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走り出した想い

「はあ……」

アンナは店に陳列している商品の補充をしながら大きなため息をはいた。

その様子を見ていたトトが諦観したように見つめている。

「もう、分かってるからそんな目で見ないでよ」

「だって、アンナずっとため息ばかりだよ? もう幸太郎に謝ったほうがい

いよ」

「分かってるけど、どんな顔すればいいのか……。それに幸太郎も来なく

なっちゃったし……」

こちらから謝罪をしようと幸太郎が間借りしているサラたちの宿へ行った

が、幸太郎は不在だった。

他に探す場所などない。いつも幸太郎がアンナのところへ訪ねてくるばか

りで、二人でどこか行ったことなんてなかったから、共通の場所などなかっ

たのだ。

アンナは更に深い息をはく。

結局、アンナは幸太郎に甘えていたのだ。そして驕っていたことを痛感す

る。

(どうせまた来るだろう。そんなこと考えてた自分が情けない)

自分の気持ちを認めてしまえば、幸太郎の顔を見たい気持ちが日に日に膨

らんでいる。

「トト。会えるか分からないけど、またサラおばさんの宿へ行ってみる」

アンナの言葉に、トトの耳はピクリと動いて口角を上げると「へっへっ」

と息を弾ませた。

「それがいいよ! 幸太郎が来たら僕が引き止めておくね!」

「ありがとうトト」

相棒は可愛いだけじゃなく頼りにもなる。

トトがアンナと幸太郎に抱く愛情の深さに情けないやら愛おしいやら忙し

い感情が表情に出ていたのか、トトが「アンナ変な顔!」なんて茶化して来

た。

「もう。ふふ。行ってきます」

「いってらっしゃーい!」

ドロシーを出たアンナは、とりあえず街に出ることにした。街の外れにあ

る長閑な場所にある店を出て十分もあればざわめきを感じた。

ドゥメル祭が終わった市場は呆気ないほどいつも通りだ。

「あらアンナ! ドゥメル祭で卸してもらったスパイス良かったわよ。お客

さんも大満足」

「ホント? 良かったぁ」

羊肉の串焼きを売っていた女性がアンナに声をかけた。祭りでアンナと幸

太郎を恋人同士かと質問した店主の奥さんだ。

ブルネットの艶がある髪を後ろで結っている美しい人。あんなに屈強なオ

ジさんと夫婦とは信じられないほど小柄で優しいのだが、いったいどこで出

会って結婚を決めたのだろうか。

そのようなことはアンナが聞くことじゃないだろうけど気になってしまう

のは幸太郎のことが気がかりだから。

「あの、どうして二人は結婚したの?」

「え?」

「あ、ごめん……! その、気になって」

焦っているアンナに目をパチパチしさせた彼女は昔を思い出すように、

フッと笑った。

「まあ、そうね。私を私以上に大切にしてくれたから……かしら?」

「え?」

「自分を自分以上に大切にいてくれる人なんて中々いないでしょう? 私が

傷ついたら凄く心配してくれるの。もう大丈夫って言ってるのに、完全に治

るまで荷物すら持たせてくれないのよ? ちょっと過去保護よね」

クスクスと笑顔は嬉しそうだ。

(幸太郎は……)

彼を思い浮かべると、いつもアンナを気遣ってくれていた。ユーリの事件

でもアンナを身を挺して守ってくれた。

思い出すとドキドキとした鼓動の強さがやってくる。

「なあに? アンナにも好きな人ができた?」

「いや、そんな」

「隠してもダメよ。でも惚気たくなったらいつでもウェルカムよ!」

「楽しんでない?」

「あら! 恋の話はいくつになっても楽しいものよ」

「ふふふ。確かにそうだね。もし叶ったら言いに来るから。振られても来る

かも……。その時は慰めてくれる?」

「もちろんよ!」

「まかせなさい!」と胸を叩いた彼女に手を振って、アンナは店から離れ

る。思い出にふんわりと心地の良い胸の柔らかさに包まれて、アンナは更に

歩を進めた。

次に来たのはマンチキンだ。

ギィ、と音をさせて入ったギルドは人がまばらでアンナは首を傾げた。

(いつもならもっと人がいるのに)

