温もり
街の中心にあるマンチキンから教会は走ってもそれなりの時間がかかる。それでもアンナは走り続けて教会に到着した。
教会の広場には多くの冒険者たちが集まり、その人垣に割って入るように進んでいく。
「すいません! 通して!」
ようやく中心にたどり着いた時、一人の少年が倒れていた。
「幸太郎!」
「アンナ!」
ミリアリアがアンナを見つけて叫ぶ。普段は涙を絶対に見せないのに周りを気にせずに涙で頬を濡らしている。
セシリアは怒鳴りに近い声で強く幸太郎に呼びかけ、ユーリは必死に小さな手を真っ白になるほど握りしめていた。
「アンナが来たわよ、幸太郎! しっかりしなさい!」
アンナは幸太郎の姿を見てドクリと心臓が嫌な音を立てる。顔は真っ青で手足は力を失い、腹部の衣服は吸い取れないほどに腹部から血が流れている。
どう見ても重症であり、命の灯火が今にも吹き消されてしまいそうだった。
「こ、幸太郎!」
衝動に突き動かされ、アンナは幸太郎の側へと座り込んだ。そして重力に従う重い手を掴む。熱を失くし始めている手は冷たくて、アンナは青ざめた。
「幸太郎! 幸太郎!」
返事は、ない。わずかに脈打っているが、それもすぐに止まってしまうだろう。
「アンナ! 治癒魔法を!」
涙で頬を濡らしたミリアリアが叫ぶ。
アンナはハッとした。いくら呼びかけたって幸太郎が目覚めるわけがない。今、自分に出来るのは、アンナしか出来ない魔法がある。
しかしこんなにも重症な怪我を治したことはない。不安で、もしこれでも幸太郎が死んでしまったら、アンナは絶望で生きていける気がしない。
それでも。
(やらないと。私だけが治癒魔法を使える!)
ギュ、と肉刺だらけの手を握り、アンナは強く願った。
「ヒール」
ポウ、と小さな光がアンナの手から灯る。
しかし、治癒は浅い手のひらの傷を治癒するだけで、明らかに力は足りなかった。
「ヒール! ヒール! ヒール!!」
(お願い! お願いだから、幸太郎を助けて!)
心の底から湧き上がる。彼を失いたくないという強い願い。金切り声に近い声をあげるが光は小さくなっていくばかり。
「お願いだからぁ……!!」
目の前の幸太郎の姿が涙で歪んでいく。大きな涙が願いと共に落ちて、幸太郎の頬に落ちた。
パア!
それまでとは違う光が輝き始めた。涙が落ちるほど、その光は増えていく。
「幸太郎! お願いだから目を開けて! まだ伝えていないことがいっぱいあるの。死んじゃったら、謝ることも出来ないよ!」
綿毛みたいに柔らかく、星のように輝く放光は幸太郎を包んでいく。
温かな光の波に揺れられ、冷たくなっていた手に熱が戻ってきた。
ピクリ。
かすかな指先の動き。その指はアンナの手に触れ、そして握り返した。
「あん、な?」
「幸太郎……?」
薄く瞼を開けた黒い瞳。血の気を取り戻す桃色の頬。アンナを見ると薄っすらと微笑んだ唇。
「やっぱり……アンナの、魔法は……綺麗だ」
「ば、ばかぁ……!」
目覚めた幸太郎の頭を抱きしめ、アンナはワンワン泣いた。こんなにもどれかの命を失いたくないと強く願ったのは初めてだった。花が咲くように吹き返した生命が愛おしすぎて、幸太郎があまりに恋しくて。
「アンナ、」
自分を抱きしめるアンナの背中に手を回した幸太郎。アンナはその優しさに余計に涙が溢れる。
幸太郎がそっとアンナの顔を見る。そして、涙で濡れた頬を撫でた。
「ただいま」
言いたいことは他にもあった。でも、今頭に浮かぶ言葉は一つだけ。
「おかえり、幸太郎」
互いにギュっと想いを伝え合うように力強く抱き合った。




