙によって、栄える街とそうでない街に分かれていったのだそうだ。
「詳しくは……街の中に入って、宿で話しますか?」
マリーが伺うようにそう尋ねてきた。
(いや、人目につかない方がいい。俺はここで待つ)
俺は少し考えてから、そう答えた。
(ひとまず、中規模のダンジョンの街について調べてこい。明日の朝、ここで合流だ)
「分かりました!」
マリーは元気よく頷くと、街の方角へと足早に歩き出した。残されたケリュネは、特に気にする様子もなく、そのあたりに生えた草をムシャムシャと食べていた。
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