花の祭り
ルーカスと幸太郎の勝敗が決まり、アンナは幸太郎とドゥメル祭へ行くことになった。
朝から行われた勝負の後には皆で軽食を囲み、先程まで戦っていた二人が隣に座っている姿は奇妙ではあったが、険悪ということはなく、まるで友人のようだった。特にルーカスが幸太郎に対して飾らずに友好的だったのが印象的だった。
(今日の敵は明日の友みたいな? 夕暮れの河川敷で殴り合って実力を認めあったみたいな?)
それにルーカスが幸太郎に対する態度はアンナへのそれとは違うことが意外だった。そこでもしかしたらルーカスはアンナに特別な感情を持つ役だったのかもしれないなんて思ったりした。本当は加隈あんなに惹かれたなんてことなどつゆ知らず。
そんな時間を過ごした後、アンナと幸太郎はドゥメル祭へと繰り出した。
街は花と活気で溢れ、普段の倍は人が集まっている。貴族が市井へやってきているのも一因だろう。みんな笑顔で祭りを楽しんでいる。
そんな街の中をアンナと幸太郎は只管歩いていた。だって、まさか幸太郎がアンナとドゥメル祭に行きたいと言うなんて想像もしていなかった。
(原作にこんな流れあったっけ?)
アンナは頭が痛くなってきた。原作に抗おうとしているのだから起こることが変わるのは分かる。だが、思っていたように進まないどころか拗れていっている気がする。
「アンナ、大丈夫か?」
「え?」
突然、隣を歩いていた幸太郎がアンナに声をかけた。見上げれば頬に大きな絆創膏を貼られた幸太郎がアンナを見下ろしている。その瞳は心配は勿論だが、どこか憂いを帯びている。
「考え事か? ルーカスのこと、とか……」
「ち、違う違う! そうじゃなくて、その、なんていうか……。と、とりあえず幸太郎はドゥメル祭初めてでしょ? 案内してあげる!」
アンナは無理やり笑顔を作って幸太郎を先導するように歩き出した。
「ここはね、串焼きが美味しいの! 羊の肉を使ってるんだよ」
炭火で焼かれた羊肉の上にはたっぷりのスパイス。歯ごたえと香ばしさが絶品で辛さが口の中に広がれば、麦酒で流し込むのがアンナのお気に入りだった。
「おう! アンナじゃないか!」
屋台の店主が威勢よく声をかけてきた。ヒゲを蓄えた屈強な大男は熊のように強そうだが気のいい人で、奥さんに尻に敷かれている可愛いところもある。アンナのお得意さんだった。
「売れ行きはどう?」
「あぁ、アンナんとこのスパイスのおかげかもな! まあそれ以上に俺の狩りの腕もあるが! ガハハハ!」
「またそんなこと言って! スパイス降ろさないよ?」
「意地悪なこと言うなよ。お前のスパイスがなければ、この串焼きは完成しないだろ?」
「はいはいお世辞をありがとう。今度はいつもより値引きしてあげる」
「それはありがたい! ……ところで、隣の兄ちゃんは?」
軽口をたたき合っている間、置いてけぼりだった幸太郎がハッとした。
「幸太郎だ。アンナとは……」
「言わなくても分かってるよ! 彼氏だろ?」
「っは!? な、なに言ってるの!」
店主の言葉にカッと頬を真っ赤に染めたアンナは全力で手を降る。
(違う違う! 幸太郎と私はそんなのじゃないのに!)
「照れちまって! アンナにも春がやっと来たか」
「だから……!」
再度否定しようとした時、幸太郎が制する。
「俺はアンナと恋人じゃない」
「っあ……」
その言葉に、アンナは胸が僅かに締め付けられた。幸太郎の言っていることは事実なのに、彼に言われてしまうと少しだけ後退りしてしまいたくなった。
「おっと、そうかい。悪かったな!」
「いえ、平気です」
いつもの無表情で言うと、幸太郎は串焼きをもう一つ購入しようとしたが、店主がそれをサービスしてくれた。二人はその羊肉を頬張り祭りの宴へと戻る。幸太郎の口元には赤いスパイスがぴったりとくっついて、頬袋は肉でいっぱいなのかモゴモゴと動いていた。
「っぷ、」
「ん? アンナ?」
「口元にスパイス付いてるよ幸太郎」
「え、どこ?」
クールに見えてやはり育ち盛りの男の子なの姿を見れば、可愛くてクスクスと笑ってしまう。それに口元にスパイスをくっつけるなんて、まるで大型犬みたいだ。やはり先程の胸の違和感は嘘だったのかもしれない。
「こっち?」
「違う違う」
一生懸命に口元を探る指が忙しなく動く。なのに肝心のスパイスには掠りもしない。
「ここだよ」
いつまでも指が彷徨っているから、仕方なくアンナは細い指先で口元に貼り付いて離れないスパイスを取った。
「ほら、取れた――」
指の腹に付いた赤い粉たちを自慢気に見せつけたアンナに返事はない。
(あれ?)
