第十三章 杖と魔力の理
よろしくお願いします
教えられた魔法屋に入ると、痩せた初老の男が店番をしていた。深い皺の刻まれた顔に、片眼鏡をかけている。歳の頃は六十を超えていそうな、落ち着いた物腰の老人だった。壁際には杖が何本も並んでいる。
「杖を、試してみたいんですが」
マリーが尋ねると、店主は片眼鏡越しにこちらを一瞥した。
「ほほう。それでは、灯りの魔法で試していただきましょうかの」
店主はそう言って、何本かの杖を並べてみせた。マリーは邪魔にならない、短めの杖から選ぶことにした。
「まずは、癖のない一番シンプルなやつがこれです。どうぞ」
店主が勧めた杖を見て、マリーは値札に目を落とし、小さく息を呑んだ。
「こ、こんなに高いんですか……? この間の服と盾、合わせたよりも……」
(気にするな)
念話でそう伝えると、マリーは緊張した面持ちで杖を構えた。
魔力を練り杖を通して魔法を使う。
「灯りよ……」
その瞬間、杖の先端から凄まじい光が弾けた。店内が一瞬にして太陽が現れたかのように白く染まる。
パシッ、という乾いた音が響いた。杖の先端が、真っ二つに割れていた。
「おお、これはこれは……お客さん、困りましたな」
店主が驚いた声を上げた。割れた杖の欠片を拾い上げ、断面をしげしげと検分する。
「これは……魔力が強すぎましたな。安物の杖では、こんな出力は受け止めきれませんわい」
マリーは真っ青な顔で頭を下げた。
「す、すみません……!」
(娘、なかなかやるな)
俺が念話でそう漏らすと、マリーは慌てて首を振った。
「そんなはずは……オババの所で杖を借りて練習した時は、夜じゃないと分からないくらいの、小さな灯りしか出せませんでした……」
俺だけに聞こえるように伝えてくる声は、困惑と焦りが入り混じっていた。
結局、壊れた杖の代金を支払い、新しい杖を買うことは見送って店を後にした。既に日は傾き、空が薄暗い。今日のところはこれ以上動けそうにない。
(明日、組合の資料室で調べてこい)
念話でそう伝えると、マリーは神妙な面持ちで頷いた。
宿に戻り、夕食の時間になった。この街に来てからというもの、懐が潤ってきたおかげで、食卓も少しずつ豪華になってきている。今日は肉の煮込みに焼きたてのパン、それに芋の付け合わせ――以前の生肉ばかりの食事に比べれば、随分と満足のいく内容だった。
俺は出された分を平らげ、追加まで頼んで、しっかりと腹を満たした。飯にはまだまだ妥協するつもりはない。マリーを連れているのも、こうした暮らしのためだ。
食事を終え、部屋に戻ると、マリーはまだ杖のことを気にしている様子だった。
(明日、資料室で調べればわかるだろう)
念話でそう伝え、俺たちはその日を終えた。
翌日、朝食のために食堂へ向かうと、既にガレンとバルドが席についていた。
「よう。昨日は奴隷、どうだった?」
ガレンが尋ねてくると、マリーは首を振った。
「戦える女性の奴隷を探したんですが……」
「あちゃ~、そりゃ難しいな」
ガレンは軽く肩をすくめると、それ以上は追及せず、朝食に戻った。俺はその会話を横目で聞きながら、今日の予定を頭の中で整理していた。護衛の件は一旦保留になったが、代わりに、マリーの杖の異常について調べる必要がある。
朝食を終えると、マリーは組合の資料室へと向かった。俺はいつも通り、入り口近くで待つことにした。
しばらくして、マリーが数枚の書き付けを手に戻ってきた。
「分かったことが、いくつか……」
少し息を切らし、興奮を抑えきれない様子で小さな声で報告してくる。
「魔物を多く倒すと、その魔物の『魂力』が自分に流れ込んで、力や魔力が上がることがあるらしいんです。強い魔物ほど、効果も大きいって」
(それが、お前の杖の件と関係あるのか)
「使い魔が倒した場合でも、その一部が主の方に流れ込むって書いてありました。それで……」
マリーは少し言い淀んでから、続けた。
「うちは、主従が逆になってますよね。だから、本来なら主のあなたに流れ込むはずの魂力が、私に流れてきてるんじゃないかって……」
その仮説には、俺も思い当たる節があった。これまで狼を仕留め、道中でも様々な魔物を倒してきた。そしてつい先日は、ブラッディベアを一頭仕留めている。それらの魂力の一部が、契約を通じてマリーへと流れていたのだとすれば、杖が壊れるほどの魔力の急上昇にも説明がつく。
「もう一つ、古い記録にあったんですけど……昔、強大な魔物を使役した魔物使いが、自分自身の魔力も強くなったっていう話も、見つけました」
なるほど、と俺は納得した。主従の力の流れというのは、思っていたよりも複雑な仕組みらしい。
午後、改めて魔法屋を訪れた。
「昨日は、失礼しました」
マリーが頭を下げると、店主は片眼鏡を押し上げながら、興味深そうに頷いた。
「いやいや、こちらこそ勉強になりましたじゃ。して、今日は?」
「魔力に耐えられる杖を、見繕っていただきたくて」
店主はしばらく店の奥を物色し、太めの芯を使った、装飾の少ない頑丈そうな杖を持ってきた。
「これなら、多少の無茶をしても大丈夫でしょう。試してみますかの」
マリーは緊張しながらも、再び灯りの魔法を唱えた。今度は杖が壊れることなく、店内に眩い光が満ちた。
「これなら、いけそうです……!」
マリーの声には安堵が滲んでいた。店主も満足げに頷き、杖の代金を提示した。かなり値の張る買い物だったが、それに見合うかどうかは、これからの働き次第だった。
杖を購入した後、俺はふと、以前から気になっていたことを念話で伝えた。
(調味料、買っておけ)
野外で肉を焼く時にも使えるようなものが欲しかった。塩だけの味付けにはそろそろ飽きが来ている。マリーは少し驚いた様子を見せたが、素直に頷き、香辛料や塩の店へと足を運んだ。
いくつかの瓶や包みを買い込むと、それだけでも結構な出費になった。杖の代金と合わせて、熊の報酬はあっという間に半分近くにまで目減りしていた。
「思ったより、使いましたね……」
マリーが苦笑気味にそう漏らした。俺は特に気にする様子も見せず、荷物を整理しながら答えた。
(明日は森へ行くぞ)
杖も新調した。調味料も揃った。次の森行きへの準備は、着々と整いつつあった。
ご意見、感想お願いします




