第十六章 従魔の名前
よろしくお願いします
組合の受付にソードエルクを連れて向かうと、職員が目を丸くした。
「凄い……生きてるの、初めて見ました……」
「はい、契約しました」
マリーがそう答えると、職員はしばし言葉を失ったように立ち尽くしていた。改めて実演を求められ、ソードエルクはマリーの指示に従い、傍らで大人しく伏せてみせた。職員はそれを確認すると、ようやく納得したように頷いた。
「オーガと同じくらい、ソードエルクもヤバい奴ですよね……? 格上相手だろうと臆さず斬りかかってくる、凶暴で有名な魔物だって聞いたことあります」
職員は興奮気味にそう捲し立てながら、書類の手続きを進めていった。マリーは戸惑いながらも、淡々と応答を続けている。俺はその様子を眺めながら、大した実感もなく話を聞いていた。
登録を終え、討伐証や採取物の売却も済ませると、俺たちは宿へと向かった。
食堂に着くと、いつものようにガレンとバルドがいた。マリーが席に着くなり、ソードエルクを契約したことを報告すると、二人は揃って目を見開いた。
「マジか! あの凶暴なソードエルクを!?」
ガレンが身を乗り出すようにして言った。バルドも感心したように頷いている。
「もう、名前は付けたのか?」
ガレンにそう尋ねられ、マリーは首を振った。
「まだつけてないです」
そのやり取りを見たエルザがふと思い出したように、俺の方を見た。
「そう言えば、オーガ君の名前は、なんて言うの?」
俺は少し考えてから、念話でマリーに伝えた。
(ツヨシと答えろ)
「えっと……ツヨシ、です」
マリーがそのまま伝えると、ガレンは片眉を上げた。
「ツヨシか。変わった名前だな」
(古い言葉で、強い者って意味だ)
俺がそう補足すると、マリーがそのまま説明した。ガレンは「へえ」と感心したように頷いた。
「ソードエルクの方は、これから考えます」
マリーがそう言うと、エルザはうなずきながら続けた。
「そっか、素敵な名前考えてね。また時間があったら、一緒に森に行きましょうね」
そんな軽いやり取りを交わしながら、食事は和やかに進んでいった。
宿の主人に相談し、ケリュネも一緒に泊まれる部屋に変えてもらった。追加料金は多少嵩んだが、世話やリスクを考えれば妥当なものだった。
部屋に戻ると、マリーはソードエルクを見つめながら、しばらく考え込んでいた。
「名前、どうしましょう……」
(好きに決めろ。お前が一人で契約した魔物だ)
俺がそう伝えると、マリーは驚いたように目を見開いた。
「私一人で……!」
しばらく黙り込んだ後、マリーは意を決したように顔を上げた。
「分かりました! ケリュネにします!」
そう宣言すると、ソードエルクは小さく鼻を鳴らした。名前を受け入れたのか、単なる反応なのかは分からないが、マリーは満足そうに頷いていた。
「昔、オババの家で読んだ本に出てきた、森の守り神の名前から名付けました」
マリーが少し照れたようにそう付け加えた。俺はそれを聞きながら、なるほどと納得した。
その夜、マリーはいつものように水を張った桶を用意し、まずケリュネの体を丁寧に拭いていった。硬い体毛の間に入り込んだ土や汚れを、根気強く落としていく。ケリュネは大人しくされるがままになっていた。
続けて、俺の体も同じように拭き上げていく。最後に、マリーは自分の体も手早く清め、道具を片付けた。
翌日、荷運びの実力を試すため、三人で森へと向かった。
以前亀の魔物を倒した広場を抜け、更に奥を目指す。森のこちら側は他の冒険者もおらず、その分森の恵みが多く手に入る。
しばらく森を進んでいると、突然足元の地面から何かが飛び出し、足首に巻き付いた。とっさに脚を振り、引きちぎる。俺は構えて周囲の様子をうかがった。ケリュネが角をうっすらと光らせ警戒し、マリーは盾を構えた。
突然、頭上から木の枝が降ってきた。俺は腕でそれを防ぎ、マリーに離れるように念話で伝えた。
隣の木がうごめく。大きな木の魔物――トレントだった。幹の太さは、両手を広げても抱えきれないほどある。地面が盛り上がったかと思うと、太い根が地中から這い出し、俺の足に絡みついてきた。
根を引きちぎって距離を取ると同時に、太い枝が鞭のようにしなり、俺目掛けて振り下ろされる。
横合いから迫る枝を腕で払い、正面からの一撃を肩で受けた。衝撃で体が僅かに沈んだが、構わず幹の周りを回り込みながら、根と枝を次々と捌いていく。
その隙間を縫うようにして、拳を、蹴りを、幹へと叩き込んでいった。一撃、二撃と重ねるたびに、樹皮が抉れ、破片が飛び散る。
戦いの合間、視界の端に、マリーとケリュネの姿を捉えていた。
ケリュネが突然背後を警戒する。マリーの背後の茂みが揺れ、ケリュネと同じくらいの大きさの鳥型の魔物が、鋭い爪を地面に叩きつけるように走り、マリーへと突進していた。
「縛鎖よ!」
マリーが咄嗟に杖を構え、光の鎖を放つ。だが鳥はそれを素早く躱し、なおもマリーへと迫る。
その進路に、ケリュネが割り込んだ。鳥の脚の爪がうっすらと光ったかと思うと、鋭い蹴りが放たれる。ケリュネはそれを角で正面から受け止めた。
ガキン、と金属を打ち付けたような音が響いた。
蹴りを受け止められ、鳥の足が僅かに止まる。その隙を逃さず、マリーが再び杖を構えた。
「縛鎖よ!」
今度は光の鎖が、しっかりと鳥の脚に絡みついた。動きを封じられた鳥に、ケリュネが角を突き立てる。短い鳴き声を上げると、鳥はそのまま動かなくなった。
「や、やった……」
マリーが息を切らしながら、ケリュネの首を撫でた。
マリー達の方が片付いたのを確認した俺は、トレントの枝の攻撃を捌き、幹を拳で撃ち据えた。すでに幹には無傷な場所がなく、至るところがひび割れ陥没していた。足に絡み付く根を無視して、幹の中程を連続で殴り付ける。メキメキと音を立てると、ようやくトレントは大きく傾ぎ、地響きを立てて倒れ伏した。
帰り道、俺は今日の戦いのマリーとケリュネの連携を思い出し、ふとした思いつきをマリーに伝えた。
(お前、ケリュネに乗ってみろ)
「え……乗れるんですか?」
マリーは戸惑いながらも、ケリュネの傍らに立った。ケリュネは特に嫌がる素振りも見せず、大人しく身を屈めている。マリーがおずおずと背にまたがると、ケリュネは軽く体を起こし、その重みを難なく受け止めた。
「わっ……思ったより安定してます」
マリーが驚いたようにそう言った。試しに数歩進ませてみると、ケリュネは危なげない足取りで進んでいく。荷物持ちだけでなく、移動手段としても十分に使えそうだった。
組合に戻ると、いつもより多い納品の手続きを進め、その日はそのまま宿へ帰った。
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