いつもなら仏頂面でお礼を言うのにどうしたのだろうか。腹に合っていたピントが幸太郎に合っていく。
「……不意打ちはやめてくれ」
そこには頬を染めて恥ずかしげに眉を歪める幸太郎がアンナを睨みつけていた。
「っ、ご、ごめん!」
「いや大丈夫。次、行こう」
「そうだね! そうしよう!」
耳まで赤くした幸太郎を連れ立ったアンナの胸はドキドキと鼓動を打っていた。
(なにドキドキしてるの私……。相手は主人公なんだから)
アンナは深呼吸をひとつ吐くと、くるりと幸太郎へ向き直った。
「幸太郎! こっちへ来て!」
そこはドゥメル祭の時だけにやってくる行商の花屋だった。
オズ国では自生しない花を保存魔法を使って運んでくる。珍しい花の香りや色は人々の視線と好奇心を虜にして、その店で花を買う男性が多く、女の子はそれを受け取ると麻編みのバスケットへ入れていく。その光景を不思議そうに見ていた幸太郎は彼らに聞こえないようにこっそりとアンナに耳打ちした。
「アンナ、あれはなんだ?」
「あ、あれは求愛行動みたいなものかな? ほらフクロウは求愛行動で羽をあげるでしょ? ドゥメル祭では男性から花を貰うのが慣習なの。その花で花冠を編むんだけど、花が豪華なほど求愛が多い女性として認められるみたいな? まあ親愛や友愛でも貰うから全部が求愛の花とは言えないけどね」
「ふーん。そうなのか。アンナは貰ったことあるか?」
「私? 花冠になるくらい貰ったことはないよ」
「ルーカスからは?」
「ルーカスさん? ルーカスさんとお祭りに来たことないからなあ」
ドゥメル祭ではアンナは挨拶まわりで忙しかった。自分が下ろした材料に不備がないか、売れ行きはどうかと視察していた。祭りを楽しみながら市場調査は楽しくあちこち回っている。けれど、今年はそんなことは後回しだ。明日のドゥメル祭でやればいい。
「アンナは何色が好き?」
「ん? 好きな色? え~、悩むなあ。 う~んオレンジとかピンク? 暖色が好きかな。幸太郎は? 何色が好き?」
「俺は、アンナと逆かもしれない。青とか黒とか……」
「そっか、男の子らしいね」
「男は色に拘りないからな」
「確かに! 幸太郎は黒い服多いよね」
「今度からは色を気にするようにする」
「なんで? 似合ってるよ」
「なんとなく」
アハハ、と笑えば、幸太郎もくすぐったそうに口をへの字にする。最近分かってきたことだが、幸太郎は照れると唇を引き締めて表情を強張らせる。だから今の幸太郎は照れているのだ。
(ホント、可愛いなあ)
なんだか最近、幸太郎に会うと温かい気持ちになる。
ルーカスとの勝負だって幸太郎が怪我をしないかヒヤヒヤしたけど、ルーカスと対等に渡り合う成長ぶりに感動もした。なにも出来なかった迷子から、ここまで強くなった少年に、アンナはいつの間にか絆されつつある。
(ダメだけど、ラブじゃなくてライクだしセーフセーフ)
そう自分に言い聞かせて祭りを楽しむことにした。綿菓子を嬉しそうに頬張る子供たちに、恋人に花を贈る光景や、少女同士で手を繋いではしゃぐ姿。すでに花冠を付けている女の子もいる。皆が皆ドゥメル祭を楽しみ全身から歓喜が湧いているようだった。
「アンナ、俺もう一回串焼き食べたい。買ってきて良いか?」
一通り街を練り歩き、休憩にベンチに腰掛けた時だ。幸太郎が腹が空いたと腹部を撫でた。
「あれだけ食べたのに?」
「成長期だから」
「あぁ、そうだね。背が伸びたもんねぇ」
出会った時はアンナの目線より少し高かったのが、もう見上げないと目が合わない。肩幅もガッシリとして手足も長くなった。その成長を間近で見てきたアンナは最近寂しさが勝ってきていた。
「一緒に行こうか? 道分かる?」