きょろきょろとギルドを見回しながら、カウンターで事務作業に追われて

いるラナに声をかけた。

「ラナ」

「あ! アンナさんですか、びっくりした」

いつも冒険者を笑顔で迎えるラナが不意をつかれるなんて珍しいことだ。

「今日、人が少ないように見えるんだけど?」

アンナが問えば、ラナは「あぁ」と察したのかペンを置いた。

「みんな王宮から招集されてるんです。王国付近にモンスターが迫ってきて

るみたいで」

「おかげで他の依頼が溜まりっぱなしですよ」と愚痴を言いながらも手は

休めないところはさすがだ。

「それって、幸太郎も行ってるの?」

そんな危ないところに赴いているとは思いたくないけれど、アンナの嫌な

予感は的中する。

「行っていますよ。幸太郎さんたちのレベルは高くなりましたから」

……! でも幸太郎はまだ子供だよ!?」

「え? 幸太郎さんは十八ですよ? 立派な成人男性じゃないですか」

「あ……」

ラナの言葉にビクリと体が固まる。

(そうだ、この世界では立派な大人なんだ)

大人なら何したって自己責任だ。けれど今まで守られていた子供が死地の

ような場所へ赴いている。そのことが怖くて、そして幸太郎が自分の考えよ

りもずっと過酷な現実を生きてきたことを悟った。

(私のほうが子供だ……)

世界線の歪めようと、それだけのために必死に生きて、素直に彼を認めよ

うとしなかった。幸太郎を一人の人間として扱ってなかったのは自分だ。

「っ……」

「幸太郎さんと喧嘩でもしました?」

「え?」

「最近の幸太郎さんと同じ顔してます」

ラナの鋭い言葉に胸がツキンとした。今自分がどんな顔をしているか分か

らないが、良いものではないことは確かだ。

アンナの様子を観察したラナは大きなため息を吐いた。

「幸太郎さんも報われませんね~」

「報われないって……」

「だってそうでしょう? アンナさんのために頑張っていたのに」

「どういうこと?」

「幸太郎さんって遠出の依頼を勧めても頑なに断るんです。それだけじゃな

くてDランクの仕事を受けるんですよ?」

「な、なんで? だって幸太郎は、もう立派な冒険者でしょ? マンチキン

の中でだって」

(実力と受ける依頼のレベルが合っていない)

困惑に眉根を寄せるアンナを見て、ラナは走らせていたペンを止めて、器

用に指先でくるりと回した。

「なんでも王都から長く離れたくないみたいなんですよ。ダンジョン攻略で

長くて一週間くらいでしょうか? それに……」

「それに?」

「あぁ、いやなんでもないです」

「ちょっと、言ってよ!」

食らいつくアンナ。

「相当な実力を持つのに、大きな依頼より森に出る魔物退治を優先するんで

すよ! アンナさんのために!」

(私の、ため?)

「アンナさん森へ行くじゃないですか。危ない目に合わないようにモンス

ター狩りしてるんです。おかげでギルドは魔物臭くなって大変だったんです

からね!」

(た、確かに最近は深く入ってもモンスターが出ないと思ってたけど……。

まさか私のためなんて……)

「はあ~。幸太郎さん可哀想。私だったらすぐに気付くのに」

彼女のぼやきなど耳に入らない。知らなかった事実を知って胸が張り裂け

そうにいたい。気を抜いたら涙が溢れてしまいそうでグッと我慢しているの

に、ラナにはお見通しのようで大きな溜息を吐かれる。

「もう鬱陶しいので早くくっついてください。……じゃないと私も次いけな

いっていうのに」

呟かれた言葉はもう一度溢れた大きな溜息に消されてしまい、アンナの耳

には届かない。

(幸太郎……会いたい。ちゃんと謝りたい……!)

胸から湧き上がる速る気持ち。でもいつ帰ってくるかも分からない状況が

もどかしい。今のアンナに出来るのが帰りを待つだけなんて。

アンナとラナの間に慌ただしく入ってきた受付嬢がこっそりとラナに耳打

ちしたと思えば、椅子のガタン! と鳴らしてラナが叫んだ。

「アンナさん! 幸太郎さんが! 幸太郎さんが大怪我したみたいです!」

「幸太郎が!?」

「今、教会に運ばれたって!」

教会は大きい敷地なので街の外れにある。

「アンナさん!」

後ろで呼び止めるラナの言葉が風とともに掻き消えた。アンナは振り向く

ことなく全速力で走り始める。幸太郎を失うかもしれない恐怖に崩れそうな

足を心のなかで叱咤して走り続けた。

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