第二十章 森の惨劇
少し残酷なシーンがあります。
一週間後、ゲイルは兵士と魔物使い達を連れて狩りに出た。二泊三日の予定だという。ヴォルカン家とヴァイス子爵家の領境から森に入り、半日と少々進んだ場所にある秘密の野営地――そこからさらに奥まで踏み込み、魔物を狩る計画らしい。
出発の朝、ゲイルは上機嫌だった。明るい金髪を風になびかせ、鋭い目に自信を漲らせている。俺の全身を覆う鎧を一瞥し、満足げに口角を上げていた。今日のところは、俺の正体を隠したまま連れて行く算段のようだ。
合流地点には、既に子爵家の一行が待っていた。先頭に立つのは、赤みがかった髪にそばかすの浮いた顔立ちの、細身の青年だった。ゲイルと同い年らしく、気安い調子で片手を上げてくる。
「おっ? ゲイルは二匹だけか?」
「後でとっておきがあるんだ。明日の狩りを楽しみにしとけ、ロイ」
ゲイルがそう返すと、ロイ・ヴァイスは面白そうに笑った。互いの私兵が三人ずつ、小間使いが一人ずつ、荷を積んだ馬を連れている。魔物使いもそれぞれ三人ずつ。ゲイル側は俺の他に、ジャイアントスパイダーとキラーアントを連れていた。ロイ側は、以前見せびらかしたというユニコーンの他、クローキックバードと一回り大きなヤマネコを従えている。
森へ向かう一行の中、俺の傍らを歩く魔物使い、ダレンの顔は、朝からずっと青白かった。ロイ側の魔物使いの一人が、それを見咎めて笑った。
「ダレン、どうした? 顔が青いぞ? ははん、身の丈に合わない魔物と契約して、魔力ギリギリなんだろう」
ダレンは力なく笑い返しただけで、何も答えなかった。俺はその様子を横目で眺め(余計な事はするな)と命令しながら歩みを進めた。
森に入り、日が傾く頃、一行はいつもの野営地に辿り着いた。焚き火の周りに天幕が並び、魔物除けの煙が薄く立ち昇っていく。貴族二人はそれぞれ個人用の天幕で、小間使いと明日の護衛役と共に、朝までの休息を取ることになっていた。
見張りは二班に分かれていた。前半は伯爵側の兵士一人、伯爵側の魔物使い一人、子爵側の兵士一人。後半は伯爵側の兵士一人、子爵側の兵士一人、子爵側の魔物使い一人。俺とダレンは、翌日の戦闘に備えるという名目で、夜通し見張りを免除されていた。
夜が更け、後半の見張りへと交代した頃合いだった。
俺はそっと身を起こした。ダレンは天幕の隅で、震えながらも目を覚ましていた。何も言わず、俺は闇の中を音もなく進んだ。
最初の標的は、見張りに立っていた伯爵側の兵士だった。背後から口を塞ぎ、そのまま首を絞め上げる。もがく音すら森の暗闇に溶けて消えた。事切れた体を、静かに地面へと横たえる。
次に、見張りに立っていた子爵側の魔物使いへと近づいた。悲鳴を上げる間も与えず、一撃で仕留める。契約の糸が断たれた瞬間、繋がれていたクローキックバードの拘束が緩んだ。俺はその魔物を、わざと子爵側の陣営へと追い立てた。
「ギャアアアッ!」
甲高い鳴き声と共に、巨躯の鳥が鋭い爪を閃かせながら天幕の間を駆け抜けていく。悲鳴と怒号が一斉に上がった。皆の目が、暴れる鳥へと集中する。その隙に、俺はもう一体――伯爵側に残っていた別の魔物使いを、闇の中で仕留めた。解き放たれたキラーアントが、混乱の中を這い出していく。
さらに、伯爵側の魔物使いを一人始末すると、繋がれていたジャイアントスパイダーの拘束も緩んだ。八本の脚を器用に使い、地を蹴って跳躍すると、逃げ惑う兵士の一人へと躍りかかった。背中に取りつき兵を押し倒すと、そのまま首筋に牙を立てた。
野営地は、瞬く間に地獄と化した。
「おい何が……! 敵襲か!」
叫び声と剣戟の音が入り乱れる中、俺は次々と魔物使いを狙って動いた。彼らを殺せば、それぞれの主が失われ、無理やり従えられていた魔物たちの拘束が緩む。緩んだ魔物は、目の前の人間へと牙を剥く。
「おい、ダレン! どういうつもりだ! 裏切ったか!」
ゲイルの怒声が響いた。ダレンは青ざめた顔で、ただ首を横に振るばかりだった。声は出てこない。何も言えるはずがなかった。
俺に向かって振り下ろされる剣を弾き、横合いから飛びかかってきたヤマネコの爪を紙一重で躱す。返す刀で斬りかかってきた兵士の胴を殴り飛ばし、その勢いのまま、震える魔物使いの一人へと肉薄した。悲鳴が上がる間もなく、その命を絶つ。
「ぎゃあああああ!」
甲高い絶叫が響いたのは、その直後だった。振り返ると、混乱したユニコーンの角が、逃げ惑っていたロイを深々と貫いていた。かつて誇らしげに見せびらかしていた自慢の魔物が、鬱憤を晴らすかのように、目についた人間を次々と屠っていく。魔物達の鳴き声はまるで歓喜しているように聞こえた。
阿鼻叫喚が野営地を包んでいた。剣を振るう兵士、逃げ惑う小間使い、暴れ狂う魔物たち。俺はその只中を、淡々と歩き続けた。向かってくる者は殴り、逃げる者は追わなかった。人間より魔物の方が、よほど御しやすい。
少し先に青い顔をしたダレンが、腰を抜かしたようにその場に座り込んでいる。俺はゆっくりとその前に立った。
(契約は終わりだ。自由にしていいぞ)
念話でそう伝え契約を解くと、ダレンは震える体を無理やり起こし、落ちていたショートソードを拾い上げ、森の闇へと駆け込んでいった。
それからどれほどの時間が過ぎただろうか。剣戟の音も、悲鳴も、少しずつ絶えていった。野営地に立っていた人間は、誰一人として動く者がいなくなっていた。主を失った魔物たちは、次第に興奮を鎮め、一体、また一体と森の奥へと姿を消していく。
俺は倒れた私兵の一人が握っていた剣を拾い上げ、鞘に納めて腰に下げた。使い道があるかは分からないが、持っておいて損はない。
静けさを取り戻した野営地を後にし、俺は街の方角へと足を向けた。
遠く、森の奥から、男の悲鳴がかすかに聞こえた気がした。
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