つい世話のかかる弟を心配する姉みたいなことを言ってしまう。そうすると手のかかる弟――幸太郎――は不貞腐れたように目を細めながら「大丈夫だ。子供扱いしなんでくれ」なんて言うのだから、アンナはクスクスと笑った。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
喧騒に紛れて行った幸太郎の背を見送ってアンナはふうと、息を吐く。
「ホント、大きくなったなあ」
今度は親戚みたいなことを言う。
すでに原作が始まって半年が経つ。自分の知らぬ間にアンナ以外のヒロインと親密になってるのかもしれない。アンナ強火のユーリとの恋は可能性が低いかも知れないが、これから多くのヒロインたちと出会って、そしていつか誰かと愛を誓うんだろう。その時、アンナは悔し涙を流しながら祝福するヒロインの一人を抱きしめながらも、心のなかでこういう言うのだ。
(「良かったね」って言う準備は出来てる)
幸太郎が選ぶヒロインは誰だろうかと想像する。
誰であろうと祝福するつもりだが胸が締まるのは寂しさのせいだ。だってそうでないと――。
ポウ、と街中に垂らされていたランプが仄かな光を灯す。太陽が西の地平線へと消えていく間際。ピンク色に染まった空は徐々に紺青へと色を変えて、すぐに夜が訪れる。
まわりの女性は花冠を被って祭りは更に華やかなものになっていた。
(花冠……。そういえば前世ではウェディングドレスではティアラより花冠が良いって思ってたな)
結局その夢も死んだことで潰えたが、それでも憧れは残るらしい。だが今世でも夢は夢のままになりそうだ。
(だって、私はシナリオを避けてばかりで、恋なんて今更出来ない。どうやって相手を見つければいいのかも……)
目の前で一組のカップルが花冠をプレゼントされていた。顔を赤くして女性は涙ぐんで、男性は幸せそうに微笑んでいる。恋人の甘く輝くひと時に、アンナはかすかに微笑んだ。
(幸太郎も、いつかはドゥメル祭で花を贈るんだろうな)
幸太郎のことだから一輪とかありそうだけど。大きな花束を持った彼なんて想像もつかなかったけど、やっぱり唇をへの字にして無愛想に女の子に花を突き出すだろう。
(うん、なんかしっくり来たかも)
クスクス笑っていたら「アンナ」と名前を呼ばれた。幸太郎の声だ。
「あ、串焼き買ってきた?」
顔を上げると、額にポスっと軽い衝撃。くすぐったくて鼻腔を掠めた香りにくしゃみをしそうになった。
「え? なに? なにこれ?」
視界を遮る物体に触れると、絹のような、ビロードのような、なんだか繊細で薄い生地のような滑らかさが指をくすぐる。
「アンナ、目を開けて」
幸太郎の声に、恐る恐る目の前の繊細な輪っかを目元から離して目を薄っすら開ける。
「こ、幸太郎、これ……!」
「さっきの串焼きは嘘。これ作ってきた」
目の前にはオレンジやピンクの花が輪っかを成していた。ガーベラにダリアにかすみ草……名前も知らない花も入っている。花で敷き詰められた輪っかはリボンが付けられている。憧れていた花冠だ。
「あげる」
「あ、ありがとう」
頬に熱が溜まって行き、きっと耳殻は真っ赤に染まっている。街を照らすピクシーランプの仄かな明かりだって、この赤くなった頬を隠すことは出来ない。
「アンナ」
長い指先がアンナの手から冠を奪い取り、その花冠を頭に乗せた。
「うん。似合う」
「そう、かな?」
花冠が似合うなんてなんだかくすぐったい。
「お礼なんて良いのに」
「違う」
「え?」
幸太郎が徐ろにアンナの前へ跪く。そしてそっと手を握られ、喉がヒュッと鳴った。呼吸が上手く出来ず体が固まり、幸太郎から目を離せない。
「アンナが好きだ。出会ったときから、ずっと」
幸太郎の性格から嘘はつかないし、真剣な瞳が真実だと告げている。こんな表情は初めてで、アンナは今まで感じたことのない胸が張り裂けそうなほどの鼓動を感じた。




