第十九章 幕間・伯爵家にて
よろしくお願いします
――ヴォルカン伯爵家、執務室。
「父上、またゲイルが何かしでかしたみたいですね」
そう切り出したのは、長男のグレアム・ヴォルカンだった。父譲りの鋭い目つきに、鍛え抜かれた長身の体躯。三十を前にした男らしい落ち着きを纏いながらも、その声には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
執務机に向かっていた父――ジークムント・ヴォルカン伯爵が、白髪交じりの顎髭を撫でながら顔を上げた。恰幅の良い体に、長年領地を治めてきた者特有の貫禄が宿っている。
「ああ、平民の魔物使いから魔物を取り上げたらしい」
「なんという……父上はそれをお認めになったのですか?」
「一応、それなりの金は渡したらしい。本人は買ったと言っておった」
「まったくあいつは……」
グレアムはこめかみを押さえながら、深く息を吐いた。伯爵はそんな息子の様子を見て、ゆったりと椅子の背もたれに寄りかかった。
「ゲイルも成人すれば騎士として兵をまとめ、森に入る事になる。少しくらい血の気の多い方が、兵の人気も高くなる」
「……」
「それに、手に入れた魔物はオーガだ。そう悪くない」
「オーガなんぞ、兵士二、三人で囲めば簡単に倒せる魔物ではないですか。父上はゲイルに少し甘いのでは無いですか?」
グレアムの声には、明確な非難の色があった。伯爵は苦笑しながら続けた。
「まあ、ヴァイス家の次男坊に、ユニコーンとやらを見せつけられたのが、よほど悔しかったのだろうよ」
「ロイ君ですか……相変わらず仲がよろしいことで」
グレアムは呆れたように呟いた。ロイ・ヴァイスは子爵家の次男で、王都の貴族学校ではゲイルと同学年、二ヶ月の長期休暇でそれぞれの領地に戻っている。昔から二人でよく遊んでは悪さをしており、大人達に怒られている。いわゆる悪友だった。
「そう怒るな。私もそろそろ次の社交会の準備をせねばならん。私が領地を空ける間、任せたぞ」
「はぁ……」
グレアムは頭を抱えたくなるのを堪えながら、話を切り替えた。
「留守の間、魔の森の見回りは例年通りで?」
「ああ、頼む。近年は森も大人しいがあまり気を抜かぬようにな」
伯爵の声には、慣れた重みがあった。魔の森からの氾濫は、この地では毎年のように、大なり小なりどこかで起きる。冒険者たちを森に入れ、間引きと予兆の監視を続けているおかげで、ここ数年は大きな被害こそ出ていないが、油断できる話ではない。
「かしこまりました」
グレアムは小さくため息をついてから、深々と頭を下げた。
「お任せ下さい」
末っ子への甘さが、いつか家の名に傷をつけることにならなければいい――グレアムはそう思いながら、静かに執務室を後にした。




