第十七章 貴族の呼び出し
よろしくお願いします
ケリュネが加わってから、魔の森の探索は以前よりやり易くなった。今までは戦いになれば荷物を下ろして戦っていたが、荷物を気にせず戦闘に集中出来るようになった。また、ケリュネの危機察知能力は俺やマリーよりも高い。トレントのような待ち伏せ型の魔物には不意を突かれることもあるが、それ以外では危険を感じるとマリーに念話で伝えるので不意を突かれる頻度が大幅に減った。
たまにエルザ達とも狩りに行き、マリーは森の事や冒険者としての動きなどを教わっていた。
そんな日々を過ごしていたある日の朝、組合へ顔をだすと受付の職員がマリーを見つけるなり、少し改まった様子で声をかけてきた。
「マリーさん、少しよろしいですか。実は、伯爵様から呼び出しの連絡が来ています」
「伯爵様、ですか……?」
マリーが戸惑った様子で聞き返すと、職員は書状を差し出した。この街を治める領主――ヴォルカン伯爵の名で、指定の日時に屋敷へ出向くようにという内容だった。
「詳しい用件までは、こちらには知らされていないんですが……オーガの従魔を連れてくるようにとのことです」
職員の口ぶりには、僅かな緊張が滲んでいた。マリーは書状を受け取りながら、俺の方をちらりと見た。
(面白い)
念話でそう伝えると、マリーは戸惑った顔をしながらも、書状を丁寧に懐にしまい込んだ。
指定された日、ケリュネを宿に任せ、マリーと共に屋敷へと向かった。道中、マリーから隠しきれない緊張が滲んでいる。伯爵家の門に着くと、既に話が通っていたのか、門番はほとんど言葉も交わさずに敷地の裏側の門の方へと案内した。敷地内に入り、案内された先は裏手にある広い訓練場のような場所だった。
木の柵で囲われ、地面には土が均されている。壁際には武具が並び、いかにも兵の鍛錬に使われている様子だった。既に武装した護衛が七、八人、周囲に控えている。装備は揃いの鎧に槍――一人一人がばらばらな私兵というより、統率された正規の部隊のような佇まいだった。
そこで待っていたのは、上等な服に身を包んだ、まだ若い男だった。歳の頃は、マリーより少し上――二十歳には届かないくらいだろうか。整った顔立ちに、隠しきれない傲慢さが滲んでいる。名乗る様子もなく、値踏みするような視線をこちらへと向けてきた。
「単刀直入に言おう。そのオーガ、私が貰い受ける」
「え……」
マリーの声が僅かに掠れた。男は悠然とした足取りで、こちらへと歩み寄ってきた。
「これほどの魔物、村娘一人が持て余すには惜しい代物だ。私のもとでなら、もっと相応しい使い道がある」
「お、お断りします……! この子は、私の……」
マリーが震えながらも声を絞り出すと、男の顔から表情が消えた。
「私が誰か分かって言っているのか? ヴォルカン伯爵家に逆らってただですむと思っているのか」
護衛たちがじりじりと間合いを詰めてくる。柵の外に逃げ場はなく、断る余地を与えないための布陣だということは、誰の目にも明らかだった。マリーの顔から血の気が引いていく。
俺は黙って成り行きを見守っていた。
「ふんっ」
男は見下すように鼻を鳴らすと、懐から金の入った袋を取り出し、マリーの足元に投げつけた。
「これだけ払ってやる。感謝しろ」
マリーが呆然と袋を見下ろしている間に、男の傍らに控えていた部下が進み出て、譲渡の書類を突きつけてきた。
「ここに、サインを」
ペンを握らされたマリーの手が、小刻みに震えていた。俺は念話で、マリーに短く伝えた。
(言う通りにしろ。宿に戻ったら、いつでも街を出れる用意をして、他の街を調べておけ)
マリーは僅かに震えながらも、小さく頷いた。震える手で、書類にペンを走らせる。
「……サイン、しました」
か細い声でそう告げると、男は満足げに頷いた。
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