そして2人は
「ねえ、幸太郎どいて」
「いやだ」
「もう、朝ごはんの支度出来ないでしょ!」
「もう少し」
ドロシーの休業日である今朝はゆっくり寝坊して、九時を過ぎた頃にブランチの用意をしていたアンナを後ろから抱きしめた幸太郎の甘い声は、まだ微睡みの中にいるようで、アンナは仕方ないと息を吐いた。
「コーヒーが落ちるまでね」
「……短くないか?」
「充分でしょ?」
幸太郎が命を吹き返した後日、幸太郎はサラの宿場からアンナの家へ転がり込んできた。名目は〝いまだ完治していない怪我の治療〟
アンナの治癒魔法は精度がまだ低い。完全に動けるようになるまでは、それなりの時間がかかる。
経過観察と完治を目指し同居して一ヶ月が経った。
その間に変わったのは、幸太郎だ。元の世界へ戻る道を探す意思は変わらないけれど、アンナへの恋心が実ったせいか、彼は信じられないほどアンナにべったりだった。
(前の幸太郎とは思えない)
どうやら、恋人には愛情表現を惜しまないタイプらしい。とんでもないギャップだ。
「そういえば」
「なに?」
幸太郎が思い出したように言った。
「俺、アンナから好きって言われてない」
「え!? そ、そうだっけ?」
「うん」
思い出してみればそうだったかもしれない。
重症だった幸太郎を救った時、抱きしめあったことで想いを告げたようなものだったが、言葉にしなければ後悔することは身を持って知ってしまった。
けれど、アンナは簡単に言葉にできない。なにせ加隈あんなの時は恋人がいなかった。それに現世に生まれてからも一度だって恋仲になった人間はいない。つまりは誰かに愛を囁いたことはなかった。
(え、言うの? 好きって? でも恥ずかしい! どうしよう!)
躊躇っていると、待ちくたびれたように幸太郎がアンナの肩口に顎を乗せて、こちらを覗き込んでくる。
「アンナは俺のこと好きじゃないのか?」
何を考えているのか分からなかった表情が、アンナの前では豊かだ。凛々しい眉を下げて不安そうに見つめている。
(か、可愛い……)
少年らしさがまだ残っている幸太郎の表情にアンナは弱い。その高鳴りが後押しになり、薄く唇を開いた。
「幸太郎。その、す、好きだよ」
「あぁ」
嬉しそうに細める目は、心底嬉しいと伝えてくる。それだけでアンナは頬が赤くなり、視線を逸らしたいのに出来ない。
「アンナは俺より年上なのに、こういうの慣れてないんだ?」
意地悪く笑った幸太郎に、アンナはカッと顔を赤らめた。
「そういう幸太郎だって慣れてないでしょ?! 私のほうが年上なんだ敬いなさい!」
「じゃあ教えてくれ。慣れる」
「そういうことじゃない!」
背後からアンナを抱きしめている幸太郎は、そのままドリップを終えたコーヒーをマグカップに移してコクリと飲んだ。相変わらず苦そうにしているけど、その表情が変わる頃には、二人に慣れているだろうか。




